第142話 ハルトの本当の実力

 戦場に降って来た白い竜機兵から、やたら強気な男の声が響いてきた。


「勝手に死んでもらっちゃ困るんですけどね、カーメル王。あなたにはまだまだ現役バリバリで働いてもらおうと思ってるんで、そこんとこよろしく。俺は敵とは違って優しくないですよー」


 一瞬呆けていたカーメル三世であったが、状況を飲み込むと乱入してきた操者を怒り口調で叱責した。


「どうして逃げなかったんだ、ハルト! 僕は君たちに、ここから逃げろと言ったはずだぞ!!」


「まだ正式に同盟を結んでいないから、俺たちに一緒に戦うように命令する権限がないって話でしたよね。それなら俺たちに逃げるように命令する権限もないってことでしょ? だったら俺たち『聖竜部隊』は独自の判断で動くだけです。そして、この戦いに介入すると皆で決めたんです。――目の前で必死に戦っている仲間がいるってのに、とっとと逃げ出すようなヤツはうちの部隊にはいないんだよ。ここからは俺がやる。だから、カーメル王とジンは少し休んでてくれ。以上!」


 強制的に話をまとめたハルトは、<サイフィード>を<ナーガ>に向けて進ませる。そのゆるぎない態度を前にしてアザゼルは怒りを感じずにはいられなかった。


『<サイフィード>だと……。今まで繰り返されて来た世界において一度も動かなかった機能不全の機体が今更なんだっていうんだ。まさか俺を倒そうなんて言うんじゃないだろうね?』


「そのまさかだよ。確かアザゼルって言ったよな。カーメル王からお前等のことを聞いたよ。この世界を再生させ、見守ってきた凄い連中だって思った。そいつらと戦わなければならないという話をされた時に、正直俺は自分が戦えるのか不安になった。お前たちの言い分が正しいんじゃないのかって思ったんだ。でも、もうそんな不安はないしどうでもよくなったんだよ。お前はさっき<アヌビス>の操者たちのことを〝資源〟だと言った。それを有効活用したとも言っていたな。――感謝するよ。俺はお前等に対して気兼ねすることなく全力で戦える。人の命を資源だと言い捨てるお前らを俺は正しい存在だとは思わない。徹底的にぶっ潰してやるから覚悟しろ!!」


『――思い上がるなよ。転生者だろうがなんだろうが、結局は新人類と同じ失敗作に違いはないんだよ。そんなクズと我々を同じ目線で見るなんて度し難い。その機能不全の機体と一緒に原子の塵に還してやるよ!!』


 先に動いたのは<サイフィード>だった。二刀流で段違いに巨大な敵に向かって行く。<ナーガ>の長槍を刀身で受け滑らせながら一気に間合いを詰める。

 得物がぶつかり合い火花を散らせる中、ハルトは左手のワイヤーブレードの刃を鞭状に伸ばして連続で敵を斬り打った。

 

『そんな軽い攻撃が効くものかよ』


 鞭の刃は大蛇型装機兵の装甲表面を傷つけるのみでダメージが浅い。アザゼルは左腕を振りかぶって<サイフィード>に殴りかかるがバックスステップで躱される。


『ちっ、ちょろちょろと……潰れろぉぉぉぉぉぉ!』


 <ナーガ>はエレメンタルキャノンを連射しながら全速で白い竜機兵を追いかける。

 エーテル弾をよけながら後退していた<サイフィード>は、一定の距離を取ると今度は逆にエーテルスラスターを噴射して高速で敵に向かって行く。

 すれ違いざまに二刀の剣を重ね敵の胴体を斬った。


『そんなナマクラで<ナーガ>が傷つくわけが――なに!?』


 余裕の表情をしていたアザゼルの笑みが引きつる。コックピットに表示される機体状況にエラーが出た。

 上半身と下半身の接合部にダメージを受けたのだ。


「確かに頑丈な装甲だ。――でもどんなに硬くても関節部なら話は別だ!」


 アザゼルが一瞬怯んだ隙にハルトの連続攻撃が繰り出される。二刀流で<ナーガ>の上半身を斬り刻む。

 その間当然ながら敵の反撃があったが、ハルトはそれらを避けつつ攻撃の手を緩めない。敵に肉薄し容赦のない斬撃が続く。

 

 その修羅の如き戦いぶりにカーメル三世とジンは魅入られていた。敵の動きを冷静に分析し丁寧に攻撃をいなしカウンター攻撃をぶち込んでいく。

 <ナーガ>の頑丈な装甲に次第に歪みが生じていった。

 

「凄い……装機兵にあのような動きが可能なのか。それに先日の戦いぶりとは別人のようだ。ハルトの身に何が起こったのだ」


「カーメル王。俺の考えが正しければ、あれがハルト本来の力なのだと思います」


「だが、お前と戦った時も彼は本気だったと僕は思うのだが」


「確かに本気だったとは思います。しかし、ハルトは無意識に全力を出せていなかったと俺は戦っていて感じました。同じ転生者相手だからというのもあったのかもしれませんが、一瞬一瞬に躊躇があったと思います。――だが、今の彼にはそれがない。完全に敵の命を奪いに行っている。あの剣舞の一太刀全てに強いエーテルと殺気が乗せられているのを感じます」


「あれが、ハルト・シュガーバイン本来の実力だというのか」


 その間もハルトの猛撃が続いていた。エーテルブレードによる刺突が<ナーガ>の首筋をかすめ、そこから循環液が噴き出す。


「かすめただけか。――次は斬り飛ばす!」


『くうっ、離れろ!!』


 アザゼルはエーテルサリッサを乱雑に振り回し、ハルトを引き剥がした。呼吸をするのも忘れるような連撃の嵐が終わり、身体が新鮮な酸素を欲しがり呼吸が荒くなる。

 その一方で攻め手だったはずの<サイフィード>からは、深呼吸が聞こえるのみで操者が落ち着いているのが分かる。

 それがますますアザゼルの余裕を奪い取って行った。


『なん……なんだよお前はぁぁぁぁぁぁ! この戦闘狂の蛮族が。これで吹き飛ばしてやるよ!!』


 <ナーガ>の周囲に無数の魔法陣が展開される。それを見たカーメル三世とジンの表情が強張った。

 広範囲を吹き飛ばすあの攻撃が直撃すれば、如何に<サイフィード>でもただでは済まない。

 

「逃げろ、ハル――」


 ジンが警告を促そうとした瞬間、魔法陣全てが消滅した。それを見た二人はポカンとした顔をしてしまう。

 その一方で、起死回生の攻撃を繰り出そうとしていたアザゼルは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

 彼の前方にはワイヤーブレードを鞭状から通常の刃に戻す白い機体の姿があったのだ。


『術式が発動する前に全て叩き斬っただと……こんなバカな』

 

「その術式兵装はここに到着する前に一回見たからな。あの時は防げなかったが、もうそれは発動させないよ。全ての魔法陣にエーテルが充填される前に潰せば防げるからな。つっても、さすがにこの武器じゃ殺し切れないみたいだ。――ならさっ!」

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