第135話 愛しさと嫉妬とグリズリー
そして料理の配膳が終わると、カーメル三世は飲み物の入ったグラスを持って短めの挨拶を始める。
「――それでは今日という記念すべき日を祝って……乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
王様が飲み物を飲むと俺たちもグラスに注がれた飲み物を飲んでいく。ちなみに俺はアップルジュースを飲んでいる。
これから大事な話があるのでお酒を飲んで酔っ払うわけにはいかないのだ。
宴が始まると踊り子さんたちと音楽隊が現れて舞を披露してくれた。
何というかリオのカーニバルに出てくるような結構露出度の高い衣装であったので、正直目のやり場に困る。
ただ、フレイとヤマダとヒシマの三名は踊り子さんたちの近くまで移動し正々堂々と彼女たちの舞を眺めていた。マジで仲いいなあいつら。
俺も彼等に合流しようとすると凄い力で肩を掴まれた。相手の指が食い込んでいる。
「あ痛っ! なにが――」
「何処に行こうとしてるのかしら、ハ、ル、ト?」
俺の肩を掴んでいたのはティリアリアだった。顔はにっこり笑顔なのだが、その後ろには巨大なグリズリーのようなものが見える。
うっすら透明の獰猛な生物を目の当たりにして俺は目を剥いた。
「スタ○ド!?」
幻かと思い目頭の辺りをマッサージしてもう一度ティリアリアを見ると、やはりグリズリーの姿が見える。
更に怖い笑顔を俺に向けるクリスティーナ、フレイア、シェリンドンもいる。この四人の妻の思念が一つとなりグリズリーの幻を作り上げているようだ。
「ハルト……あそこにいる兄たちの所に行って何をしようとしていた?」
フレイアが無表情と冷たい声で迫って来る。普段ドMなので忘れがちだが、この赤髪の女騎士は凄腕の剣士だ。本気で怒らせたら命が危ない。
「あ……や……フレイたちが楽しそうだから仲間に入れてもらおうかなって……思いまして」
話している途中で彼女たちの黒いオーラが強くなり、グリズリーが俺の眼前まで近寄ってきたため段々と声が小さくなっていった。
そんな俺を見て楽しそうに笑う御仁が一人。
それはこの場の主役カーメル三世だった。随分と楽しそうだが、まさか酒でも飲んで出来上がってるんじゃないだろうか。
これから大切な話があると言うのに、困った王様だ。
「ははははははは! 愛されているね、ハルト。その熊は彼女たちのマナによって生み出されたものだよ。通常は無害だけれど、彼女たちの怒りが強くなると実体化して殴り殺されるかもしれないから気を付けるんだよ。あははははははは」
「『あははははははははは』じゃないよ! こんなもん原作には出なかったぞ。なにこれ、この方々を怒らせると俺死ぬの!?」
「平然と二股するバカ男の末路なんてそんなもんでしょ。刃傷沙汰にならないだけマシじゃん」
「そうそう、その四人はあんたなんかにゃ勿体ない物件なのよ。それを目の前にしてぷるるんダンスをする踊り子に
転生者のノイシュとうちのパメラが二人並んで俺を非難してくる。身長が低く、身体に起伏が無い共通点を持つ二人はまるで姉妹のようだ。
「うるせーよ、つるぺたシスターズ」
「「つる……! んだとー、やんのかコラァァァァァァァァ!!」」
コンプレックスを突かれた二人が怒ってステーキを噛み千切りながら俺に向かってくる。――山賊かよ。
今や俺の前方には山賊つるぺたシスターズの二人組、後方にはグリズリーの幻影を従えた四人の妻がいる。
いきがる俺だが正直言うと膝がガクガク震えて立っているのもやっとだ。<サイフィード>の初陣でもこれほどの恐怖は感じなかった。
周りを見ると呆れたような同情するような目で俺を見ているのに気が付く。フレイたちはこっちそっちのけで激しさを増す踊り子たちの舞に夢中になっていた。
俺も一瞬だけその様子を見てしまったが、お尻がぷるんぷるん、おっぱいがばるんばるん揺れていて踊り子たちがえらいことになっている。
「あらー、この期に及んで他所の女性に色目を使うなんて――勇気のある旦那さまで頼もしい限りだわ」
「ち、ちがっ!」
妻四人の中で一番優しいであろうシェリンドンは怒らせると一番怖い存在だ。表情も口調も穏やかだが、目だけは笑っていない。
そんな母親を見るシオンがこの世の終わりのような表情で震えあがっている。俺は割と真面目にここで終わるかもしれない。
その時『パンッパンッ』と手を叩く音が部屋に響く。すると踊り子たちと音楽隊は一礼して出て行った。
「それじゃ宴はこのあたりでお開きとしようか。僕は妻が二十人いるから分かるんだが、女性を怒らせると怖いからね。奥さんは大事にしないとね、ハルト」
「は……はぁ、気をつけます……って二十人!?」
俺に忠告をしてくれたカーメル三世は微笑みながら遠い目をしている。妻が二十人もいるのだ。きっと俺の想像もつかない修羅場があったのだろう。
こうして和やかなムードは一変して部屋の中は緊張感が漂い、この場にいる誰もが静まり返る。
そんな中、俺は背中に突き刺さる殺気がこもった眼差しと未だに消えないグリズリーの存在に命の危険を感じ、別の緊張感でいっぱいいっぱいだった。
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