第九章 テラガイアの真実
第133話 メンタル最強の王太子
ジンたちはカーメル三世と一緒に『オシリス』へと引き上げ、俺たち『聖竜部隊』は『第七ドグマ』へ戻り体勢を立て直すこととなった。
<ニーズヘッグ>へと戻ると<サイフィード>の視界にプラチナブロンドのロングヘアをたなびかせた少女の姿が映った。
何処か複雑そうな思いつめた表情でこっちを真っすぐに見つめている。
機体をハンガーに戻すと、彼女のもとへ向かった。
「こんな所でどうしたんだよ、ティア。何かあったのか?」
「ハルト……ごめんね、勝手に話し合いを先延ばしにして。怒ってるよね?」
……ん? それでこんな暗い表情をしているのか?
「特に怒ってないよ。ティアがカーメル三世に言ったことは至極真っ当なことだったよ。むしろ、俺の方こそ自分のことばかりで周りが見えていなかった。――だから、ありがとう」
ティリアリアは俺が気にしていないことが分かるとホッとした顔になる。
「これが私の役目だから。戦いでは何の役にも立てないし、せめてそれ以外で皆をサポートしないとね」
「頼りにしてるよ、ボス」
おどけるように言うと、ティリアリアはプラチナブロンドの髪をふわふわ揺らしながら笑顔を見せてくれた。
<ニーズヘッグ>は『第七ドグマ』に戻り、俺たちは一週間後の会談に向けて動き出す。
このカーメル三世とのやり取りは、すぐにノルド国王を始めとする『アルヴィス王国』のお偉いさんたちに報告された。
それで色々と話し合いが行われたらしく、一週間後の会談には次期国王であるクレイン・フォン・アルヴィス王太子が同行することになった。
このクレイン王太子は現在王国の外交関係を取り仕切っており、『ドルゼーバ帝国』との休戦協定締結に尽力した人物でもある。
ノルド国王には妻が何人もいるのだが、クレイン王太子は正室との間の子供であり、クリスティーナの同腹の兄だ。
そのため二人は仲が良くクリスティーナと婚約した俺に対しても家族として接してくれる気さくな人物である。
「今回お兄様が同席するのは、カーメル王と面識を持つためだと思われますわ。お城でお会いしたら、まるで旅行にでも行くかのように楽しそうに準備をしていました。全くこちらの気も知らないで……」
クリスティーナはぷんぷん顔で実兄を怒っている。この怒り方はティリアリアと同じだ。
二人の母親はグランバッハ公爵家の姉妹にあたり、頬を膨らませて怒るのはどうやら母方の遺伝らしい。
以前ノルド国王の妃でクレイン王太子やクリスティーナの実母であるシャイーナ・エイル・アルヴィス様に会ったのだが、この人物が中々に明るくて親しみの持てる人物だった。
彼女の人柄があったからこそ、ノルド国王も子供たちも国民に慕われるような人格者になったのだろう。
この一週間で『聖竜部隊』は<ニーズヘッグ>及び装機兵全機の修理を終え、カーメル三世との会談のためにオアシスの街『オシリス』を目指して移動を開始した。
サウザーン大陸内にある『シャムシール王国』の領空に入ると、先導役として寄越された同国の飛空艇<イカロス>と合流した。
俺とクリスティーナは<ニーズヘッグ>のブリッジで眼下に広がる砂漠地帯を堪能していた。
他の竜機兵チームの皆は万が一の為に格納庫で待機している。
「これが噂に聞いた『シャムシール王国』の砂漠かぁ~。美しい眺めだ。黄金の大地とはまさにこのことだな。……あっ! あそこに見えるのはキャラバンじゃないか。オアシスでラクダに乗れるかなぁ~」
ブリッジの窓に貼り付いて外を眺めてテンションがぶち上がっている男性が一人。サラサラの金髪に誰もが認める整った顔立ち。
まさにイケメン。おまけに王太子という生まれながらの勝ち組男性、クレイン王太子は子供のように無邪気に旅を楽しんでいた。
そんな兄を顔を真っ赤にしてクリスティーナがたしなめている。
「お兄様、わたくしたちは遊びに行くのではありませんよ。とても真面目な話し合いのために行くのです。それにここは他国の領空内なのですから、もっと緊張感を持ってください。くれぐれも次期国王として恥ずかしくない振る舞いをお願いしますわ!」
「分かっているさ、クリス。そのためにカーメル王と直接会えるこの機会に同席させてもらうんだ。まずは相手の国の状況を自分の目でちゃんと見ておかなければならないだろ? 『シャムシール王国』は広大な土地を保有する国ではあるが、その大半は砂漠地帯で人が住める環境ではない。国内に点在するオアシスや運河の周辺地域に居住地域が限定されているからね。そういった点をカーメル王と話し合って、我が国で協力できることはないか模索したいと思っているんだ」
窓から外を眺めたまま、クレイン王太子の声は真面目なものになる。この人は両国の未来を既に見据えているのだろう。
彼の考えが伝わったクリスティーナはこれ以上何も言えず、静かに兄の背中を見守っていた。
するとクレイン王太子が俺の方にやって来た。
「そう言えばハルトはクリスとティリアリアとは上手くやっているのかい? 妹たちは私への態度が冷たくてね。二人ともついこの間までは私の後を笑顔で付いてくるお兄ちゃん子だったのに……」
「おかげさまで仲良くやっていますよ。二人にもそんな時代があったんですね」
そう語った金髪イケメンは、それはそれは寂しそうな表情で語った。そんな兄の言動に反応したのは実妹のクリスティーナと従妹のティリアリアだった。
「いったい何年前の話をしているのですか。そういう事をしていたのは、わたくし達がうんと小さい頃だったはずですわ!」
「クレインお兄様、いい機会だから言わせてもらいますけどアルヴィス王家の兄弟たちも従妹たちも皆お兄様に迷惑しているんです。いつもそんな風にハイテンションで遊びに来るから。顔を合わせるのは一年に一回ぐらいで丁度いいのに割と頻繁に来るから皆疲れているんです。もうちょっと自重してください!」
兄弟愛が強すぎるクレイン王太子は、悲しいかな兄弟を代表した二人の妹に迷惑がられて分かりやすく落ち込んでしまう。
「そん……な……、皆に嫌われていたなんて……嫌われ……うう……」
その場でしゃがみこんで塞ぎ込む姿は哀愁が漂っており、ちょっと見ていられない。
「あのさ、二人とも。なにもそこまで言わなくてもいいんじゃない? ほら、見てみなよあの姿を。あれを見ても君たちの良心は傷つかないのかね。ちょっとでいいから優しくしてあげなよ」
「その必要はありませんわ」
仲直りを勧めるが秒でクリスティーナはぴしゃりと言い放った。その隣ではティリアリアが時計を眺めながら「そろそろね」と言っている。
「ハルトもいい機会だから知っておいた方がいいわ。クレインお兄様に注目してみて」
「えっ?」
ティリアリアに促され塞ぎ込んでいる王太子に注目する。仕事中のブリッジクルー達も彼に何が起こるのか気になってチラ見している。
そしてそれは間もなく起きた。
「嫌わ………………ま、いっか!」
そう言ってクレイン王太子は何事も無かったかのようにいつもの調子に戻ってすたすた歩いて行った。
俺を含むブリッジクルー全員がその場で滑りこけたのは言うまでもない。
「なっ、メンタル強っ!」
「分かっていただけましたか? あの鋼のメンタルで落ち込んでも大抵一分後には元通りになっているんです。あのポジティブさには脱帽するしかありませんわ」
「お兄様は昔からあんな感じなのよ。まあ、家族愛が強い人だから皆迷惑には思っていても嫌いではないの。――ただ、会うのはたまにでいい。それだけなのよ」
なんとなく二人の言いたいことは分かった。一年に一回程度の頻度で会う親戚の叔父さんのような距離感の方がいいのだろう。
そんな風に他人ごとに思う俺ではあったが、自分が既に彼の兄弟グループの一員になっていると気付くのは間もなくのことであった。
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