第114話 くっころ
<サイフィード>の自由を奪っていた鎖が破壊される光景を<フェンリル>は地上から見ており、ロキは驚きを通り越して無の表情になっている。
『グレイプニルが破壊された。術式兵装を壊すなんて話、聞いたことがない。――あれは、まるで白い化け物だわ』
グレイプニルから解放され、機体が一気に軽くなる。両手に剣を携えて地上ぎりぎりまで降下しながら<フェンリル>に猪突猛進する。
「今度はこっちの番だ。行くぞ、ロキ!」
右手に持ったエーテルブレードで袈裟懸けに斬るとエーテルグングニルで受け止められた。
互いの刃がぶつかり火花を散らせるが、俺はそこから即座に左手のワイヤーブレードによる斬撃を加える。
『ちぃっ』
ロキは舌打ちをしながら機体をバックステップさせて、斬撃をぎりぎりで回避した。けれど、そのように躱されるのは予想の範囲内だ。
背部の翼からエーテルの羽を放出しながら前方に突進し敵の後を追う。
「逃がすかっ、フレイア直伝クロス斬りぃぃぃぃぃぃ!」
二本の剣を交差させた同時斬撃をお見舞いする。<フェンリル>は左腕の爪で咄嗟に防御しつつ下肢を踏ん張り転倒を避ける。
『この程度で、<フェンリル>は落ちはしませんよ』
反射速度はかなりのものだが、こちらの攻撃はまだ終わってはいない。クロス斬りは防がれたが、その影響で敵の左腕はダメージを負っている。
「まだ終わりじゃない。もう一発食らいなっ、コールブランドォォォォ!」
エーテルブレードの刀身に高密度のエーテルが集中し光の刃と化す。再び接近し光刃による斬撃を敵の左腕に放つ。
逃げる間もなく間合いに入られたロキは俺の攻撃を防御する以外に術がない。
やむを得ずコールブランドを受け止めた<フェンリル>の左腕は、耐久限界を超えて斬り裂かれた。
『きゃあああああああああああ!!』
その衝撃で<フェンリル>は後方に吹き飛び、砂漠の丘を転がり落ちて行く。
機体が止まった時にはロキの意識は混濁しており、目の前に立つ<サイフィード>に対し抵抗する力は残ってはいなかった。
『くっ、うううう……』
「エーテルグングニルをもっと使われていたら厄介だったけど、俺の勝ちだな」
俺が剣先を突きつけると、何かが<サイフィード>に向かってくるのを感知し切り払う。
それは外側が刃になっている薄いドーナツ状の輪だった。
切り払った後も高速回転する二枚の輪は空中を飛んでいき、敵機体である<ドゥルガー>の両肩に収納される。
「一対一の約束だったはずだけどな」
『その通りよ。そして結果はあんたの勝ち。これで問題はないでしょう?』
砂上に仰向けに横たわる<フェンリル>を守るように、黄色を基調とした機体<ドゥルガー>が立ちはだかる。
近接遠距離どちらにも対応できる万能の機体で『竜機大戦』の漫画版で活躍していた。さっき俺を狙ってきた輪っか状の武器はエーテルチャクラムだな。
俺たちの機体の周囲に敵味方が合流し睨み合う。俺の横に立つシオンが如何にも腹立たしいという表情で<ドゥルガー>の操者に噛みついた。
『――気に入らないな。負けそうになったから横槍を入れるとは騎士の風上にも置けない所業だ』
『はっ! シオンきゅん……じゃなかった、シオン・エメラルド君ね。――これは戦争でしょう。スポーツじゃあるまいし、正々堂々とか本気で思っているわけ? 負けたら死ぬような状況でそんな馬鹿正直にやってられるかってのよ。文句あるっ!?』
<ドゥルガー>操者の女性はシオンとやり取りしている間、何だか落ち着かない様子だった。
最後にすごんだ後、小さい声で「ごめんね、シオンきゅん」と言っているのが聞こえてしまい、彼女の推しがシオンだと分かってしまった。なんだかなぁ。
敵の逆ギレに俺たちがドン引きしていると、<フェンリル>がよろめきながら立ち上がり、<ドゥルガー>がそれを支える。
『ごめんなさい、ノイシュ。私が不甲斐ないばかりにあなたに嫌な役をさせてしまったわ。あなたの言い分はもっともよ。けれど、それでも戦いにはルールがあり私はその中で負けた。だから私はルールに従うわ。――ハルト・シュガーバイン、私の負けよ。この身体を煮るなり焼くなり、「くっころ」するなり好きにしなさい』
「……勝手に変なマイルールを作るのは止めてくれませんかね!? 最後のは完全にあんたの趣味だろ」
何だか頭が痛くなってきた。戦闘前は転生者と問答無用の凄惨な殺し合いを覚悟していたというのに、ふたを開けたらとんだ曲者集団でやる気が失せてきた。
俺の戦意の低下を読んでか、<サイフィード>のドラグーンモードが強制解除される。溜息を吐き頭を抱えていると、フレイアが真剣な表情で俺に問いかけてくる。
『ハルト、「くっころ」とは何だ? 物凄く気になる言葉なのだが』
「はい?」
『だから、「くっころ」の意味を教えてくれ。知っているんだろう?』
確かに知っている。知ってはいるのだが、どうしてよりにもよってその言葉に興味を持ったんだ、こいつは?
ドMが持つ第六感でも働いているのか?
俺が言い淀んでいると、もう一名この言葉に興味を持った人物がいた。
『わたくしも「くっころ」という言葉が気になりますわ。ハルトさん、教えてくださる?』
今度は我がチームのドS担当の姫君が反応を示した。本当にどうなっているんだ。
ドMとドSの人は、自分たちに関連するようなワードに本能が反応するのだろうか。
「――後で教えるよ。とりあえず、今は戦いに集中しよ。ホント、頼むからマジで」
「くっころ」という言葉は、「くっ、殺せ!」という敵に捕らわれた女騎士のセリフから来ているのだが、大抵この後女騎士は辱めを受けるなど酷い目に遭わされるのが定番となっている。
こんな事を教えたら、うちの変態コンビは絶対過剰反応するに決まっている。水を得た魚のように大喜びして我が家に「くっころ」ブームが到来しかねない。
敵のドMが余計な知識をまき散らかしたおかげで大変面倒なことになりそうだ。
『分かった。だが後で必ず教えてくれ』
『約束ですわよ』
フレイアとクリスティーナは渋々といった様子で意識を戦闘モードに切り替えたようだ。後々のことを考えると頭痛がするが今は戦いに集中しよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます