第113話 サイフィードVSフェンリル②
複雑な心境の中、素早く<サイフィード>を立ち上がらせると<フェンリル>は空中で体勢を整えて華麗に着地した。
『女を投げ飛ばすだなんて、あなた――最低です』
「そいつは申し訳ありませんでしたね。俺も初対面の女性にいきなり上に乗られそうになってびっくりしたもんでね。身の危険を感じて必死だったんだよ」
『女性に乗られるのは殿方としては本望では無くて?』
「……もういいよ、あんたとはまともな会話が成り立たない。言葉じゃなく、こっちでとことん語ろうじゃないか!」
ロキと話しているとだんだん頭が悪くなっていくような気がする。これ以上バカになりたくなかった俺は頭を切り替えて、とっとと敵を叩き潰すことにした。
接近しつつワイヤーブレードを鞭のようにして敵に叩き付ける。ロキは早々に軌道を読んで回避し砂漠を高速で駆けていく。
『またそれですか? 攻撃にバリエーションがありませんね。どうせ夜の生活も同じで相手を飽きさせるのでしょうね』
「下ネタばかり話していられるのもここまでだ。もうそんな余裕は与えないよ」
『なんですって!?』
砂漠を走る<フェンリル>に並走する<サイフィード>に気が付き、ロキは表情を凍りつかせた。
さっきロキがやっていたエーテルスラスターの瞬間噴射による砂上ダッシュをそっくりそのまま再現して見せた。
『それは砂漠戦用に私が編み出した歩法技術。それをどうしてあなたが出来るのですか!?』
「さっき、あんたがやっていたのを見たからパクらせてもらったよ。いやー、これ少し難しいけど使いこなせると便利だね。エーテルスラスターの出力を調整すれば水上戦にも応用できるぞ、これ」
俺が笑いながら言うとロキの表情が見る見る青ざめていく。まるで見てはいけないものを見てしまった時のような怯えた目をしている。
『それをマスターするのに私は数日の時間を要したのですよ。それを……たった一回見ただけで再現して見せたというの……?』
「エーテルスラスターの扱いには自信があるんでね。割とイメージ通りにやれたよ。ちょっと出力を調整すればこういうことも可能だ」
両脚部のエーテルスラスター出力を同時に上昇させ、スライディングをするような姿勢を取るとそのまま<フェンリル>の足元に滑り込んで足払いをかける。
砂漠を高速移動していた敵はバランスを崩して倒れ、地面を勢いよく転がっていった。
『きゃああああ! あぐぅぅぅぅぅ』
<サイフィード>は砂上をホバー走行するように滑り、ある程度行ったところでスラスターからのエーテル噴射を停止する。
モニターにエーテルスラスターのチャージ状況が表示された。長時間連続使用はしなかったので、ものの数秒でフルチャージが完了した。
やった本人が言うのもあれだが思ったよりも攻撃が上手くいった。滑っても摩擦抵抗の少ない砂漠だからこそ可能なスライディングキックだった。
『こんな……こんなはずでは』
誰に言うでもなくロキは困惑気味に独り言を呟く。顔を上げて俺を睨むと戦い始めた時とは別人のような殺気を放つ。
ようやく本気になったらしい。
『ここまでコケにされたのは初めてです。いいでしょう、全力で行かせていただきます。――エーテルグングニル!』
<フェンリル>に搭載されているエナジスタルが輝きストレージから一本の槍が出現した。
槍の先端である穂の部分は、まるで水晶から削り出したかのように美しく輝いている。
「あの槍から感じるこのプレッシャーはドラゴニックウェポンに近い。相当攻撃力が高いとみて間違いないな」
<フェンリル>が右手に装備したエーテルグングニルに注意を払い距離を保っていると、<サイフィード>周辺の四方で砂が舞い上がった。
その直後コックピットに衝撃が伝わり、機体が何かに拘束されたかのように動かなくなる。
「何だこれ!? <サイフィード>が動かない。いったい何が……って、これは鎖か。いつの間に」
モニターには<サイフィード>の両腕両脚に絡みつく四本の鎖が映っている。さっき砂が舞い上がったのはこれが出現したからだったのか。
鎖を引きちぎろうと四肢に力を入れてもビクともしない。
『うふふふ、無駄ですよ。その鎖はこの<フェンリル>の術式兵装〝グレイプニル〟です。超高密度のエーテルで構成されていて破壊するのは困難を極めます。グングニルに意識が向いていて、術式兵装への反応が遅れたみたいですね。こうなってしまっては、あなたは蜘蛛の巣に絡まった羽虫も同然。脱出は不可能です。――さて、どうやって料理しましょうか。エーテルクローにします? エーテルグングニルにします? そ・れ・と・も、このまま四肢をひ・き・ち・ぎ・る?』
まるで新婚ほやほやの新妻が仕事から帰って来た夫を労うかのように三択を迫って来る。
新妻と、この女の最大の違いは前者の三択は全部天国だが、後者は全部地獄逝きだということだ。
冗談じゃあない。
「なるほどな。さすが鍛え上げたアバターと強力な装機兵のコンビだ。そう易々とは勝たせてもらえないみたいだな。ならさ、こっちも本気で行かせてもらう! ――やるぞ、<サイフィード>。全術式解凍、ドラグーンモード起動!!」
<サイフィード>の両前腕の一部装甲が開き内部のアークエナジスタルが露出、搭載されている全てのエナジスタルが共振を開始する。
機体を包むようにストレージが展開し、頭部、両肩、両前腕、両脚部に追加装甲が施される。
機体背部ではメインエーテルスラスターの形状が変化し、高出力のエーテルが放出され光の翼を形成した。
最近知ったのだが、この光の翼は<ニーズヘッグ>のエーテルフェザーの小型版らしい。
機体の出力が上昇し、四肢の拘束に抵抗するが引きちぎるのはやはり難しい。それならそれで他にやりようはある。
「エーテルフェザー最大出力。飛ぶぞ、相棒っ!!」
『な、何をする気ですか!?』
エーテル光の翼――エーテルフェザーの出力を限界まで引き上げて四肢に絡みつく鎖を引っ張りながら浮上する。
「こんのおおおおおおおおお! 根性おおおおおおおおおお!!」
力比べの勝者は俺たちだった。<サイフィード>は空へ舞い上がり、しつこく四肢に絡まる鎖の出所がその姿を現した。
それは巨大な球体だった。そこから鎖が射出されていたらしい。現在四つの球体から放たれた鎖が<サイフィード>の両腕両脚の自由を奪っている。
「こんなの物が砂漠の中にいたのか。どうりで重かったわけだ。でも、正体が分かったのなら対策可能。――これでどうだ!」
空中戦でお馴染み、<フレスベルグ>先生直伝の〝天空逆ハンマー投げの刑、Ver.サイフィード〟を開始した。
機体をコマのように回すと、鎖の先にいる球体も振り回される。腕の鎖を手で把持し長さを調節していると、しばらくして球体同士がぶつかり破損していく。
これにより鎖の根っこが壊れたことで、<サイフィード>の自由を奪っていた鎖は弱体化し強度もパワーも低下した。
俺は鎖を引きちぎり、愛機を鎖の束縛から解放するのだった。
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