第112話 サイフィードVSフェンリル①

「ロキって言ったな。俺と一対一の勝負はどうだ? 俺たちにとっては敵の転生者の実力を知るいい機会になるし、そっちにとっても俺と<サイフィード>の能力がどれぐらいか知っておきたいところだろ。悪くない話だと思うんだけどな」


『なるほど、一理ありますね。――いいでしょう。ジンたちはその場で待機していてください。獲物の横取りはダメですよ』


 それぞれ仲間から離れて<サイフィード>と<フェンリル>が対峙する。俺はエーテルブレードとワイヤーブレードを装備し構える。

 一方<フェンリル>は最大の特徴である左腕の爪を前に突き出し俺を威嚇していた。


 小説版に登場した<フェンリル>の情報は、そのほとんどが不明だ。

 その外見や機体色が水色で左腕にデカい爪を装備している、という程度しか知られていない。

 それもそのはず、<フェンリル>は小説最新刊のラストでちょっと出てきただけで戦闘シーンはまだ描かれていなかったのだ。

 俺も良く知らないこの機体がサシの勝負に出て来てくれたのはラッキーだった。あと機体性能が不明なのは<モノノフ>だが、あいつは後で俺が直接戦えばいいだろう。

 まずは目の前にいるこいつから片付ける。


「そう言えば、そっちは自分たちの名前を勝手に名乗ってくれていたな。それに俺も<サイフィード>の転生者とか言われるのはしっくりこないんでね、一応名乗っておくよ。ハルト・シュガーバイン、<サイフィード>――行きますっ!」


『ハルトさんですか。良い名乗りっぷりですね。それではロキ・エルム、<フェンリル>――舞い乱れます』


 名乗りと同時に二機が前に飛び出した。今判明している敵の武器は左腕の爪のみ。他の武器や術式兵装をここで暴かせてもらう。


「まずはこっちから行くぞ。ワイヤーブレードでっ!」


 ワイヤーブレードの刀身はいくつもの刃に分割され中心に通る特殊繊維のワイヤーによって繋がっている。

 それを振うと鞭にようにしなりながら正面にいる敵に向かって行った。


『それの動きは先程拝見しました』


 余裕の表情とセリフを言いながら、ロキは最小限の動きでワイヤーブレードの斬撃を躱そうとする。


「そうかい。それじゃ、これならどうだ」


 特殊繊維を伝って送られるエーテルと微妙な手のコントロールにより鞭のような軌道が変化し、回避行動中の<フェンリル>に蛇腹状の刃が向かっていく。


『ちぃっ!』


 ロキは舌打ちをしながら機体を一気に加速させ、刃が接触する前にワイヤーブレードの攻撃範囲から逃れた。

 離れた場所で止まり俺の方に正面を向けて睨んでいる。

 いやー、良い顔をしてくれますな。


「どうした、さっきまでの余裕綽々よゆうしゃくしゃくの綺麗な顔が台無しだぞ。華麗に躱せると思ったら、思いのほか不格好な回避になったんで恥ずかしくなったのかな?」


 何故だろう。敵をあおってしまう俺がいる。

 何かこういう上から目線の敵と戦っていると、徹底的にボコボコにしてマウントを取りたくなる俺はやはりSっ気があるのだろうか。

 ふとモニターの片隅でフレイアが顔を赤らめて息を荒げているのが目に入ったような気がするが見なかったことにしよう。

 その赤髪の女性が「うらやましい、私もあんなふうに罵って――」などと聞こえたような気がするが無視しよう、そうしよう。

 今は戦いに集中しなければならない。


『そんな安い挑発に私が乗るとでもお思いですか?』


「別に挑発なんてしてないよ。ただ、そうかなって思っただけさ。それじゃあ次行くぞ」


 今度は脚部及び背部のエーテルスラスターを全開にして一気に間合いを詰める。<フェンリル>が左腕の爪をまっすぐ俺に向けているのが目に入った。

 まだ距離があるのに、あの体勢は不自然だ。この状況から考えられるとすれば――!

 右脚部エーテルスラスターの出力を上げて左側に高速移動する。

 すると、さっきまで<サイフィード>がいた進行ルートに向けて、<フェンリル>の爪が射出された。

 爪は前腕部ごと発射されており、上腕部とはワイヤーで繋がっている。以前空中戦を繰り広げた<フレスベルグ>のワイヤークローと原理は同じだ。


『躱された。何故っ!?』


 ロキが驚きの表情を見せてくれる。最初の余裕たっぷりのご尊顔はもう拝めなさそうだ。


「そんな、これからロケッ○パンチを撃ちますみたいなポーズをしていれば分かるさ。それにワイヤーに繋がれた爪を飛ばしてくる敵には嫌な思い出があるからね。勘が当たったよ」


 俺はスピードを落とさずにそのまま<フェンリル>の右側に回り込みつつ、ワイヤーブレードを蛇腹モードにして斬りつけた。

 敵はそれを今度は距離を大きく開けて回避すると、砂漠の上だと言うのに足を砂に取られること無く高速でバックステップしていく。


『そう簡単に当たってはあげられませんよ。砂漠戦闘はこちらの方が慣れていますからね。あなたがここの地形に慣れる前に決めさせていただきます』


 今度は向こうが<サイフィード>に向けて接近してくる。ただし、その動きは左右に跳びはねながらの変則的な動きだった。

 それに対してこっちは足が砂漠にめり込んで動きが鈍い。走ったとしても、<フェンリル>のような軽やかな動きは不可能だ。

 柔らかい砂の上でどうしてあんな動きが出来るのか注意して見てみると、<フェンリル>は砂に足を接触させる瞬間に脚部エーテルスラスターを瞬間的に噴射していた。

 瞬間的に機体を軽くして地面を蹴って前進しているんだ。


「そうか! あれで足が砂にめり込まないのか。あんな移動方法があったんだな。すげーや」


『感心しているところ申し訳ありませんが、これを受けていただきます』


 敵の巨大な爪が正面から<サイフィード>に叩きつけられる。それをエーテルブレードで受け止めると、互いの武器を構成するエーテル同士が干渉して激しい光を放つ。

 <フェンリル>は突撃時の勢いも利用し、パワーで押し切る気満々だ。足を踏ん張って耐えていると、次第に砂に埋もれて体勢が後ろに崩れていく。


『このまま押し倒してその白く美しい装甲に私の爪を立てて差し上げます。覚悟してください!』


 上気した顔で攻めて来るロキは興奮しきっていてどうにもヤバい。ロボットの装甲越しだと言うのに貞操の危機を感じる。

 そう思った瞬間に自分はめでたくリア充の仲間入りをしていたことを思い出す。


生憎あいにく、爪を立ててくる人は間に合っているのであなたの爪はいらないです。他所の女性に押し倒されると凄く怒られるんで、どいてもらえませんかね!」


 後ろに倒れると同時に左手を敵機の胸部に当て、右脚を敵の股関節部に入れて転倒時の動きを利用して蹴り上げた。


「格ゲーの投げ技の定番、巴投げだ。これでぶっ飛べぇぇぇ!」


『きゃああああああああああ!!』


 蹴り上げる時に脚部エーテルスラスターを噴射してやったので、予想以上に<フェンリル>は空高く舞い上がった。

 その姿をモニター越しに見て、熊に襲われたご年配の方が命からがら巴投げで撃退したという、昔観たニュースを思い出した。

 もっとも、俺が投げ飛ばしたのは獰猛な熊ではなく発情した女豹だった訳だが。

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