第106話 絆

 前世での親友、黒山修と再会した俺は自分たちが転生者であることを仲間たちに話した。

 『錬金工房ドグマ』では転生者の存在について研究していたらしく理解が早くて助かった。

 それに加えて、これから『シャムシール王国』と『ワシュウ』の転生者たちと戦う可能性が高いこと。彼らのレベルはかなり高く苦戦は必至だということも伝えた。


 皆に驚きと戸惑いや不安が広がる中、船長であるシェリンドンが落ち着くように諭し、全体説明の場は解散となった。

 現在、竜機兵チームのメンバーやティリアリアは複雑な面持ちで俺と向かい合っている。

 特にティリアリアとフレイアは一番付き合いが長かったためショックが大きいようだった。


「どうして、今まで話してくれなかったの。私たちのことが信じられなかった?」


 最初は目を潤ませていたティリアリアだったが、皆を代表し毅然とした顔で俺との会話に臨んでいる。

 彼女がそのように問うのは至極真っ当だ。マドック爺さん、シェリンドン、ノルド国王の三人は、俺が転生者である事実を知っているのに付き合いの長い自分は知らなかった。

 それが彼女を更に傷つけたのは言うまでもない。


「ごめん。お前の言う通りだ。俺が転生者なんて言ったら気味悪がられるんじゃないかって、それが怖くて言い出せなかった。いつか話そうと思ってずるずる先延ばしにしてた。――本当にごめん」


 ティリアリアや皆に頭を下げる。怖い、物凄く怖い。頭を上げた時、皆が俺を失望した目で見ていたらと思うと怖くてたまらない。

 このまま頭を上げずに一生を過ごそうかと思っているとティリアリアが声を掛けてきた。


「分かったわ。――ハルト、頭を上げて」

 

 促されて頭を上げると、皆が顔を寄せ合って何かを相談していた。そして、全員が頷き合うと、一斉に俺の方を見る。

 え、何これ? なんか怖いんですけど。

 怯える俺の前に皆が一列に並び始める。各々屈伸したり手首をならしたり準備運動をしている。

 いったい何が始まるんだ?

 

 トップバッターはフレイだ。俺の目の前まで来ると腹に一発拳を放ってきた。みぞおちに綺麗に入るパンチだったため思わず両膝をついてしまう。だが、あまり痛くない。

 フレイが列から外れると、次はパメラがハリセンで俺の頭を叩く。バシンと激しい音が響くが、これも大して痛くはなかった。

 俺が不思議がっていると、シオン、クリスティーナ、フレイアが立て続けに俺に一撃を入れていく。これらも身体に当てただけで威力は無い。。

 最後にティリアリアが俺の正面に立って勢いよく腕を振り上げた。両膝をついたまま、反射的に目を瞑り覚悟を決めると少ししてから頭にこつんと何かが当たる。

 俺が目を開けると、ティリアリアの拳が俺の頭に置かれていた。

 状況が飲み込めずぽかんとしていると、ティリアリアがそのままの姿勢で俺に言った。


「――はい、これでおしまい」


「おしまいって……どういうこと?」


「ハルトが自分のことを私たちに黙っていたこと。今私たちが一発ずつハルトにお見舞いしたから、制裁を受けたということで全部チャラ。これ以上、この件であれこれ言うのは無しってこと」


「制裁って、全然痛くなかったよ。俺が皆を騙していたことに釣り合ってないよ」


 頭に置かれていたティリアリアの拳が開かれて俺の髪を撫で始めた。彼女の顔を見ると穏やかな笑みを俺に向けている。


「騙してなんていないでしょ。ハルトは初めて会った時から今日まで、ずっと私たちの為に戦い続けてくれた。怖い事、辛い事、痛い事、悲しい事が沢山あったのに、いつもみんなの前に立って危険を顧みずに頑張ってくれていた」


 ちょっと待った。いきなりそんな事を言い出すのは反則なんじゃないですかね、ティリアリアさん。


「ハルト・シュガーバインという人物に関わったことがある人なら皆知ってるわ。彼がいつも必死に戦ってくれていること。そのおかげで救われた命が沢山あることを」


「分かった。分かったからそこでストップしてもらっていいかな。ちょっと……それ以上はまずい、かも」


 目が熱くなってきて視界が歪む。唇が震えて声が上手く出せない。それ以上優しい言葉を掛けられると、色々崩壊しそう。


「私ね……思い出したのよ。ハルトが悩んでいると思った時が何度もあったのを。私たちに何かを言いかけてやっぱり何でもないって言うことも沢山あった。あの時あなたは私たちに言いたかったのよね。自分のこと、この世界のこと。日々の戦いだけでも大変だったのに、そんな秘密を抱えて苦しんでいた。ハルトが何度もサインを送ってくれていたのに私は気付いてあげられなかった。ごめんね、ハルト。いつも一緒にいたのに――気付いてあげられなくてごめんね」


 ティリアリアは俯く俺を抱きしめてくれた。彼女の声は震えていて、最後の方は泣きながら言っていた。

 俺よりも身体が小さいはずなのに彼女は俺の全身を包み込んでくれるように温かかった。

 その瞬間、我慢していた俺の感情は決壊した。目から涙がとめどなく溢れて、唇は痺れたかのように上手く動かず出した声が言葉にならない。ただ、むせび泣くことしか出来なかった。

 

「ご、ごめ……お、俺……ごめ……ティア……ごめんな……みんな……ごめんな……」


 周囲から鼻をすする音や嗚咽が聞こえてくる。そんな状況がしばらく続いた。


 その後、落ち着きを取り戻した俺たちの所にセバスさんがやって来て紅茶を淹れてくれた。

 全員水分が抜けて喉が渇いていたのか、勢いよくお茶を飲む。程よい温度に調整されていて飲みやすく、身体の奥から温かくなり心が安らぐ。

 セバスさんはそんな俺たちの姿を見て微笑むと「食器を片付けますね」と言って席を外す。

 俺もいつかあんなカッコいいおじさんになりたい。

 しみじみした雰囲気に浸っているとティリアリアが俺の袖を引っ張っていることに気が付く。


「どうした、ティア?」


「ハルトにお願いがあるの。少しずつでいいから転生前の、ハルトが白河光樹っていう男性だった頃の話を聞きたいの。――ダメかしら」


 意外な申し出だったので少し驚いていると、ティリアリアが頬を染めて言った。


「だって不公平じゃない? ハルトは私たちのことを良く知っているのに私たちはあなたのことを知らないのって。前世のあなたがどんな人物だったのか物凄く知りたいわ」


 俺が戸惑っていると、クリスティーナやフレイアも一緒になって激しく同意していた。皆の目は本気になっており、要望を叶えるまでテコでも動かないだろう

 その後合流したシェリンドンも加わり、この日はかつての俺の話で夜が更けていくのであった。

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