第103話 白河光樹と黒山修

 俺の前世、白河しらかわ光樹みつきはアニメ、漫画、ゲーム、プラモデルなどをこよなく愛する生粋のオタクだった。

 特に人型ロボットが戦う作品が大好きで、親によると物心つく前から夢中になっていたらしい。

 俺の人生はロボットと共にあったと言っても過言ではない。

 高校を卒業し三流大学に進んで一人暮らしを始めてからは、時間に余裕があったこともあり授業とアルバイト以外は、趣味三昧の日々だった。

 それから厳しい就職活動の末に中小企業に何とか就職を果たした。

 黒山と出会ったのはその会社だった。

 それほど規模の大きい会社ではなかったので同期は少なく、その中でも黒山はイケメンで長身、それでいて性格も良いと入社当時から評判で目立つ男だった。

 陰キャな俺からすれば、こういうリア充な男は苦手な部類なのであまり話をする事は無かった。

 会社の新人歓迎会であいつは女性陣から猛烈なアピールを受けていたが、その際に周りをドン引きさせる発言をした。

 それを聞いて俺はあいつに深いシンパシーを感じ、あいつも前々から俺に同じものを感じていたらしく歓迎会の間に共通の話題で盛り上がり親友の間柄になったのである。

 

 黒山も俺と同様に生粋のオタクだった。アニメ鑑賞やゲームはもちろんゲーム会社のイベントに行ってみたりファンである声優さんの握手会に行ったりなど非常に活動的であった。

 俺もあいつに付き合わされて色々なイベントに行った経験がある。何やかんやで楽しかったなぁ。


 あいつと共有したのは楽しい事だけではない。学生時代とは異なる厳しい社会人生活を一緒に経験した。

 朝から晩まで仕事に追われ、サービス残業は当たり前。

 自分の趣味に興じる時間すらまともに無く、夜遅くに家に帰ったら飯食って風呂入って寝て、そしてまた朝が来て仕事に行く。 

 そんな生活がエンドレスに続く現実を前にして、入社したての頃の俺と黒山は出勤中にトラックでも突っ込んできて異世界転生でもしないかなと冗談で話していたこともある。

 それから時が経ち仕事も少しずつ覚えていくとサービス残業時間も少なくなり、徐々に自分の時間が持てるようになった。

 その限られた時間で俺と黒山は共にオタク活動を充実させていったのである。

 ――以上、回想終了。




 俺の目の前にいるシリウスの中身が本当に黒山なのか確かめるしかない。この男の真意を探るにしても、まずはそこからだ。


「正直に言って、俺はお前が黒山だと認められない。色々と手に入れた情報であいつに成りすまして俺を騙している可能性もゼロじゃない」


「――そうだね。確かに白河の言う通りだ。それじゃ、僕が黒山くろやましゅう本人だと認めてもらうにはどうすればいいかな?」


 シリウスが頬に拳を当てて解決策を考えている。黒山も考え事をしている時は同じ仕草をしていた。

 何だかこの時点で黒山本人じゃないかと思いはしたが、確証を得るためにも手堅く行こうと思う。


「俺と黒山は同じ会社の同期だった。その新人歓迎会であいつが皆をドン引きさせた発言をここで言って見てくれ。あれがきっかけで俺とあいつは親しくなったからな。黒山本人なら言えるはずだ」


 シリウスはちょっとショックを受けた顔で俺を見ていた。この反応、やはり別人なのだろうか?


「……それって、アレだよね? 僕にとっては当たり前のことなんだけどな。……まぁ、いいや」


 シリウスは席から立ち上がると、右手の拳を左胸に当てて左腕を背中の腰に回し〝心臓を捧げるポーズ〟をした。


「僕は今まで女性と付き合った事はありませんし、これからも付き合う事はないと思います! なぜなら――僕は二次元の女性しか愛せないからです!!!」


 シリウスが発した魂の宣言は俺のオタク心臓を射抜いた。目の前の男から感じるこのプレッシャーは、あの時新人歓迎会の場で感じたものと全く同じだったのである。

 嘘偽りを感じさせない声色と真剣な鋭い眼光。あの時の光景やその後一緒に過ごした活動の日々がフラッシュバックする。

 俺の視界が歪む。どうしたのだろうと思い手を目元にやると透明の液体が付着した。どうやら俺は泣いているらしい。

 そのまま視線をシリウスに戻すと彼も泣いていた。大粒の涙が頬を伝って地面に落ちていく。


「お前……ホントに……黒山なんだな……」


「だから、そう言ってんじゃん……白河……」


 俺たちは泣きながら抱擁を交わした。


「「心の友よ~!!」」


 泣いた。泣きじゃくった。精神年齢四十歳オーバーのおっさん二人が、まるで迷子の子供が親と再会した時のように声を出して泣いていた。

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