第96話 シェリンドン研究チームの日常①

 ハルトの後ろにはクリスティーナとフレイアの姿があり、彼女たちも皆と朝の挨拶を交わす。その時、いつもと異なる二人の様子にパメラが反応した。


「おはよう二人とも。朝から随分と機嫌がいいじゃん。それに、肌が艶々してるけど何かあった?」


 パメラの言葉に反応したシオンとフレイがやたらと肌艶の良い二人を確認すると、男同士で目を合わせてニヤリと笑う。

 即座にやや疲れ気味のハルトに近づいて行き、彼の両肩に手を置いて「お疲れさん」とねぎらいの言葉を掛けるのであった。


「うっ……どうも」


 昨日の妻四人によるお叱りの後に何があったのか。それを一瞬で察知されたハルトは気恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で返答した。

 そんな夫とは対照的にクリスティーナとフレイアは実に堂々としている。

 パメラの問いに対して何があったのか真実は言わないものの、「良いことがあった」とだけ伝えていた。


「パメラもそのうち分かりますわ。――結婚って想像していたものよりずっと素敵なものでしたわ」


「そうですね、私も同意見です。今の私にはこれまでにない活力がみなぎっている感じがします」


「あっ! それ、わたくしにも分かります! 身体の奥底からマナが溢れてくるような感じですわよね!?」


 時々何かを思い出すように遠い目をしながら楽しそうに会話する二人を見て、フレイとシオンは再度ハルトに目を向ける。


「「お前はいったいどれだけの事をしたんだ? ちょっと怖いんだけど――」」


「怖いって酷くない!? 俺はいつも精一杯なだけだから! 奇抜なこともしてないから!!」


 ハルトの悲しい叫びが<ニーズヘッグ>の格納庫に響き渡る。

 その声に驚く錬金技師や整備士たちであったが、彼らがハルトの身に何が起こったのか察するのは、ものの数分後である。

 彼らは気を利かせること半分、面白味半分で栄養ドリンクなど滋養強壮に効果のあるものをハルトに大量に贈与し、顔を真っ赤にして彼はそれを受け取るのであった。


「気を遣わせてしまって申し訳ないです――」




 ――その頃<ニーズヘッグ>のブリッジには、いつもより肌艶と機嫌の良いティリアリアとシェリンドンの姿があった。

 そんな二人に格納庫のパメラと同様に純粋な瞳を向ける亜麻色ボブヘアの女性がいた。

 彼女の名はアメリ・オパールと言い、シェリンドンの部下の錬金技師である。年齢は十代後半でシェリンドンを尊敬している女性だ。

 エーテル永久機関などの動力系を専門分野としており、<ニーズヘッグ>開発時にもその知識が活かされている。

 オペレーターとして船に搭乗している明るい性格のムードメーカーである。


「お二人とも、いつもより肌が艶々してます。羨ましいです、私は最近乾燥気味で――」


 二人の肌質に注目し楽しそうに会話するアメリの姿を見て微笑む男女がいた。

 女性はステラ・タンザナイトという金髪縦ロールの十代後半の淑女で、実家は貴族の子爵家である。

 元々は子どもの頃から宝石が好きで、それが高じてエナジスタルに強い興味を持ち自分の手で最高のエナジスタルを作りたいという夢を抱いて錬金技師の道を邁進している。

 シェリンドンの下でエナジスタルの研究をしており、<ニーズヘッグ>に出力増幅器として搭載されているエナジスタルの錬成に深く関わっている。

 アメリとは同性で年齢も近いという事もあって仲が良く、彼女と同様にオペレーターとして<ニーズヘッグ>に搭乗している。


 一方、男性はハンダー・スピネルという青い短髪の二十代半ばの男性で、自他ともに認める飛空艇オタクだ。

 自分の自分による自分のための飛空艇を製造することを目的としている錬金技師で、シェリンドンの部下としてはアメリやステラの先輩にあたる。

 装機兵や飛空艇の機動力にとって命とも言えるエーテルスラスターなどの推力関連を専門にしており、<ニーズヘッグ>に搭載されている〝羽〟も彼の発想をヒントにして昇華させたものである。

 飛空艇オタクの彼は飛空艇操縦の最高峰である一級ライセンスを所持しており、周囲からの強い推薦とそれよりも強い自らの希望で操舵手として参加していた。


「アメリは本当におこちゃまですわね~」


「専門分野に関してはシェリンドン主任に迫る勢いの才媛なんだがな。一般常識というか、男女関係の知識に関しては疎いとかいうレベルじゃないからな」


 自分を子ども扱いするステラとハンダーに対しアメリは不服そうな表情で二人に詰め寄る。


「二人とも失礼じゃないですか! 私はお子様なんかじゃありませんよ。そんな子供の作り方だってちゃんと知っているんですからね!!」


「それじゃあ、説明してごらんなさいな。この公衆の面前で言えることではないと思いますけど?」


 ステラが挑発するとアメリは自信満々の顔を見せ、子作りの説明を始めた。


「それは、ずばり! コウノトリさんが赤ちゃんを連れてきてくれるのです!!」


 その瞬間ブリッジ内が水を打ったように静まり返る。

 このブリッジ内には彼らの他にも数名のブリッジ要員が在籍しているが、その全員がアメリの答えに衝撃を受けていた。


「……アメリ、それは本気で言っているんですの? 嘘でしょ?」


「これは予想以上にメルヘンな答えだったな」

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