第97話 シェリンドン研究チームの日常②
ステラとハンダーから溜息がこぼれ、アメリの同僚であるブリッジクルー全員が真実を話すべきか迷っていた。
この純朴な女性に男女間の生々しい現実を教えていいものか、と。
「アメリ、ちょっといい?」
その時、アメリを呼ぶ人物が一人。それは聖女ティリアリアであった。
ティリアリアはアメリの傍まで来ると彼女に耳打ちをする。するとアメリの顔が次第に真っ赤に染まっていった。
話が終わりティリアリアが離れるとアメリは慌てふためきショックを受けている姿を見せる。
「そんな……そんな方法で子作りするんですかーーーーー!? ふ、ふけ、不潔ですーーーーー!!」
アメリが混乱する姿を見ながら、躊躇なく彼女に真実を伝えたティリアリアの思いきりのよさにステラたちは畏怖の念を抱いた。
「俺たちが躊躇していた事を全く動じずに実行するとは、さすが聖女様だな」
「――というか内容が内容なだけに、まさに性女様ですわね」
「アメリには私の実体験も絡めて説明しました。新鮮な記憶からのリアルな描写に彼女も納得せざるを得ないでしょ!」
ティリアリアは「ふんす!」と鼻息を荒げながら腰に手を当てて自信満々の姿を皆に見せる。
先程のアメリのものとはまた違う衝撃がブリッジクルーを襲った。
「あの聖女様、自分の最重要機密を普通にさらけ出したぞ! マジか!?」
「ある意味、ぶっ飛んでますわね~」
その微妙な雰囲気の中、ブリッジの床にぺたんと座り込んだアメリは顔に両手を当てて泣いていた。
「そんな大胆な方法なんて私には一生無理ですぅ!! 恋人同士でキスを連続で千回すればコウノトリさんが現れるって聞いていたのに~!! お母さんの嘘つき~!!」
「キスを連続千回っていうのは大胆なことじゃないのか? アメリの中の大胆の基準が分からんな」
「キス千回でコウノトリ召喚とは、あまりメルヘンな内容ではありませんでしたわね」
出発前にブリッジ内の空気が阿鼻叫喚の状況になりシェリンドンは頭を抱えていた。
「<ニーズヘッグ>の発進前にこんな事になって、これからちゃんとやっていけるのかしら?」
そんな地獄空間に一人の紳士がワゴンを押しながら入って来た。
彼はステラの執事のセバスチャンという白髪と糸目が特徴の六十代の男性である。
背筋をまっすぐに伸ばし清潔なグレーのスーツを着こなした姿からは全てを浄化する朗らかなオーラが放たれている。
セバスチャンはステラがシェリンドンのチームに配属された時から皆の身の回りのお世話をしてくれており、今では彼らにとって必要不可欠な存在となっていた。
「おやおや、皆様どうかされましたか? お茶をご用意いたしましたので、よろしければティータイムなどいかがでしょうか?」
「ナイスタイミングですわ、セバス!」
セバスチャンはワゴンに載せていた紅茶とお菓子をブリッジクルー全員に提供し、混沌としていた空気は一蹴された。
この光景は濃いメンバーが多く所属するシェリンドンのチームでは日常茶飯事となっており、『第一ドグマ』における名物の一つである。
「セバスさん、いつも美味しいお茶をありがとうございます。おかげでブリッジの空気が良くなりました」
「いえいえ、私はこの船の運用については全く分かりませんし、自分に今できる事をしているだけでございます。今までと同様に皆様に一時の安らぎを提供できたのであれば幸いにございます」
「もう少しすれば、本船は発進となります。ステラの座席の隣にセバスさんの座席を用意してありますので、そちらで待機していてください」
「私などがここにいてもよろしいのですか? 皆様のお邪魔になりませんでしょうか?」
自身の胸に手を置いて恐縮するセバスチャンに対して、シェリンドンは懇願する思いで言うのだった。
「いえ、むしろいていただけると本当にありがたいです! 『第一ドグマ』の研究室でもセバスさんはいつもいてくれましたし、その環境に近い方が私も皆も安心します」
「主任の言う通りですわ。それにセバスは私の執事なのですから、傍にいてもらわないと。――そうでしょう?」
セバスチャンが周りを見渡すとブリッジクルーたちが祈るような眼差しで自分を見ているのに気が付く。
自らを必要としてくれているこの光景を目の当たりにして、セバスチャンは目頭が熱くなるのを感じていた。
「皆様――! 分かりました。このセバス、僭越ながら皆様のご活躍をこちらの特等席で見届けさせていただきたいと思います!」
この瞬間ブリッジの中で歓声が上がり、まるでお祭りのような騒ぎになった。唯一の部外者であったはずのティリアリアも既に馴染んでいて笑顔で拍手を送っている。
こうして、<ニーズヘッグ>の頭脳であるブリッジクルーたちの結束は、出発前からより強固なものとなったのである。
「ここ……ブリッジだよね? え? なにこのテンション? 皆の中心にいる、あのご年配の方はいったいどなた?」
余談ではあるが、この時ハルトが出発前にブリッジの様子を見に出入り口まで来ていたのだが、この入りがたい雰囲気を目の当たりにして回れ右をして格納庫に戻っていったという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます