第95話 ニーズヘッグの能力

 <ニーズヘッグ>の見た目はどう見ても宇宙戦艦なのだが、種類としては飛空艇――つまり船になるらしい。

 船首が前方にせり出したその姿は巨大な竜を彷彿とさせる。

 竜の首元に当たる部分には船橋があり、船長やオペレーターに操舵手といった船の操縦や指揮を担うクルーがいる。

 船の最後部には推進システムである巨大なエーテルスラスターが設置されている。

 右舷と左舷にもエーテルスラスターが備えられており、船が飛行時はここからエーテルが噴射され飛行補助ユニットとして稼働するとシェリンドンさんが自信満々に説明してくれた。

 ――そう、この大型飛空艇の基本設計・開発をしたのはシェリンドン・エメラルドその人であり、竜機兵の開発と並行してこの壮大なプロジェクトを進めていたというのだから驚きだ。

 彼女が主任を務めるチームが主体となり、様々な意見を取り入れて<ニーズヘッグ>の開発を進めていったらしい。


 この大型飛空艇には『錬金工房ドグマ』の関係者が多く乗り込み、船の頭脳である船橋のブリッジクルーには、設計開発に携わったシェリンドンさんのチームが選ばれた。

 その流れで、この船の生みの親であるシェリンドンさんが船長を務めている。

 さらに、帝国との戦争中に南方での戦いを指揮したティリアリアが戦術オブザーバーとしてブリッジクルーの一員となった。

 『聖竜部隊』はティリアリアとシェリンドンさん二人が責任者となって部隊の運用を行っていく。

 俺はその二人の妻の指示の下、竜機兵チームの隊長として戦うことになるわけだ。

 その事実を早速パメラとシオンとフレイに指摘され「既に尻に敷かれている」と大笑いされた。

 俺自身、尻に敷かれている自覚があるので反論出来なかった。まあ、反論する気もないので問題はないのだが。

 妻の尻に敷かれている状況で大変結構だ。その方が夫婦円満になると前世でばっちゃが言っていたような気もするしな。

 それに加えて、クリスティーナとフレイアというドSドMコンビにも振り回されそうなので、我が家のヒエラルキーの最下層は俺になるのは間違いないだろう。

 息子になるシオンには、自分は成人してるから関係ないと言って逃げられた。――悲しいね。


 <ニーズヘッグ>の格納庫に荷物を下ろしていると、コックピットモニターにブリッジとの通信画面が開かれた。

 そこには笑顔を見せながらも怒気のオーラを纏ったシェリンドンさんとティリアリアが映っている。

 二人のその表情を見た瞬間、俺の背筋に悪寒が走った。


『三人共、さっき別の部署から連絡が入ったのだけれど、何でも女性の胸のサイズなどで格付けをして楽しんでいたらしいわね。――詳しく説明してくれるかしら?』


 ――ヤバい! これは非常にヤバいぞぉぉぉぉぉぉ!! その話の中心人物は、まさに今モニターに映っている二人だ。

 しかし何故だ? その時の会話は三機だけのプライべートモードになっていたはずなのに。


『あ……ごめん、<グランディーネ>の通信モードをオープンにしてた。これじゃ、私等の会話が周辺に筒抜けになっちゃうね』


『何てことだ、これはまずいな』


「……ヤバくね? 結構好き勝手言っちゃったぞ俺たち」


『あなたたちは荷物の運搬作業が終わったらブリッジまで来てちょうだい。――言っておきますけど逃げても無駄ですからね。以上』


 二人は終始笑顔を見せながら通信を切った。モニターに映るパメラとシオンは身体を震わせており、俺も恐怖で身体がガクガクしている。

 言われた通りに後でブリッジに行った俺たち三人は、話題にしていたティリアリア、シェリンドンさん、クリスティーナ、フレイアの四人にめちゃくちゃ怒られたのであった。

 



 ――翌日、<ニーズヘッグ>の出撃準備は既に終了しており。後は発進の時刻を待つのみとなっていた。

 船橋の下層に位置する格納庫には五機の竜機兵が雄雄しく並び立っており、製造中のドラタンクの姿も見られる。

 シオンとパメラ、それにフレイはこれから自分たちが向かう飛空要塞<フリングホルニ>について話し合っていた。


 都市一つ分の大きさを誇る<フリングホルニ>には、海上の雲海を中和する雲状の障壁を展開することが可能で、これにより敵の接近を妨げる能力を有している。

 以前<サイフィード>がこの障壁を突破して接近する事が出来たのはドラグエナジスタルが障壁を形成するエーテルを吸収し、その効力を緩和させたからだとマドック等錬金技師は推論付けた。

 シオンは母親であるシェリンドンからその話を聞いていたので、パメラとフレイにその件を説明していた。

 

「あの飛空要塞<フリングホルニ>を覆う障壁は、術式兵装のようなものらしい。万が一、あれと戦うような事になってもドラグエナジスタルを搭載している竜機兵なら突破できる。それに、この<ニーズヘッグ>には層が厚くなければ雲海内を飛行できる性能があるそうだ」


「それはつまり<ニーズヘッグ>なら飛空要塞の障壁を突破できるってことか。すげーな!」


 フレイが感心しているとシオンが自信ありげな顔をしていたのでパメラがツッコむ。


「なんであんたがドヤ顔してるのよ。にしてもシェリンドンさんは本当にすごいわね。竜機兵の開発をやりながら、この船の最終調整やってたんでしょ? いつ寝てるのかな?」


「母さん曰く睡眠時間は三時間ほどあれば大丈夫だそうだ。そう言えばハルトの姿が見えないな。昨日は僕とパメラは割と早々に解放されて、あいつだけ残されて怒られていたようだからな。ショックで寝込んでいるのかもしれない」


「皆、おはよう」


 シオンたちがハルトの安否を心配していると、その本人が姿を現しいつものように挨拶をしてきた。

 思いのほか心身ともに健康そうであったので、一緒に叱られていたシオンとパメラは安堵するのであった。

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