第94話 竜の大型飛空艇ニーズヘッグ

 叙勲式が終わり、『アルヴィス城』内の会場にて立食パーティーが催されていた。俺の感覚からすると、会社の忘年会の豪華版と言った印象だ。

 主な出席者は貴族のお偉いさんがほとんどだが、こういう場で偉そうにふんぞり返るような貴族は先日一掃されており、思ったよりも全体の雰囲気は和やかだった。

 皆が「うふふ、ははは」と上品に会話を楽しむ中、このパーティーの主役である俺、ハルト・シュガーバインは会場の片隅で静かに食事を摂っていた。

 切り分けられたローストビーフを口に運んで咀嚼し飲み込むという動作を機械的に行っていく。

 普段の俺なら「美味い!」とか言いながらテンションを高くするところだが、今はそんな気分じゃない。

 カンニングペーパーを失った俺は叙勲式では終始テンパった挙句、皆に笑われ続けるという前代未聞の事をやらかした。

 穴があったら入りたい。そして、その穴から二度と出てきたくない。

 もしもその穴の中がインターネット環境が整っているような場所であったなら、本当にそこで一生を終える自信がある。


「もう! いつまでいじけてるのよ! 終わった事はしょうがないでしょ? ほら、ハルトの好きなスパゲッティ持ってきたから食べなさい」


 ティリアリアが綺麗に盛り付けされたミートソーススパゲッティの皿を俺の目の前に置く。

 彼女はさっきからこのように俺の世話を甲斐甲斐しくしてくれていた。

 いや、ティリアリアだけではなく、クリスティーナ、フレイア、シェリンドンさんも飲み物やデザートなどを持ってきてくれて一緒に食事をしている。

 その様子を貴族の方々が驚きの眼差しで見ていた。


 そりゃそうだ。聖女、姫、有名な元騎士団長の孫、次期錬金技師長最有力候補の四人を同時に侍らせているのだ。

 はっきり言って普通じゃないでしょう。

 更に彼女たちと俺が婚約したという話がこのパーティーの最中に広まっていったらしく、貴族のご令嬢たちが俺の側にやってくる気配は皆無であった。

 俺の四人の奥さんによる防御は鉄壁のようである。

 パーティーが終わる頃には、俺も色々と吹っ切れて普段の調子が戻っていた。それにいつまでも塞ぎ込んでいるわけにはいかない。

 むしろ今日はここからが本番で『第一ドグマ』に戻ったら、明日の出撃に向けて残りの準備をしなければならないのだ。


 パーティーは終始和やかな雰囲気で終わり、俺たち『聖竜部隊』の人間は教官たちと別れて『第一ドグマ』へ戻った。


『はぁ~、社交界デビューしてついさっきまで「うふふ、おほほ」と上流階級の皆様と一緒に会話を楽しんでいたというのに、今の私は装機兵で物資運搬中。これが青春の光と影……か』

 

『いつお前が社交界にデビューを果たしたんだ? それに会話そっちのけで食事を摂っていただろう? バカな事を言っていないで手を動かせ』


『シオン、今度ああいう機会があったら、あんたは女装して出席よ。首を洗って――いや、楽しみに待ってなさいよ』


『なっ!? ふざけるな!!』


 俺たち竜機兵操者の五人は現在、それぞれの機体に乗り込んで必要物資の運搬を行っていた。

 人手が少ないし装機兵で運べる大きさのものは、こうして手で持って移動させた方が早いのだ。

 <サイフィード>のモニターの向こうでは、シオンとパメラがいつものように口論をしている。

 

「うるさいぞ二人とも! 仕事に集中しなさいよ。運ばないといけない荷物はまだたくさんあるんだからさ。別ルートで荷物運びしてるクリスとフレイアが聞いたら怒るぞ」 


 俺は竜機兵チームの隊長として皆の模範にならなければならない。仕事中は私語を慎んで職務に集中するのだ。それが社会人というものだ。

 俺が二人を注意すると両名は不満げな顔を俺に向けて、まずパメラが噛みついてきた。


『なに真面目ぶってんのよ。自分はカンペで叙勲式をやり過ごそうとしてたくせに』


 ――ズキン


『結果的には、そのカンニングペーパーを無くして自爆してしまったな』


 ――ズキン、ズキン


 パメラに続いてシオンが俺に追い打ちをかけてきた。俺の心の傷のかさぶたをこいつらは無理やり引き剥がしたのである。

 おかげで再び傷心大出血の心境だ。叙勲式最中に味わった動悸がまた俺を襲ってくる。


「このクソガキ共、よくも俺のトラウマを刺激しやがったな! この――つるぺたダブルが!!」


『誰がつるぺたよ!! 少しは膨らみありますぅ~! それにこれからシェリンドンさん並みに成長しますぅ~!! その時に触らせろと言っても絶対触らせないからね!!』


『僕は男だ!!』


 つるぺたダブルが予定通り反抗してきたので、こちらも迎撃に出る。


「パメラよ、お前がシェリンドンさんみたいな超乳になれるわけないだろうがボケが! 夢を見るのは寝てからにしろ。それに例えお前の胸が成長したとしても、そこに品位が宿らなければそれはただの脂肪の塊にすぎん! 俺はそんなものに劣情は持たん!!」


『何が超乳よ、このドスケベ!! あんたはただの巨乳好きでしょ!? 妻四人共、胸がデカいじゃない! あの胸たちで何をする気よ!?』


「そうだね、小さいか大きいかで言ったら、そりゃあ大きい方が好きですよ! 俺はロリコンじゃないからな! 大人の女性が好きなの! あと、最後の質問についてだが、お前に言っても意味がない。お前には一生不可能な事だからな!!」


 パメラは悔しさと怒りが入り混じった形相で俺を睨み、シオンはドン引きした表情で俺を見ている。


「おっと、ごめんなシオン。子供の前で話すようなことじゃなかったな。でも、お前はシェリンドンさんの子供なんだからパメラと違ってたわわになるさ」


『だから僕は男だって言ってるだろ!!』


 それから俺たち三人は喋りながら荷物を目的地まで運んで行った。そこでは大人数の錬金技師や整備士たちが種々の最終確認をしている。

 俺たちは彼らが最終チェックをしている建造物を何度も見上げては、その巨大さに感嘆してしまう。

 装機兵と比較して桁違いなサイズを誇る飛空艇がそこにはあった。

 

 ――『聖竜部隊』旗艦である大型飛空艇<ニーズヘッグ>。

 装機兵運搬を目的とする飛空艇の全長が通常100~200メートルであるのに対し、この大型飛空艇は411メートルと倍以上の大きさを誇る。

 前世で俺がプレイしていた『竜機大戦』には未実装の飛空艇で、先日この船の存在を教えてもらった時には非常に驚いた。

 船体は群青色を基調としたカラーリングをしており、外見はまるで宇宙を舞台にしたSFロボット作品に出て来る宇宙戦艦のようである。

 主武装のエレメンタルキャノンが多数設置されていて火力は十分、装甲も厚く飛行速度も<ロシナンテ>とは比べものにならない位の高速を誇るらしい。

 俺たちは現在、この大型飛空艇に引っ越し中なのだ。

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