第93話 トラウマ確定の叙勲式
俺がフレイとシオンに連行されていると前方に四名の男性の姿が見えてきた。マドック爺さん、ランド教官、ロム卿、ガガン卿だ。
マドック爺さんたちも式典用の装いで非常に風格ある雰囲気を醸し出している。
服装で人の雰囲気が大きく変わるものなのだとつくづく思わされる。
「ほう、似合っているぞ聖騎士殿! 今日の主役は貴殿だ、頑張れよ! がははははははは!」
ガガン卿が俺の背中をバンバン叩いてくる。相変わらず元気な人だ。
「ガガン卿、俺もう帰りたいです。胃が痛い」
俺が弱音を吐くとロム卿が目をカッと見開いて俺に檄を飛ばしてきた
「何を情けない事を言っているのだ。せっかくの晴れ舞台だというのに。我が孫の夫には、威風堂々とした態度を身に付けてもらわねばならん! 後で妻たちにしっかり男にしてもらえ! それで多少は自信がつくだろう」
「…………ロム卿、今何気にちょっと下ネタ挟みました?」
俺が指摘すると、常にしかめっ面の義理の祖父がわざとらしくコホンと咳払いをした。ちょっと顔が赤くなったように見えるのは気のせいだろうか?
俺たちが戸惑っていると身内であるフレイがニヤニヤしている。
「爺さんなりにお前の緊張をほぐそうと気を遣ったんだろうよ。普段言わないような事言って滑り気味だったから照れてるんだよ」
すると、フレイの祖父であるロム卿が再びカッと目を見開いて自身の孫を睨み付けた。
「フレイ! 今回は特例でお前を騎士団に戻したのだ! それに見合う活躍をちゃんとするように! よいな!!」
「分かってるよ。それについても、今まで好き勝手していた俺に援助してくれていた事全てにも感謝してる。――それに応えられるように、今度こそ逃げずにやり切って見せるさ! これ以上爺さんを心配させるわけにはいかないからな」
フレイも何やかんやで照れながら祖父に謝罪と感謝を伝えていた。ロム卿の目がちょっと潤んでいる。
「分かっているならよい。わしは先に広間で待っている」
ロム卿は踵を返して広間の方に歩いて行った。途中で目の辺りを拭っているように見えたのは気のせいではないだろう。
その姿を見ながら、マドック爺さんとガガン卿が笑っている。
「あんなに嬉しそうなロムを見るのは久しぶりじゃな。真面目一徹のヤツのあんな顔はレアじゃぞ。――さて、ハルト例のものはちゃんと用意したか?」
「ああ、もちろん」
そう言って、俺が取り出したのは叙勲式中の自分のセリフをメモしたカンニングペーパーだった。マドック爺さんのアドバイスで用意したのである。
これが俺の命綱だ。緊張した状況じゃ絶対セリフの内容が頭から飛んじゃうだろうからね。
俺がカンペを用意していたのを見てフレイとシオンが呆れた表情をしている。
「神聖な叙勲式でカンペとか、さすがハルトだな。俺たちには出来ない事を平然とやる」
「だからと言って、そこにシビれたり憧れたりはしないがな」
「お前ら――その掛け合い、打ち合わせでもしたの?」
いつの間にか打ち解けているフレイとシオンのコンビに俺がたじろいでいると、俺たちの前に今度は五名の女性が現れた。
ドレスアップした我らが『聖竜部隊』の女性陣であるティリアリア、クリスティーナ、フレイア、パメラ、シェリンドンさんの五人だ。
普段でさえ只ならぬオーラを纏っている四人と他一名だが、いつもより入念なメイクと
ちなみに他一名とはパメラのことである。フリルがふんだんにあしらわれた、ピンク色の可愛らしいドレス姿だ。
他の四人が美しいご婦人という表現がピッタリなのに対して、小柄で幼児体型なパメラはお嬢ちゃんという感じである。
「ハルト、その騎士服姿すごく似合ってるよ。見違えちゃった」
ティリアリアがはにかみながら俺の正装を褒めてくれる。シオンには馬子にも衣裳だと言われ散々笑われたこの姿をだ。
ああー、やっぱり彼女を推しにした俺の目に狂いは無かった。この転生世界においても、彼女の優しい性格に変わりはない。
それに美人で可愛いしな、さらにスタイルもナイスバディで凄いしな。信じられるか? この子、俺のお嫁さんになるんだよ? 未だに俺自身これは夢じゃないかと半信半疑だ。
「ありがとう、ティア。でも、ティアの方が俺なんかと比較にならないくらい綺麗だよ。その白いドレス姿、めちゃくちゃ良い!」
ティリアリアは「ありがと」と頬を桜色に染めて照れている。その隣ではティリアリアにも負けないほどの魅力に溢れた三人の妻がそわそわしながら俺を見ていた。
クリスティーナは水色のドレス、フレイアは赤い色のドレス、シェリンドンさんはライトグリーンのドレスに身を包んでいる。
ティリアリアを含めて四人のドレスは共通のデザインをしている。胸元が大胆に開いており、全員豊かな胸の持ち主のためか素晴らしい谷間が見えている。
それに加えてロングスカートには深めのスリットが入っていて、美しい脚線美が姿を見せていた。
「皆……凄い綺麗だ。俺にもっと語彙力があれば、この感動を色んな言葉で表現出来たんだろうけど、それが出来ないのが悔しいよ」
「その言葉だけで十分嬉しいですわ。取って付けた美辞麗句を重ねられるよりも、今のハルトさんの表情だけで私たちにどれだけ見惚れているか分かりますもの」
「私も同意見だ。私たちに向けられるその舐めまわすようないやらしい視線ほど説得力のあるものはあるまい」
「そうねぇ。ハルト君のそのぎらついた目で見られると何だか身体が熱くなってしまうわね。何だかこの感じ――久しぶりだわぁ」
俺は自分なりに真面目にこの感動を伝えたつもりなのだが、クセの強い三人の妻はそれぞれのキャラに見合った回答を俺にしてくれた。
やはりこの中で一番まともな性格をしているのは正妻であるティリアリアのようだ。
爆笑すると近くにあるものを叩きながら、数分間「あひゃひゃ」とやや下品な笑いが止まらない、という特徴があるだけだ。
そうしているうちに叙勲式の時間まで後僅かとなってしまった。広間の近くまで一緒に向かってから俺は皆と別れ、その時を待つ。
案内役であるジェイソン・マッカーニー騎士団長が扉の前で俺の入場のタイミングを確認してくれていた。
命綱であるカンニングペーパーだけが頼りだ。俺は祈る思いでカンペを忍ばせたポケットに手を入れる。
すると俺の手に何も触れない事実に気が付いた。
「あれっ!? カンペが無い! えっ、うそっ! あれっ、あれぇぇぇぇぇぇぇ!? ちょ、うっそぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
情けない声を出しながら騎士服のいたる所を捜索したがカンペはいなかった。もしかしてどこかに落としたのか?
急いで来た道を戻ろうとすると無情にも叙勲式開始の合図であるファンファーレが広間から聞こえてくる。
「シュガーバイン殿、このファンファーレが終わったら入場の合図です。我々が扉を開いたら入ってください」
「マッカーニー騎士団長、俺ちょっと忘れ物したので一旦戻ります!」
「いやいやいや、もうそんな時間はありませんよ。間もなくファンファーレが終わります。もうここまで来たら腹をくくるしかありませんって。頑張って!」
マッカーニー騎士団長とその他騎士団員が俺の退路を塞いだ。恐らく前情報で俺が逃げ腰だと知っているのだろう。
「騎士団長! お願い、後生だから! 逃げないから! ドタキャンしないからぁぁぁ!!」
俺が叫ぶと同時に中のファンファーレが止んだ。そして、広間への扉が開く。俺の目にはそれが地獄の門が開いたかのように見えた。
カンペ製作に心血を注いでいた俺は式中での自分のセリフなど暗記していない。中に入ったら終わりだ。
この後俺がどうなったかと言うと、結局騎士団員に広間の中へ強制連行された挙句、自分のセリフが分からないのでノルド国王に教えてもらいつつ進行するという悲しいものになった。
だが、そのやり取りが思いのほかコントのように面白かったらしく、ティリアリアは爆笑してあの笑い声が広間に響きまくり、それにつられて周囲の人々も笑いだすという事態に陥った。
その結果、百年ぶりの聖騎士授与叙勲式は前代未聞の終始爆笑という、ぐだぐだな内容になったのであった。
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