第89話 ハルトとシオンの新たな関係

 俺がティリアリアたち四人との結婚を決めた翌日。

 竜機兵五体が佇む格納庫の隅っこで、俺は思いつめた表情をしているシオンから相談を受けていた。

 話によると、昨夜母親であるシェリンドンさんから再婚しようと思うと言われたらしい。

 ――うん。ごめん、その相手って俺のことです。


「実を言うと、母さんは以前からある伯爵から側室にならないかと誘いを受けていたんだ。そうすればドグマへの資金援助は惜しまないと言われてな」


「そうだったのか」


 知らないふりをしてしまったが、ごめんシオンその話は昨日本人から聞きました。


「母さんはずっと悩んでいたんだが、どうやらその話を受けたようなんだ。それも結構前向きな感じで。今まで嫌がっていたはずなのに、それが意外というか驚いたというか。我が母ながら何を考えているのか分からなくて、な」


「――――ん?」


 どうやらシオンは勘違いをしているらしい。これはちゃんと説明した方がいいよね。

 でも、待てよ。そうなると俺はシオンの新しい父親になるってことか!

 俺は精神年齢的には四十一歳なので十五歳の息子がいてもおかしくないだろうけど、肉体年齢は十八歳だからね。

 どのように話を切り出したらいいだろうか。


「あら、シオン。それにハルト君も。二人で何をしているの?」


 そこに話題の中心人物であるシェリンドンさんが現れた。

 元々同年代と思えるぐらい若々しい上に超美人である彼女だが、昨日婚約してから俺を見る時の目が以前と変わった気がする。

 これまではロボットオタクの同志としてフレンドリーな感じで接してくれていたのだが、今はちょっと潤んだ瞳で俺を見ている。

 この色香は――危険すぎる! 


「別に大したことじゃない。竜機兵も五体に増えたから今後のフォーメーションの話をしていただけだ」


 咄嗟に作り話でごまかすシオン。何だかんだでこういう所は、祖父であるマドック爺さんの血を引いていると思わされる。

 

「は、はは……そうなんですよぉ」

 

 俺もシオンに合わせてみるが笑い方が不自然になってしまった。

 そんな俺の大根役者っぷりを見てシェリンドンさんが「ふーん」と訝しむ視線を向けて来る。

 今まで彼女にこんな目で見られることは無かったので新鮮な気分だ。

 俺が依然として不自然な笑みを浮かべていると、シェリンドンさんの表情が先程までとは打って変わって恥ずかしそうなものになる。

 そして俺の近くに来て耳元で囁く。ちょっと耳がゾクゾクしてしまった。


「ねえ、ハルト君。昨日の婚約の件、昨晩シオンに少し話をしたのだけれど、ここでちゃんと説明してもいいかしら? 今もシオンとその話をしていたのでしょう?」


 どうやら母親の方は息子の考えをお見通しの様だ。シオンの誤解も早めに解決した方がいいし、いずれはちゃんと話さなければならないことだ。

 俺は彼女の提案に頷いた。

 すると、シェリンドンさんはシオンを正面に据えて口を開いた。


「シオン、よく聞いてね。――この人が新しいお父さんよ!」


「「――へ?」」


 シェリンドンさんが何の説明も無しにいきなり結論をぶっこんだ。俺とシオンは同時に変な声を出してしまう。

 状況が呑み込めないシオンは母親と俺を何度も交互に見ていたが、それを何度かやると自分の中で色々と繋がったようだった。


「なっ!? そう言うことか! ハルト正気か!?」


 シオンがこうやって取り乱すのは当然だろう。俺とシェリンドンさんは昨日の婚約の件についてシオンに詳しく説明した。

 それが終わるとシオンは両腕を身体の前で組んで何やら考えている様子だ。しばらく考えて目を開けると俺たちに質問してくる。


「――ハルトや母さんたちは、それで納得したんだな?」


「ああ、ちゃんと話し合って決めたよ」


「そうか。それなら僕がとやかく言うことじゃない。問題ないだろう。これでこの話は終わりだ」


 シオンはいつもの抑揚のない口調で話を終わらせた。そこには婚約に対するシオンの本音は窺い知れない。

 それから間もなくシェリンドンさんは仕事に戻り、この場には俺とシオンのみが残った。すると、シオンが俺に話しかけてきた。


「ハルト。お前も知っているだろうが、母さんは父さんと結婚してすぐに死別した。それからは祖父たちが側にいたと言っても、基本的には女手一つで僕を育ててくれたんだ」


「うん。知ってるよ」


「僕は既に独り立ちしているし問題ない。――だから、母さんには幸せになってもらいたいと思っている。僕のためではなく母さん自身のために」


「――うん」


「そして母さんはお前を選んだ。それなら僕がお前に望むことが一つある」


「一つか。それはなんだ?」


 シオンは<シルフィード>を見上げながら言った。


「可能な限り長生きしてくれ。またすぐに未亡人になったらいくら何でも母さんが可哀想だからな。僕も今まで以上にお前をサポートするから安心しろ」


 こいつ――何だかんだで母親が大好きじゃないか。本人の前ではそんな素振りは見せないのに。本当に素直じゃない。


「俺からもお前に言いたいことが一つある。――親より先に死ぬなよ。親にとって一番の不幸は子供が先に死ぬことだからな」


 俺はそんな親不孝をやった人間だ。だからこそ身近にいる人間には俺と同じてつは踏ませたくない。

 シオンは一瞬目を見開き、俺が笑っているのを見ると慌てて顔を背けた。


「――善処する」


 正直自分が人の親になるという実感は全然わかないが、当面は今まで通り信頼できる仲間としてやっていけばいいと思うのであった。

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