第86話 ハルトのモテ期
ランド教官たちと分かれて『第一ドグマ』に戻ってくると、竜機兵全機が佇む格納庫でティリアリアとフレイアが俺を待っていた。
「ハルトお帰り。遅かったわね」
「ちょっと訓練校に寄ってきたんだ。そこでランド教官と会ってさ、色々と話し込んじゃって。ところで二人ともこんな所でどうしたんだ? 何かトラブルでもあったのか?」
訊ねると二人で顔を見合わせて何やら悩んでいる様子だ。
「帰ってきて早々にすまないが、とにかく一緒に来てくれ。要件はそこで話す」
フレイアに言われて二人に付いていくと、到着したのは談話室だった。
ここは日常的にドグマの女性職員がお茶をしながら女子トークを繰り広げている場所であり、俺は一度も入ったことはない。
出入り口には「貸し切り中」という表札が掛かっている。
恐る恐る中に入ると、そこにはいくつもの丸テーブルと椅子が置かれており、ちょっとした喫茶店のようになっている。
壁にはモニターが取りつけられていて、海岸や森といった種々の自然の風景が映っていて心を和ませる。
そんな落ち着いた雰囲気漂う部屋の一角にクリスティーナとシェリンドンさんの姿があった。
二人は一際大きなテーブルの上にクッキーやチョコレートなどのお菓子を用意していた。
――数分後、俺たちはそのテーブルを五人で囲っていた。
クリスティーナが淹れてくれた紅茶から湯気が立ち上り、爽やかな香りが周囲を包む。
種々のお菓子を食べたり紅茶を飲みながら最近の出来事など女性陣は会話が弾んでいる。
俺も時々話を振られて会話に加わっていたが、ものすごいスピードで変化する話題の数々に付いて行けず段々口数が少なくなり、途中から聞き手に専念することにした。
俺が紅茶を飲んでいると、皆がちらちらこっちの顔色を窺っていることに気が付く。
何か気になることでもあるのだろうか。それにこのお茶会からして不自然だ。
女子会に男をぶち込むのはどう考えてもおかしい。それに、フレイアが言っていた要件というのもまだ話題に上がってはいなかった。
それからさらに時間が経過し、女性陣の口数が少なくなってきたことで俺はやっとここから解放されるのではと淡い期待を抱いていた。
もう要件の事など頭の中から消し飛んでいたのである。
「――それでは、そろそろ本題に入りましょうか」
もう女子会は終了だと思っていた時に、ティリアリアが恐ろしいことを口にした。
これからが本題って、今までの会話はいったいなんだったの。俺が青ざめていると、女性陣が一斉に俺のほうを振り向いた。
びっくりして椅子から転げ落ちそうになるが必死にこらえて踏みとどまった。俺が椅子に座り直すとクリスティーナが一通の手紙を俺の前に置く。
「これは?」
クリスティーナに聞くと彼女は小首を傾げてにこっと笑いながら答えた。
「今日ハルトさんはお父様とお話をしたでしょう? この手紙はその後お父様が送ってくれたものですわ」
確かに俺と色々話をした後、ノルド国王は怪しい笑みを浮かべて何かを書いていた。これがそれか。
その時の国王の笑い方と目の前にいるクリスティーナの笑い方がそっくりであったため、やっぱりこの二人は親子なのだと改めて思う。
しかしこの怪しい笑い方は絶対に
俺が警戒している事に気が付いてか、クリスティーナはさらに満面の笑みを浮かべていた。
この王女、わざと俺を挑発している。
「ハルトさん。この手紙によりますと、あなたはお父様と今後の女性関係の事でお話をしたそうですわね」
あー、何かそんな話をしたような、しなかったような。あの時は男爵の爵位を授けると言われて放心状態だったので、会話の内容をよく覚えていない。
「いや……よく覚えてないんだけど」
「そうなのですね。その時のお話の内容なのですが、ハルトさんが聖騎士としての称号と男爵の爵位を得るという話を聞き付けた貴族からお見合いの話がたくさん来ているそうですわ」
「――へ? お見合い? 何で? ってか皆どうして知ってるの? 俺も今日初めて聞いたんだよ?」
この国の情報に関するセキュリティはいったいどうなっているんだ。いくら何でも緩すぎやしませんか。
当事者の俺ですら貴族になる云々の話に関しては、まだ呑み込めていないというのにお見合いって――。
「そもそもハルトさんに爵位を、という話はガガン伯爵が言い出した事なのです。それで、どうやらその件をうっかり話してしまったみたいで」
「それで情報が拡散した――と」
クリスティーナを始め、ここにいる四名の女性が頷いた。
ガガン卿、うっかりしすぎじゃないか。訓練校で会った時、わざとこの話題に触れなかったな。
何はともあれ気を取り直して話を進める。会った事もない人とお見合いなんてする気はないし、俺は先日ティリアリアに告白したばかりなのだ。
「とにかく、俺はお見合いなんてする気はないよ。そもそも爵位を得ると言っても男爵だし位は高くない。どうして見合い話がたくさん来るのさ?」
俺が訊くと、今度はティリアリアが答えてくれた。
「今回、多くの貴族が家の取り潰しにあったでしょ? それで婚約していた相手が爵位を失ったというケースが結構あるらしいわ。そんな時に、百年ぶりに聖騎士の称号を得る若者が現れ爵位まで授けられるのよ。彼女たちの家が飛びつくのも無理はないわ」
正直ドン引きですよ。婚約相手がいなくなって、代わりに手頃な人間が出てきたからそいつにすぐさまシフトするなんて、身も蓋も無さすぎる。
言葉を失った俺にティリアリアの口から、さらなる新事実が知らされる。
「聖騎士っていうだけでも伴侶を複数持てる上に、貴族になるともなればその後の生活も安定するからね。とにかく側室でも何でもいいから結婚したいのよ。でなければ結婚相手が少なくなった現状じゃ今後良い相手に出会えるか分からないからね」
――ん? 今何て言った? 伴侶を複数? 側室? 俺の聞き間違えか?
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