第85話 教官との再会②
「ランド教官、自分でも分かっているんです。俺が覚悟の足りていない甘いヤツだってことは。でも戦争だから、戦いだからって淡々と相手の命を奪おうとするのは何か違うような気もするんです。――俺は今後どのように戦って行けばいいんでしょうか?」
俺は悩みを教官に話し俯いた。今俺の視界には緑色の芝生が映っている。顔を上げるのが怖い。
ランド教官が失望した顔をしていたらと考えると恐ろしくて顔を上げられない。
「――そうか。そう考えるようになったか、シュガーバイン」
教官の声は俺の予想に反して穏やかだった。
俺が顔を上げると教官はグラウンドで組み合っている二体の装機兵を眺めながら微笑んでいた。
「シュガーバイン、お前のその葛藤は戦いに身を置くものならば誰もが必ずぶつかるものだ」
「――はい」
「そして、皆がそれぞれ悩みながらも答えを見つけていく。ある者は自分が死にたくないから相手を殺めるという選択をする。ある者は国や家族、仲間を守るために相手を殺めるという選択をする。ある者は戦いであっても命を奪う事は倫理に反すると考え相手の戦闘力を奪うのみに止めるという選択をする。ある者は殺めた命の数を自分の名誉の数に置き換え自己満足に浸ろうという選択をする。ある者は相手の命を下等な存在と考え命を奪っても問題ないという選択をする」
「――特に後半が酷いですね」
俺たちはお互いに苦笑いをした。
この中から選ぶとすれば、俺は二つ目の国や仲間のためというものが当てはまるだろう。でも、正直それでいいのかと思ってしまう。
そんな俺の微妙な表情に気付いてか教官が話を続ける。
「俺が思いついたものを一通り言ってはみたが、これらとは別に一番大切なのは――考え続けることだと思う」
「考え続けること――ですか?」
予想外の内容に俺は困惑する。そんな俺の反応を見ながら教官は続けて言う。
「自分がどう戦うべきか。それは人それぞれだし、それでいいと思う。だが、戦っていくにつれて我々は命に対し真摯に向き合う事を忘れていく。命のやり取りをする余裕の無い中でそんな思考を続ければ、自分の心が疲弊していくと皆無意識に分かっているのだろう」
「だから自分の心を守るために、命に向き合わなくなると?」
教官は頷いた。今話した事には俺も経験がある。『第四ドグマ』を拠点としてがむしゃらに戦った約二ヶ月。
その期間で俺は次第に相手の命というものを意識しなくなっていった。
<サイフィード>を通して俺が斬ったのは金属で出来た巨大な人形、俺が破壊したのは機械仕掛けの鎧。
その中に人間が乗っているという考えが薄れていった。
相手が人間なのだと再び自覚したのは、<ベルゼルファー>との戦いだ。
その操者であるアインとのやり取りを通して、俺は自分が人間と殺し合いをしているのだと改めて気付かされた。
先日のアグニとの戦いでも同様だ。
「シュガーバイン。我々が戦っているのは装機兵という機械仕掛けの騎士ではない。相手は人間だ。相手を殺める事は、その人物のこれからの可能性――未来を奪うという事に他ならない。そんな命の重さ尊さに対して我々は向き合い考え続けていかなければならないと思うんだ」
「それってすごく辛いですよね。敵を倒せば倒すほど自分の罪が重くなる。でも、その罪から目を逸らしてはいけないっていう事ですもんね」
俺が答えるとランド教官は嬉しさと申し訳なさが入り混じったような複雑な表情をしていた。
「すまん。実は最初は『国のため皆のために敵を倒すことだけ考えればいい』と言おうと思った。――だが、お前の話を聞いていたら欲が出てしまった。ただ敵を倒すだけの人間にはなって欲しくはないと。殺伐とした戦いの中でも人間らしさを失って欲しくないと思った。それがお前を苦しめ追い詰めると分かっていても、な」
その時、俺たちの前方で古びた<アルガス>が<ガガラーン>に思い切り転ばされるのが目に入った。
実に見事な足払いだった。あんな図太い機体をあそこまで巧みに操るガガン卿の技量はかなりのものだ。
<ガガラーン>から『がははははははははは! まだまだ若い者には負けんよ!』と外部拡声器で快活な笑い声が周囲に響き渡る。
「ふふははははははははは!」
ガガン卿の裏表を感じさせない笑い声を聞いていたら、自分でも知らないうちにつられて笑ってしまっていた。
そんな俺を教官は「大丈夫か」と心配そうな顔で見ている。
「俺は大丈夫ですよ、教官。ただ、少し安心したんです。俺、敵との命のやり取りに対して躊躇うのは駄目なことだと思い込んでいました。でも考えることが大事だって言ってもらえて、悩んでいいんだって思ったら何だか楽になりました」
「そうか――だが、さっき話したように辛い思いをするぞ。それも、自分が生きている限りずっと背負うことになる。シュガーバイン、お前はその重さに耐えられるか?」
ランド教官はグラウンドにいる二機の装機兵に視線を向けながら言った。そこにはもう心配そうな表情は見られない。
俺自身も色々吹っ切れて心が軽くなっていた。
「耐えてみせます。何より自分自身が命と向き合っていきたいと思ったんです。自分で選んだ道だからこそ逃げずにやっていきたいと思います」
「――分かった。ならばお互い頑張ろう。いつでも相談に乗るから気兼ねなく訪ねて来なさい」
「最初からそのつもりです」
俺と教官は声を出して笑い合っていた。
すると、グラウンドで仰向けに倒れている<アルガス>のコックピットハッチが開き、中から桃色のボブヘアーの少女が降りてきた。
小柄な体格で髪と同じ色の瞳を俺たちに向け、近づいてくる。外見は可憐な少女なのだが、元気一杯な親分気質の性格がそんな長所を打ち消している。
そんな桃色髪の少女――パメラは俺たちの所まで歩いてくると珍しそうに教官を見ていた。
「パパがそんなふうに笑うなんて珍しいね。ハルトと何か楽しい事でも話してたの?」
「まあ、そんなところかな」
ランド教官が笑いながら答えるとパメラは内容を追及しては来なかった。俺が疑問に思っていると表情に出ていたらしい。
「二人で積もる話があったんでしょ? そこに割って入るほど私は無粋じゃないの。そう、私は空気を読める女!」
俺たちの前で腕を組んで仁王立ちになりささやかな胸部を張る姿は、立ち上がった小動物に近い可愛らしさがある。
と言っても俺はロリコンではないので恋愛対象としては見ていないのだが。
そんなパメラの頭に手を置き、彼女の髪をくしゃくしゃに撫でながら姿を現したのはガガン卿だった。
浅黒い肌をした巨漢で、六十歳近くになるが筋骨隆々な身体は年齢を感じさせない。
いつの間にか愛機である<ガガラーン>から降りてきたらしい。
「おお! 聖騎士殿か! ランドと話をしにここまで来たのか?」
先日の戦いの後、王都側の状況を確認しに行った際に俺はガガン卿と会っていた。
俺たち竜機兵チームが『第一ドグマ』でアグニ率いるスルード隊と戦っていた一方で、その他の敵が王都に侵入しないように正門前を守っていたのはロム卿とガガン卿率いる部隊だった。
ロム卿が後方から部隊の指揮を執り、ガガン卿は<ガガラーン>に搭乗して獅子奮迅の活躍をしたらしい。
彼ら二人がいなければ王都は敵の侵入を許し火の海になっていたかもしれない。
「用事が終わった帰りに寄ったんです。俺、この訓練校の訓練生だったので。そしたら、ランド教官と再会してちょっと相談に乗ってもらっていたんです。――それと、俺の事は名前で呼んでください。聖騎士とか言われるのはどうにも抵抗があるので」
「そうか、そうか、相分かった。恩師との再会という訳だな。結構、結構! がははははははははは!」
大音量で笑うガガン卿。本当にいつも楽しそうだな、この爺さん。
「ちょっと師匠! 乙女の髪をぐちゃぐちゃにしないで! 本当にデリカシーがないんだから」
「おお、すまんすまん」
くしゃくしゃになったボブヘアーを手で元に戻しながらパメラがガガン卿に訴えるが、本気で怒っていないところを見るとこういうのは日常茶飯事なのかもしれない。
教官とパメラが親子で会話をし始めると、ガガン卿が突然話を振ってきた。
「どうやら悩みは解決したようだな」
「えっ!?」
核心をつかれて俺が驚いていると、ガガン卿はさっきまでの快活なものとは違う落ち着いた口調で話し始めた。
「先日顔を合わせた際には、お前はどこか思いつめた表情をしていたからな。ロムも気付いていたが。――しかし、今は晴れやかな表情をしている。ランドから良いアドバイスをもらえたようだな」
「はい。悩みが完全に解決したわけじゃないですけど、それに対する自分の心構えができました」
「そうか、そうか! 精進しろよ、若者! がっははははははははは!」
俺の背中をバンバン叩きながら再び大声で笑い出すガガン卿。勘が鋭いのか大雑把なのかよく分からない人物だが、不思議な魅力のある人物だ。
それからしばらく四人で会話をした後、俺は教官たちと別れて『第一ドグマ』への帰路へついた。
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