第84話 教官との再会①
ノルド国王との話し合いが終わり、俺はふらふらしながら城を後にした。
俺に男爵の爵位を与えるという話で俺はショックのあまり心ここにあらずだった。
その間、ノルド国王に俺の女性関係やクリスティーナがどうのこうのとか言われたような気がしたが、よく覚えていない。
俺が執務室を出ようとした時にノルド国王が満面の笑みを見せつつすごい勢いで手紙を書いていたが、あれはいったい何だったのだろう。
ちなみに貴族の爵位は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順番で力があり、男爵は爵位で言えば一番下に当たる。
他の上位の貴族に比べれば権力的には大したことはないし、基本的に俺はドグマの施設で生活しているのでよくよく考えれば今までと日常が大きく変わることはないだろう。
少しずつ冷静になって周りを見てみると、俺は王都の郊外に向かって歩いていた。
『第一ドグマ』に直帰出来るルートから外れてしまってはいたが、俺はこの道をよく覚えている。
「無意識に訓練校に向かっていたのか。――久しぶりに行ってみようかな」
今俺が歩いている通りは王都のメイン通りから外れた下町のようなエリアで、言うなれば商店街のような場所だ。
この通りではお手頃な価格で生活必需品が売っていたり、食べ歩きが出来るため訓練生時代はよく足を運んでいた。
昔を懐かしみながら、肉屋で店頭販売しているコロッケとメンチカツを購入し舌鼓を打ちながら訓練校に向かう。
コロッケは塩コショウでしっかり味が調えられていてソースなどなくても十分に美味い。
メンチカツは口に入れた瞬間に芳醇な肉汁が溢れだし咀嚼している間ずっと幸せだった。それに揚げたてなので衣がサクサクなのも嬉しい。
訓練校に到着し、出入り口の門番に身分証明書を見せるとすぐに中に通してもらうことが出来た。
門を潜り抜け少し歩くと、懐かしい巨大なグラウンドが視界に入って来る。
グラウンドは装機兵の搭乗訓練で使っていたためやたらと広く、少なくとも並みのサッカースタジアム三つ分ぐらいの広さはあるだろう。
訓練生はここで初めて装機兵を動かし、上手く操れずに転倒するというのがお約束だ。
俺は機体を動かす前に故障させていたのでそんな訓練生あるあるとは無縁だったが。
グラウンドの近くまでやってくると、そこでは二体の装機兵が組み手をしていた。
一機は騎士団から譲り受けたおんぼろの<アルガス>だ。相当年季が入っているので装甲の塗装が所々剥がれ落ちており訓練生からは「古すぎる」と不評だった。
当時の俺も同じように思っていたが、こうして見てみるとこの古くなった感じが中々にいい味を出している。
プラモデルなどで言えば「汚れ」や「風化」の表現を出すウェザリングという塗装技法があり、模型店で展示されていたがあれはかなり見ごたえがあったことを思い出す。
そんなリアルに風化した<アルガス>と向かい合っている機体もまた随分と年季の入った装機兵だ。
<アルガス>よりも一回り大きく、機体の各パーツが野太くて如何にも頑丈そうだ。機体色は黒を基調としていて装甲のいたるところに傷が残っている。
「あの機体は確か――」
俺が言いかけると後ろから聞こえてきた男性の声が変わりに説明をしてくれた。
「あれは装機兵<ガガラーン>。ズンガーラ家当主、ガガン・ズンガーラ様の愛機だ。ガガン様が騎士団団長に就任したお祝いにマドック技師長が彼に贈った機体で製造から既に三十年近くが経過しているが、都度改修がされているから中身は最新鋭の機体と変わらない」
その声の主は俺が良く知っている人物だった。訓練生時代の俺やフレイの恩師であるランド・ミューズ教官その人だ。
ちなみに竜機兵<グランディーネ>操者であるパメラの父親でもある。
「きょ、教官!?」
「久しぶりだな、シュガーバイン。元気そうで何よりだ」
数ヶ月ぶりに再会したランド教官は笑顔で俺を迎えてくれた。教官のこんな嬉しそうな姿を見たのは初めてかもしれない。
再会した俺たちはグラウンドの付近にある芝生に移動し、俺が王都を離れてから今までのことを教官に話していた。
ひとしきり話し終えると、教官は「よく頑張ったな」と言ってくれた。
やばい……なんか泣きそう。なんか教官も少し涙ぐんでいるし。
「まさか、お前が竜機兵の操者になって聖騎士の称号を得るまでになるとはな。――本当に驚いたよ」
「全部教官のおかげです。訓練生の時、まともに装機兵を動かせなかった俺に教官はただの一度も『諦めろ』とは言いませんでした。それだけじゃなく、俺をマドックじ……マドック技師長に会えるように便宜を図ってくれた。あの出会いがなければ今のようにはなっていませんでした」
ランド教官は俺にとって恩師と言える人物だ。俺は教官に深々と頭を下げた。その時、離れた場所で装機兵同士がぶつかり合う金属音が聞こえてきた。
「生徒を導くのが教官としての俺の務めだからな。当たり前のことをしたまでだよ。俺はあくまできっかけを作っただけ。後はお前の努力が実を結んだ結果だ。教官としてお前を誇りに思うよ」
訓練生時代はしょっちゅう教官を怒らせることばかりやっていたため、こんなに褒められると正直気恥ずかしい。
すると、話題が俺の聖騎士叙勲式の件になった。
「お前の聖騎士叙勲式には俺も出席させてもらうよ。あまり緊張せずに気楽にやるといい。全体的な流れはノルド国王たちがやってくれるさ」
「ははは……」
教官はそう言ってはくれたが、やはりそれでも気が重い。
聖騎士――その言葉を口にしていると、自分の中で引っかかっていた悩みが大きくなってくるのを感じる。
俺はその悩みを恩師であるランド教官に相談することにした。
「ランド教官。俺の悩みを聞いてもらえますか?」
最初は笑っていた教官だったが、俺の表情を見ると途端に真剣な表情に変わる。
「――話してみなさい」
俺はこれまでの戦いで経験した命のやり取りについて話をした。戦いは非情だ。勝つために、生き残るためには相手を倒さなければならない。
それはつまり相手を殺すという事に他ならない。
そんな命の奪い合いの中で俺は相手に止めを刺すことを躊躇い、その結果相手を逃がした経験があった。
そんな事をすれば、逃がした敵は新しい武器を手にして再び俺や仲間たちを襲う可能性があると分かっていたのにも関わらず――だ。
それは相手を殺める事による罪悪感から逃れたいという我が身可愛さ故の行動だ。
常識で考えれば命を奪う行為は大罪だ。
けれど戦場ではそれをしなければならない。それを実行できなかった俺は戦場に身を置く戦士として覚悟の出来ていない三流の騎士だ。
そんな俺が聖騎士なんて大それた称号に相応しいはずがない。
俺は自身の心の中にへばりついたそれらの思いをランド教官に打ち明けた。
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