第83話 ハルト、貴族になるってよ

 なるほど合点がいった。でも、今問題なのはノルド国王にどう説明すればいいかと言うことだ。

 これってつまり「お前も転生者なんだろ?」って言われている状況じゃないか。俺は言い訳をあれこれ考えながら、ふとノルド国王に視線を向けた。

 すると、国王は俺の目を真っすぐに見つめていた。その目はとても澄んでいて純粋だった。

 こんな目をしている人に嘘を言ったり話をごまかしたりするのはフェアじゃない。


「――はい。俺には彼の言うアバターの意味が分かります。なぜなら――俺も転生者だからです」


 言った。言ってしまった。身近な存在であるマドック爺さんやシェリンドンさんに引き続き、今回はなんと国王にカミングアウトしてしまった。

 これから俺はどうなってしまうのだろうか。異常な存在として良くて牢屋にぶち込まれるか、悪くて――。

 身体中から嫌な汗が出てくる。その上、緊張や恐怖で足がカタカタ震えてしまう。

 俺がそんな生まれたての小鹿のような状態に陥っていると、執務室に「ふぅ~」と安堵の声が広がる。

 その声の主に目を向けるとノルド国王が椅子の背もたれに体重を預けてホッとした表情をしていた。


「言ってくれてありがとう、ハルト君。君自身の口からその言葉を聞けて本当に良かったよ。いや~、私も変な汗かいちゃったよ。ほら、手汗」


 おどけた口調で汗まみれの掌を俺に見せてくれるノルド国王。どうやらこの人も相当緊張していたらしい。


「実を言うとね、君たちが王都に到着して間もなくマドックさんから君のことを聞いていたんだよ。だから、君が転生者である事やこの世界が創作物の世界だという事ももちろん知っている。でも、君自身からその話をしてもらいたいと思ったんだ。そうでなければ君に信用してもらえていないという事だからね」


 ノルド国王は微笑みながら語ってくれた。それを見てホッとしたせいか、俺は体中から一気に力が抜けて椅子に座り込んでしまった。

 そんな俺の姿を申し訳なさそうに見ながらノルド国王は続けて言う。


「君の事を話してくれたマドックさんを怒らないであげてくれ。あの人は君の事を本当に心配しているし信頼もしている。だからこそ、今後君が不利な立場にならないように予め私に教えてくれたんだよ」


「そうだったんですね」


 もちろん俺はマドック爺さんを恨んだりなんてしていない。それどころか、こうして俺の味方を増やしてくれていた事に感謝の言葉しかない。

 おまけに、それがこの国の国王なのだからこれ以上心強い味方がいるだろうか。

 しばらく互いに安堵していると、ノルド国王が姿勢を正して椅子に座り直し再び難しい表情になる。

 それを見て、俺も背筋を伸ばした。


「ハルト君。マドックさんが君が転生者であると私に教えてくれた事にはある理由があるんだ。一部の人間しか知らない事だが、君も当事者である以上説明しておかなければならない」


「はい」


 これ以上どんな裏話があると言うのだろうか。ここまで来るのに驚きの連続だったから、もう何が来ても笑って済ませる自信がある。


「数年前から世界中で転生者と呼ばれる人間が現れ始めた。それこそ、この世界――テラガイアの北に位置するノーザンノクス大陸の『ドルゼーバ帝国』、東のイシス大陸の大半を支配する『ワシュウ国』、南のサウザーン大陸全土を支配する『シャムシール王国』。これらの大国でその存在が何名か確認されている。彼らには共通して我々にはない知識や操者として並々ならない実力を持っている。マドックさんもこの事実を知っていたから君のことを私に知らせてくれたんだよ。このような状況にある以上、今後転生者同士が戦う可能性も十分にあるからね」


「――――何ですと!?」


 転生者が俺の他にもたくさんって、まるで転生者のバーゲンセールじゃないか。

 それに、操者として高い能力があるってことは、俺と同様にゲームで育てたアバターとして転生しているのかもしれない。

 ただ、シリウスのように元々ゲーム内のキャラに転生しているパターンもあるから非常にややこしい状況だ。

 これは笑えない。もう驚き疲れてへとへとだ。

 でもちょっと今の話で疑問に思う所があるな。


「ノルド国王。世界中の国で転生者が現れているということですけど『ドルゼーバ帝国』との戦いではそんな人物はいなかったと思います」


「『ドルゼーバ帝国』は現在『ワシュウ国』とも戦争をしていて、主戦力はそっちに回している。恐らく虎の子である転生者はそちらにいるのだろう。我々はその余力の戦力で攻め込まれ、苦戦していたという事になるね」


「なるほど」


 『ドルゼーバ帝国』の総戦力は本当にとんでもないらしい。もしも最初から本気で来られていたらと思うとゾッとする。

 するとノルド国王が立ち上がって俺の目の前まで歩いてくる。俺も立ち上がって互いに向かい合い、国王が手を差し出してきた。


「ハルト君。現在この国はボロボロの状態だ。それに国を守る人材も少ない。だからこそ君のように強い志と力を兼ね備えた人物は大切な存在だ。これからも、この国と民のために君の力を貸してほしい」


 そこまで言われるとこそばゆい感じがしてしょうがなかったが、ノルド国王は今までで一番真剣な表情をしていた。

 お互いに重要な話をした事もあって不思議な信頼関係が芽生えた気がする。だからこそ俺はこの人の信頼に応えたいと思った。


「ハルト・シュガーバイン、『アルヴィス王国』のため力の限り戦う所存です」


 俺はノルド国王の前でひざまずき、彼の手を取り自らの戦う意思と忠誠を誓った。


「ありがとう。これからもよろしく頼んだよ」


「はい」


 その後も少しノルド国王と話をしたのだが、しばらくは俺が転生者であることは『聖竜部隊』の仲間には伏せておこうという事になった。

 ただ、今後転生者が俺たちの前に立ち塞がるなどして、その存在が明るみになった時に状況を見て俺が転生者であることを説明した方が良いだろうという考えだ。

 

 話が終わり俺が帰ろうとするとノルド国王が「あっ」と何かを思い出したように声を上げる。


「そうだ忘れてた。ハルト君、例の聖騎士叙勲式の日程なんだがね。『聖竜部隊』が出発する前日に決まったよ」


「やっぱりやるんですか? 城の廊下に辞令の紙を貼っておけば十分じゃないでしょうか」


 自分としてはあまり目立つような事はしたくない。大勢の人に注目されるとか罰ゲームのように感じる。

 俺はゲームにしても一人で黙々やる方が好きなくらい人見知りなのだ。

 そんな俺の願いを国王は笑顔で吹き飛ばした。


「それはダメだよ。君には悪いけど約百年ぶりの聖騎士の叙勲式だし、最近は暗い状況が続いたからね。明るい話題作りとして協力してもらうよ」


 俺がうな垂れると、さらなる追い打ちが俺を襲うのだった。


「それとなんだがね。これまでの君の功績やこれからの活躍に期待を込めて、聖騎士の称号だけでなく男爵の爵位を授けようという事になったのでよろしくね」


「――――はい?」


 今回の一件で多くの貴族がお家取り潰しになったので、王国としては信頼のある人物を新たに貴族に昇格させたいらしい。

 その筆頭として聖騎士の称号を得る俺は丁度良いじゃないかという話になり、俺は今回貴族の仲間入りをする事になったのである。

 貴族になるとか訳わからん。男爵なんてジャガイモの品種のイメージしかわかない。

 ただでさえ竜機兵チームの隊長になるとか聖騎士の称号を得るとかでいっぱいいっぱいなのに、これ以上身の回りの状況が変わるとか勘弁してもらいたい。


 貴族なんてめんどくさそうで嫌だ。それに男爵って――――ああ、コロッケが食べたくなってきた。

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