第82話 もう一人の転生者

 フレイのお見舞いに行った翌日、俺は王都の『アルヴィス城』を訪れていた。

 先日、『聖竜部隊』の初任務の説明時には竜機兵チーム全員とティリアリアがいたが、今回は俺だけだ。

 その意図が分からず俺は緊張しながら大臣によって執務室に案内され、部屋の中に入るとノルド国王が書類の山と格闘している最中だった。


「失礼します、ノルド国王。ハルト・シュガーバイン参上いたしました」


「わざわざ来てもらってすまないね、ハルト君。そこの椅子に座って待っててもらってもいいかな? すぐに承認しないといけない書類が急遽入ってね」


 ノルド国王はすごい勢いで次から次へと書類に承認印を押していき、俺はその様子を椅子に座りながら眺めていた。

 クリスティーナの話によると、『ドルゼーバ帝国』と休戦協定を結んでからノルド国王は大量の書類に追われていて、ほとんど眠れていないらしい。


 ――数分後ノルド国王の死闘は終わり、承認印が済んだ書類の山を大臣が急いで持って行った。

 ノルド国王は呼吸を整えると姿勢よく椅子に座り直し、俺の方に視線を向ける。


「待たせてしまってすまなかったね」


 単なる一兵に過ぎない俺に対して申し訳なさそうな表情で笑っている。

 その笑顔の中に疲労の色が見え隠れしており、いつもは品よく整えられた髪型が崩れている。


「いえ、ノルド国王もお疲れ様です。すごい書類の山ですね」


「まあね。この休戦期間でやらなければならない事がたくさんあってね。戦いでは君たち装機兵操者が頑張ってくれた。それに比べればこの程度の仕事など優しいものさ」


 俺が椅子から立ち上がろうとするとノルド国王は「そのままでいいよ」と言い、互いに椅子に座りながら真っ正面に向かい合っている。

 まるで面接のような構図に昔を思い出し、俺はますます緊張してしまう。

 そんな俺の心情に気付いてか、ノルド国王は笑顔で俺の方を見ていた。


「ははは、そんなに緊張しなくていいよ。親戚の叔父さんの家に来たとでも思えばいいさ」


「それは無理ですって! 国王を親戚の叔父さん扱いとか!」


 俺が慌てて否定すると、少し考えるような仕草をしてから国王は再び言う。


「そうか――じゃあ、義理の父親感覚で」


「ますます距離が近くなってませんか!? それに実際問題、義理の父親相手って結構緊張すると思いますよ?」


 ノルド国王は俺の反応を見て笑っていた。ふと冷静になってみると、先程までの緊張が和らいでいるのに気が付く。

 この国王はこういう気遣いが本当に上手だと改めて感じた。

 ぽつりと「本当にそういう間柄になるかもしれないよ」と言っていたが、俺には何の事だかよく分からなかった。


「――さて、君の緊張が程よくほぐれたところで本題に移ろうか。君もなぜ自分一人だけが今回呼ばれたのか気になっていただろうし」


「はい」


 ノルド国王の表情が真剣なものに変わった。俺を再び緊張感が襲うが先程と比べれば大したことはない。


「先日、君たち『聖竜部隊』に出した任務だが内容は覚えているかい?」


「はい、勿論です。帝国との休戦協定締結後も国内の『第四ドグマ』上空に留まり続ける飛空要塞。その要塞の最高責任者であるシリウス・ルートヴィッヒとの接触及び彼の真意を問いただすこと――ですよね?」


 俺が答えるとノルド国王は満足そうな表情で頷く。


「先日君たちに任務を説明した時には言わなかったのだがね。実は、飛空要塞の偵察に出ていた部隊が彼から伝言を受け取っていたんだよ」


「彼って――まさかシリウス・ルートヴィッヒ本人からですか!?」


 ノルド国王は静かに頷くと俺の顔を眺めながら口を開く。


「その内容は、竜機兵<サイフィード>の操者であるハルト・シュガーバインと一対一で話をさせて欲しいというものだった」


「俺と話……ですか?」


 俺を名指しした真意は分からない。でもシリウスに対して以前から思うところはあった。

 

 ――シリウス・ルートヴィッヒ。原作ゲームである『竜機大戦ヴァンフレア』において、彼は物語序盤に『アルヴィス王国』に攻め入る『ドルゼーバ帝国』の司令官だった。

 ゲームでは王国や竜機兵チームの戦力を侮り、四機勢揃いした竜機兵によって自身が搭乗していた飛空艇を破壊され死亡するという形で物語から早々に退場したキャラである。

 外見は見た目が太っており、作中無能をさらけ出す噛ませ犬的ポジションであったためプレイヤーたちから「ルートブッヒ」という愛称兼蔑称で呼ばれていた。

 シリウスが敵の間ゲーム難易度は普通だったのだが、彼が退場してからは一気に難易度が上昇したのは懐かしい思い出だ。


 だが、この転生世界においてシリウスは侵攻部隊の司令官にはなっておらず別の人間がその地位に収まっていた。

 そして、当の本人はどこにいたのかと言うと、ノルド国王が言っていたように『アルヴィス王国』の南方に出現した飛空要塞の責任者となっていた。

 その後のシリウスの行動も不可解だった。


 当時王国南方を攻撃した帝国の部隊は、予め攻撃対象の施設に避難勧告をした後に攻撃を行っていた。

 それにより、人的被害がかなり少なかったのである。

 奇襲を受けたのは、当時俺がいた『第六ドグマ』だけだった。

 その後帝国に占領された南方地域の村や街においても、偵察隊の話によれば虐殺などの非人道的な行為は行われてはおらず比較的平穏だったらしい。

 これらの情報を踏まえると部下に指示を出していたシリウスの行動は、当初から王国側の犠牲を最小限に抑えるものばかりだ。

 そして、今は撤退命令に背いて『第四ドグマ』に残り続けている。ヤツの狙いはいったい何なのだろうか。

 

 俺が考え込んでいると、ノルド国王がさらなる情報を教えてくれた。その内容は俺にとって衝撃的なことだった。


「シリウス・ルートヴィッヒの言伝にはまだ続きがあってね。――彼はこの言葉を君に伝えれば君の方から会う気になると言っていたそうだよ」


「その言葉とはいったい――?」


 俺が緊張しながら尋ねるとノルド国王はゆっくりと口を開く。


「――アバター」


「なっ!?」


 その一言は俺に十分すぎる衝撃を与えた。

 いったいどういう事だ。竜機兵<サイフィード>の操者として俺の名前を知っているのは理解できる。

 俺と戦ったアインから話を聞いているはずだからな。

 けれど俺を、ハルト・シュガーバインをアバターだと知っている人間はいないはずだ。

 もしいるとすればそれは――。


 俺が困惑していると、ノルド国王はさらに真剣な顔で俺を見ていた。

 これはやばい。この「アバター」という言葉に関してどう説明すればいいのだろうか。

 すると、俺より先にノルド国王が話し始める。


「今のアバターという言葉に加えて、彼は自分のことを「転生者」だと言っていたそうだ。恐らく君にはこの意味も分かるのではないかな?」


 俺の予想が的中した。シリウス・ルートヴィッヒは俺と同じく『竜機大戦』の世界に転生した人間。

 だからゲームではアバター専用機である<サイフィード>に乗っていた俺をアバターだと特定できたわけだ。

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