第78話 アバターではなく人として
『久しぶりだな、ハルト・シュガーバイン』
黒い飛竜が降下しながら、外部拡声器で俺を名指しする。
その声の主は忘れもしない、俺と『第四ドグマ』で死闘を繰り広げた竜機兵<ベルゼルファー>の操者の声だ。
「アイン――お前か、<シルフィード>をやったのは!?」
<ベルゼルファー>は飛竜形態から人型に変形して地上に下り立った。
黒い竜機兵を初めて見たティリアリアたちは、<サイフィード>と瓜二つのその姿に息を呑んでいる。
『ああ、その通りだ。風の竜機兵<シルフィード>、出来れば万全な状態の時に戦いたかったな。操者、機体共に疲弊した状態の敵に勝っても意味がないからな』
アインに挑発されてシオンが悔しそうに歯を食いしばり、疑問をぶつけた。
『お前は、やろうと思えば<シルフィード>を完全に破壊できたのにそうしなかった。どういうつもりだ!?』
アインはエーテル通信の回線を開き、その問いに答えるのだった。
目の周囲を覆うデザインの仮面に短く整えられた金髪。その厨二心をくすぐる外見を目の当たりにして、モニター越しに皆のどよめきが聞こえる。
『シオン……だったか? ハルトに礼を言っておくんだな。お前を殺さなかったのは、そいつとの間に約束があったからだ』
シオンは意味が分からないという顔で俺を見る。当の俺自身も驚いていた。
「その約束って、確か俺と再び戦うまでは誰も殺すなってやつか? お前、あの条件を守ったのか? あの口約束を?」
アインは笑みを浮かべていた。
『俺に止めを刺さなかった時の条件はそれまで守る。そうしなければ、再び貴様と戦う時に正々堂々という気分になれないからな。全ては俺のプライドのため。貴様との再戦を最高に楽しむためだ』
こいつ、敵のくせに正々堂々とか。どこまでも戦闘狂な男だ。でも自分で決断したことに対してどこまでも真っすぐなその姿勢には敵ながら好感すら覚える。
俺との再戦をそこまで真剣に考えている敵に対して、俺も正々堂々と向き合わなければ筋が通らない。
その時しばらく黙っていたアグニが口を開き、その矛先はアインに向く。
『再戦するまで不殺を貫く? 正々堂々? お前は頭がどうかしているよ! 僕たちは戦争しているんだよ、状況がちゃんと見えているのかい!?』
『俺は俺の存在意義のために戦っている。それを邪魔する者は何人たりとも許しはしない! ――それに状況が見えていないのはお前の方だ』
意外にも正論を言うアグニに対し、アインは結構勢いでねじ伏せた感じだ。
『どういう意味だい? 僕が状況を見ていないだって?』
『そうだ。アグニ・スルード、周囲をよく見てみろ。貴様の部隊は貴様を残して全滅だ。部隊長として貴様は無能だったということだ。ちゃんと状況把握が出来ていれば、ここまで被害が広がる前に撤退なりして貴重な人材を死なせずに済んだはずだからな』
『――!!』
アインの指摘を受けてアグニは俯く。敵味方からフルボッコされて色々折れてしまったかもしれない。
俺がそう思っていると、アインが駆る<ベルゼルファー>がアグニの機体に向けて歩き出した。
『不本意だが、俺がここまで来たのはそんな無能の貴様を回収するためだ。上の連中は貴様にまだ使い道があると考えているようだな』
そう言いながら黒い竜機兵が近づいてくる。
それはつまり、アグニ機に足を乗せている<サイフィード>に接近してくるという事でもあった。
そして黒い竜機兵は俺の目と鼻の先で止まった。剣で斬りつける事が可能な距離だが、<ベルゼルファー>は一向に武器を出そうとする素振りが見られない。
『――いい剣だな。その剣ならば<ベルゼルファー>のエーテルアロンダイトとも互角に斬り結ぶことができそうだ。本音を言わせてもらえばここで勝負をつけたいところだが、
一人で話を進めるアインに対して仲間の竜機兵たちが黒い竜機兵を取り囲みながら構える。
そのような中、俺とアインはモニター越しに視線を交わし互いの愛機の深紅のデュアルアイも睨み合う。
「正直言って、お前があの時の口約束を守るなんて思っていなかった。その非礼を詫びさせてくれ。それと休戦条約の内容としては「アルヴィス王国」内にいる帝国の全戦力撤退……だったな。こいつは連れていけ」
俺はアグニ専用<シュラ>から足をどけて後ろに下がった。
『――感謝する』
<ベルゼルファー>は飛竜形態に変形し、竜爪でアグニ機を掴むと翼を大きく羽ばたかせて浮上した。
その姿を見ながら、俺は言わずにはいられなかった。
「アイン! お前との正々堂々の戦いを俺も楽しみにしている。それと、可能ならそのサイコ野郎をもっとマシな人間にしてやってくれ。そいつは最悪の敵だったけど、何ていうかさ……このままじゃ、あまりにも救いが無さすぎるんだよ。こんな事を敵である俺が言うのも変な話なんだけどさ」
『ハルト・シュガーバイン。貴様は本当に不思議な男だな。命のやり取りをした相手に情けをかけるなど戦士としては三流だ。――だが、そんな貴様だからこそ俺も全てを賭けて戦いたいと思った。再びまみえる日を楽しみにしている』
そう言い残して黒い飛竜は赤い装機兵と共に空に消えて行った。
「皆すまない。本来なら逃がしてはならない敵を俺の独断で逃がした。俺は聖騎士どころか騎士としても失格だ」
ここにいる全員を危機的状況に陥れたアグニ・スルードを俺は逃がしたんだ。皆から失望されたとしても仕方がないだろう。
俺が俯いていると再び俺の手にティリアリアの温かい手が乗せられた。彼女を見るとその目には俺を非難するような意思は見受けられなかった。
それどころか、彼女は顔を軽く横に振った後微笑んでいた。
「ハルト、誰もあなたを責めたりなんかしないわ。あなたはこの戦いで立派に務めを果たしたわ。それに、こんな戦争の中においても超えてはならない一線をあなたは守った。私はあなたの騎士道精神に基づく行為を誇りに思う。――すごく頑張ったね、ハルト」
ティリアリアが俺に労いの言葉をかけながら、そっと髪を撫でてくる。
コックピットモニターに映る仲間たちもまた、次々に俺に労いの言葉をかけてくれた。
俺は激しい戦いを誰一人欠ける事無く生き延びることが出来た事実に心から安堵していた。
皆もそれぞれホッとした様子で互いの生存を喜んでいる。
その姿を見て、俺は前世の記憶が甦ってからの出来事を思い出していた。そのほとんどが戦い尽くめの大変な日々ではあったけれど色々と考えさせられる毎日だった。
最初は自分の大好きなゲームの世界やそこに登場するキャラやロボットと出会い嬉しさで興奮したり、彼らのゲームとは違う一面に驚かされるのが新鮮で楽しかった。
だが、彼らと共に過ごすうちに俺は彼らをゲームの登場人物という目線でしか見ていない事に気が付き、ゲーム感覚が抜けていない自分を恥ずかしく思った。
彼らはこの世界で生まれ様々な経験を積み重ねて生きてきた血肉の通った存在なのだ。
そして、俺自身も単なるアバターではなくハルト・シュガーバインという個人としてここにいる。
この世界は既に俺の知っているゲームのシナリオとは違う道筋を辿っている。
俺は暗雲立ち込めるこの道を仲間と一緒に戦い進んで行く。
――この難易度がとても厳しい戦いの世界で皆と生き残るために。
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