第77話 休戦協定

「ハルトもういいのよ。止めを刺す必要なんてないわ」


「けど、こいつを生かしておけば必ず復讐しに来る! 今のうちに止めを刺さないと!」


 俺が必死に訴えるとティリアリアは顔を横に振り、その後モニターに映る中破したアグニ専用<シュラ>に視線を送った。

 

「勝敗は決したわ。ハルトたち竜機兵チームの勝利よ。皆本当に頑張って戦ってくれた。そして、アグニ・スルードにはもう戦う力は残っていない。今彼に止めを刺してしまえば、それはこれまでに彼がやってきた行為と同じ事を皆にさせるという事になる。私は『聖竜部隊』の責任者として皆にそんな最低な事をさせるわけにはいかないわ」


 ティリアリアの口から突然出てきた『聖竜部隊』という聞きなれない部隊名と彼女がその責任者であるという話に俺たちはちんぷんかんぷんだった。

 俺たちの反応を見てティリアリアが疑問に答えてくれた。


「正式発表までは秘密だったんだけど、今後竜機兵チームは私ティリアリア・グランバッハ指揮の下、部隊名を『聖竜部隊』と改めて動きます。これはノルド国王の勅命です。皆に黙っていてごめんなさい。――とにかく、この戦いはこれで終わりです。それにより今後問題が起きれば、その責任は私にあります。以上です」


 最後は俺たちの上司であるティリアリアがしめた。するとアグニが嘲笑してくる。


『本当に『アルヴィス王国』の連中は甘いね。僕を生かしておけば必ず後悔するよ。僕はこの屈辱を絶対に忘れない。必ずお前たちに復讐する』


 するとティリアリアも負けじとアグニに不敵な笑みを返して見せる。


「あらそう。それってつまり、また私たちにボコボコにされにやって来るっていうことよね。あなた……相当のバカね」


『なんだと!!』


 口喧嘩はティリアリアに軍配が上がったようだ。アグニは顔を真っ赤にしてティリアリアを睨んでいる。

 だが、彼女はそんな憎しみの目で見られても動じる様子が無かった。聖女強し……いや、女性はいざという時には男よりもはるかに強いのだろう。


「帝国のイケメン騎士さん、私から一つ言っておくわ。――確かにあなたはこれまでに不幸な目に遭ってきたのでしょう。でもね、それは別にあなただけに限ったことじゃないわ。皆大なり小なり傷つき歯を食いしばって生きているのよ。あなたが自分の不幸を呪うのは勝手だけど、さっきハルトが言っていたように怨念返しをする権利なんて誰にもないのよ」

 

『お前に何が分かる!! 知ったふうな口を利くな!!』


 アグニが反論すると、ティリアリアは一瞬悲しそうな目をしていた。ただ、その目はアグニではなく何かを思い出しているような遠い目をしていた。


「自分をこの世で一番不幸だと思っている甘ったれさんには何を言っても無駄のようね」


『なっ!』


 ティリアリアに痛い所を突かれたのか、アグニは顔を怒りで歪めながらも何も言わなかった。

 

 その時、『第一ドグマ』作戦室側のモニターに真剣な表情のシェリンドンさんが映った。その横には渋い顔をしているマドック爺さんがいる。


『皆よく聞いて。今王都から『ドルゼーバ帝国』との間に休戦協定が結ばれたとの報告があったわ。それに応じて現在両国間で行われている、あらゆる戦闘行為は直ちに中止、『アルヴィス王国』内にいる帝国の全戦力の国外への撤退が認められたわ』


 その報告を聞いて俺たちは複雑な気持ちだった。休戦協定なんて結ばなくても俺たちの勝利は確定しているからだ。

 まるで必死に戦って勝利を得た俺たちの努力を嘲笑っているようにも聞こえる。

 俺を含む竜機兵操者たちは皆納得がいかないという表情をしており、シェリンドンさんたちも同じだった。


『皆の気持ちはよく分かるわ。苦しい戦いを乗り越えて勝ったんだもの。――でもね、皆も疲弊しているし、王都防衛に回っていた騎士団もかなり被害を受けているの。これ以上戦闘を長引かせばますます犠牲者が増えるわ。ひとまずとは言え、終わらせる事ができるのならそれに越したことはないのよ。それにこの休戦協定は王国側に有利の内容で、事実上私たちの完全勝利と言ってもいいわ』


 シェリンドンさんの言うことはもっともだった。

 戦いがすぐに終わる方がいいに決まっている。そして、俺は眼下にいる赤い機体の成れの果てに目を向けた。

 休戦協定が結ばれた以上、こいつをこれ以上どうこうすることは出来ない。

 その時、俺はこいつを殺さなくて済む大義名分が出来たことに安堵していた。そして、そんな自分に気が付き情けなさを感じた。


『ちょっと待って! 何かが空から落ちてくる!』


 突然パメラが大声をあげ、全員が反応し空を見上げる。

 すると、装甲のあちこちが傷だらけになった<シルフィード>の姿が見え、落下速度を落としきれないまま強行着陸した。

 背部の二つの翼のうちの片翼が破壊されており、何とかここまで戻ってきたという状況だ。


「シオン! 無事か!?」


『ああ、僕は大丈夫だ。だが、<シルフィード>をここまで破壊させてしまった。――くそっ!』


 すぐにシオンとの回線が開いて無事が確認できた。ひとまず安心だ。

 そうなると気になるのは、シオンをここまで追い詰めた相手なのだが――。


「シオン、いったい誰にやられた? <フレスベルグ>か?」


『あの二体の飛行型装機兵なら、お前と別れた後すぐに破壊した。それから増援で現れたヤツにやられた』


 シオンが悔しそうな表情で空を睨む。その視線の先にいたのは――黒い飛竜だった。


「あれは……<ベルゼルファー>か!」

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