第69話 ハルトとティリアリアの帰還

 『第一ドグマ』に到着した俺とティリアリアの目に最初に飛び込んできたのは、炎に囲まれた二体の装機兵の姿だった。

 そのうちの一機が<ウインディア>であると分かった直後、その広範囲にわたる炎を作り出している赤い装機兵にドラゴンブレスを撃ち込んだ。

 一発目は直撃させてこっちの存在に気付かせる。


「あのままの位置じゃ、術式兵装が発動される! ならさっ!!」


 赤い装機兵に再び<サイフィード>のドラゴンブレスを発射する。今度は敵の目の前に着弾するコースで放った。

 さあ、俺の狙い通りに動いてくれよ。

 赤い装機兵は後方に下がってドラゴンブレスを回避した。あとはこれを何度か繰り返せばいい。

 すると敵はドラゴンブレスを全てバックステップで回避した。回避する度に炎のフィールドから離れていく。

 これだけ距離ができれば、あの炎を自由に操ることは出来ないだろう。この隙を突かせてもらう。

 俺は<サイフィード>を人型に戻して左肩のアークエナジスタルからエーテルブレードを引き抜いた。


「術式兵装には術式兵装で対抗する! 行くぞっ! 術式解凍! コールブランドォォォォォォ!!」


 エーテルブレードの刀身を包む光の刃を伸ばし、地面に横たわる二機に被害が及ばないように炎のフィールドを叩き斬る。

 斬り裂いた箇所から炎は消滅していき、全ての範囲を斬り払う頃には炎は細かい残り火となって周囲に拡散した。

 機体表面が溶けかかっていた二機は地面に突っ伏したまま動かない。

 そのうちの一機はフレイアの搭乗する<ウインディア>に間違いなかった。この状況ではコックピット内部がどういう状況になっているのか判別できない。

 俺の傍らではティリアリアが顔面蒼白になって、ボロボロになっている<ウインディア>を虚ろな目で見ている。


「ティア、今から着陸するよ。少し揺れるから気を付けて」


「え、ええ……」


 ティリアリアは生返事をしながら目に涙を溜めていた。

 <サイフィード>を地上に着陸させると、機体各部に設置されている排気ダクトから機体内に溜まった熱が強制排熱されていった。

 ずっと機体出力を上げて動きっぱなしだった<サイフィード>は機体各部の熱量が上昇しオーバーヒート寸前だった。

 コックピットモニターに映る機体内部の危険表示が赤い色で表示されていたが、クーリングが進むにつれて各部の温度が正常状態の青い色に変化していく。

 連続でスキルを使ったりマナを回復させたりで俺とティリアリアは心身ともに消耗していたが、それと同様にこの機体もずっと全速力で飛び続けたり強敵と戦ったりしてくれたので相当無理をさせてしまった。


「ありがとう相棒、よく頑張ってくれた。少しだけ休んでくれ」


 俺は<サイフィード>に労いの言葉をかけると前方にいる赤い機体に視線を向けた。あの機体には見覚えがある。

 帝国の高性能機<ヴァジュラ>を改良した機体<シュラ>だ。確か、ゲームでは中盤以降に現れた機体だ。

 単機でも強いのに必ず複数で出現する厄介な相手だった。

 <シュラ>は、左腕が術式兵装を効率的に扱える兵器モジュールになっている。そのため、機体の性能を引き出すには操者に高いマナが求められる。

 マナが高い操者は大抵他のステータスも高いのでパイロットとしても優秀だ。つまり<シュラ>は機体も乗り手も強力な非常に厄介な敵なのだ。

 特に赤い<シュラ>には、ゲームでは帝国の上級騎士で主人公フレイのライバルであるアグニ・スルードという、外見は美形でありながら中身は戦闘狂で残忍なイカれたヤツが乗っていた。


 フレイアたちをあそこまで追い込んだのは、こいつとみて間違いないだろう。そう、――あの赤い機体とその操者が俺の仲間を傷つけたんだ。

 さらに向こう側では複数の<シュラ>に囲まれリンチを受けている<アクアヴェイル>と<グランディーネ>の姿があった。

 仲間たちが窮地に立たされている状況を目の当たりにして、俺の中で強い感情が沸々と沸き上がってくるのを感じる。

 その感情を抑えながら、俺は横たわっている<ウインディア>との回線を開いた。


「フレイア、聞こえるか!? 無事か? 無事なんだろ!? 応答してくれ!!」


『………………』


 <ウインディア>との回線からは波の音のようなノイズ音が聞こえるのみでフレイアの姿は映らず声も聞こえない。

 最悪の状況が頭をよぎる中、今度はティリアリアが必死に語り掛けた。


「お願い、フレイア……声を聞かせて! 死んじゃ嫌だよ! お願いだから……いつものあなたの凛とした声を聞かせて!」


 再びモニターからはノイズ音が返ってくるのみで、ティリアリアからは大粒の涙とともに嗚咽がコックピット内に反響する。


『ダメじゃ……ないですか。淑女たる者、泣く時は〝さめざめ〟だと言ったでしょ?』


 モニターはエラーのままで相手の姿は映らなかったが、この声を聞き間違えるはずはない。


「フレイア! 良かった、無事だったのね!? 怪我はしてない!?」


『はい、大丈夫です。少し気を失っていましたが、ティリアリア様の声が聞こえて……それで意識が戻りました』


 俺もティリアリアもフレイアが無事だと分かって安堵する。すると、次に気になるのは<ウインディア>のすぐ近くにいる機体と操者の安否だ。

 よくよく見ると、あれは『アルヴィス王国』の次期主力機になる<セスタス>のようだ。かなり破損しているがパイロットは無事なのだろうか?

 フレイアはハッとしながら<セスタス>との回線を急いで開いた。


『フレイ! フレイ! 応答しろ! フレイ!!』


 その言葉に俺は驚いた。フレイはコックピット恐怖症になっており、装機兵に乗ることは出来なくなっていたからだ。


「その機体にフレイが乗っているのか!?」


『そうだ! 私を助けるために必死の思いで装機兵に乗って戦ってくれた! 私を庇って機体を損傷して! それでも頑張って戦い抜いてくれたんだ!!』


 フレイアの声は震えていた。姿は映らないが、その声には嗚咽も混じっており彼女が泣いているのは明らかだった。


「フレイ、返事をしろ! 死んでたらぶっ殺すぞ、このヤロー!」


 俺も必死にフレイに呼び掛ける。今まで俺はあいつが嫌いだった。大好きなゲームの主人公だったからこそ、あのひねくれた性格に納得がいかなかった。

 けれど、この世界で出会ったあいつは確かに苛つく部分は多々あったけれど仲間思いのいいヤツだった。

 そして、その仲間の死を思い苦しんで苦悩して必死でもがいて今のフレイになったんだ。

 その上コックピットに入れなくなるほどのトラウマを経験していて、それでも妹のためにトラウマを乗り越えて戦った。

 今のフレイを俺は訓練校の同期として仲間として誇りに思う。そんなヤツにこんな所で死んでほしくない。


『死んでいたら殺せるわけねーだろ。言ってることが無茶苦茶だぞ、ハルト。それにいつまでも泣くなよ、フレイア。俺なら大丈夫だ』


 <セスタス>との回線からフレイの軽口が聞こえた。


「生きてるなら、とっとと教えろよ」


『ついさっきまで気を失ってたんだよ。目が覚めていきなり聞こえてきたのが、お前の恐喝じみたセリフだったんだよ。あー、目覚めが悪い』


 二人の無事を確認した俺は『第一ドグマ』の作戦室に連絡を取って、すぐに救護班をよこしてもらえるように頼んだのだった。

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