第68話 白い竜機兵の帰還

 一方、フレイとフレイアの装機兵は両機ともアグニ専用<シュラ>が作り出した炎のフィールドに閉じ込められていた。

 その場から逃げようとすると、灼熱の炎に行く手を阻まれてしまう。炎は装機兵の装甲を少しずつ溶かしていった。

 フレイア機である<ウインディア>のコックピット内の温度も高くなり、警報が鳴り響く。

 既に操者の生命維持に支障のあるレベルに達していた。


「フレイ、そっちは動けそうか?」


『無理みたいだ。さっき強行突破しようとした時に脚をやられた』


 炎のフィールドが二機を包み込んですぐにフレイとフレイアはその場から脱出を試みたが、その行動はアグニも予想しており火炎放射の追撃で彼らの機体を炎の中に押し戻した。

 その時、フレイはフレイアを庇って機体に大きく損傷を受けており、この場から動く事もままならない状態であった。

 かといって機体から降りて逃げようとすれば、そこには人を一瞬で跡形もなく燃やし尽くす灼熱の大気が待ち構えている。

 フレイは現状をかんがみて妹に語り掛けた。


『フレイア、<ウインディア>はまだ動けるよな。それなら機体の出力を最大にすれば、この炎の中から逃げられるはずだ』


「お前を置いて私だけ逃げろと言うことか?」


『ストレートに言えばそういうことだ。どのみち俺はもう助からない。まだ機体が動くうちにお前はここから逃げろ! 爺がこの場にいたら同じことを言うはずだ――分かるよな?』


 フレイの言う爺とは彼ら二人の祖父であり、かつて『アルヴィス王国』の騎士団長を務めたこともある武人だ。

 二人は幼い頃から祖父に師事し剣術や武術などを学んできた。

 フレイは早い段階で妹との才能の差に気付き劣等感を覚え、家を出て装機兵操者の育成訓練校に入った経緯がある。

 祖父から教わった戦術になぞらえて考えれば、死が確定した者は早々に切り捨て他の者は自らの生存のための行動に移らなければならない。

 フレイが言っているのはその事だとフレイアはすぐに理解した。

 理解はした。そして、何度もどうするべきか考えた。その結果、彼女が出した答えは――。


「私だけ逃げるなんて出来ない。この場に残るよ」


 予想外の言葉にフレイの目が見開かれる。


『何をバカなこと言ってんだ! お前はこんな所で死んで良い人間なんかじゃないんだぞ! それぐらい少し考えれば分かるだろ!!』


 疲労と高温で意識が朦朧もうろうとしながらもフレイは妹に考え直すように怒鳴りつけた。

 だが、次の言葉でそれ以上何も言うことが出来なくなってしまった。


「分かってるよ。自分の選択がバカな事だって。――でも、必死の思いで助けに来てくれた兄を見殺しにして自分だけ逃げるなんて、そんなの嫌だ! せっかく仲直り出来たのに、こんな形で離れ離れになるのは――嫌だよ!!」

 

『フレイア――』


 その直後<ウインディア>の脚部は限界に達し、機体はその場でうつ伏せに倒れてしまう。

 炎のフィールドの外から状況を見ていたアグニは歪んだ笑みを浮かべて満足していた。


『美しい兄妹愛だねぇ~。お涙頂戴の会話も終わったようだし、そろそろフィナーレといこうか!!』


 <セスタス>と<ウインディア>を包む炎の出力が増していく。溶鉱炉と化した場において二機は加速度的に表面が溶けていく。

 

『くそっ! このままじゃ二人が!!』


『ここから脱して術式兵装であの炎を消滅させますわ!』


 フレイアたちの危機的状況にパメラとクリスティーナは何度も敵の包囲網から逃れようとするが、その度に一斉攻撃で押し込められてしまう。

 クリスティーナが術式兵装を使おうとするが、それも邪魔されてしまった。


『誰か……誰かお願い! フレイアとフレイさんを助けて!!』


 クリスティーナの必死の叫びが周囲に響き渡るが、それに応える者はいなかった。その代わりにアグニの笑い声が聞こえるのみだ。


『もう機体も限界だよね。さて……と、どんな最期を見せてくれるのか楽しみだよ』


 炎のフィールドの内部では兄妹が動く事もままならない機体の手を必死に伸ばしていた。

 やっとの思いで二機の手は重なり合い、そのまま力なく地面に置かれた。


『ごめんな、出来の悪い兄貴で。結局俺の力じゃ何も出来なかった。お前を助けることすら』


 悔しそうに語るフレイに対してフレイアは顔を横に振って微笑んだ。


「ううん。そんなことないよ。助けに来てくれてすごく嬉しかった。――ありがとう、お兄ちゃん」


 二人のその言葉を合図に、炎はさらに勢いを増す。

 その炎を操るアグニの笑い顔が一層歪み、<シュラ>の術式兵装の出力を最大に上げようとする。


『それじゃあ、行くよ! 装機兵がドロドロに溶けながら「ボンッ!」って音を立てて爆発するのが最高なんだよ!』


 目をぎらつかせながら笑うアグニであったが、その頭上からエーテルの光弾が彼の<シュラ>目がけて落ちてきた。

 不意を突かれたアグニはその一撃を受け、術式兵装の発動が阻害される。


『なっ!? くそっ! いったいどこから――!!』


 アグニが光弾が飛んできた方向を見やると、そこには白い飛竜が立て続けに光弾を発射しながら降下してくる姿があった。


『なにっ!? なんだこいつは!?』


 アグニは<シュラ>をバックステップさせて飛竜の攻撃を回避する。その後の光弾も同様にバックステップで避け続けた。

 敵の攻撃を最初の一撃以外全て回避したアグニではあったが、違和感を覚える。

 それは、自分で回避したというよりも後ろに逃げるように故意に移動させられたという感覚だった。

 再び飛竜を視界に収めると、それは一瞬で人型へと変形した。左肩の辺りから剣を引き抜き刀身が光り輝く。

 白い騎士となった竜は炎のフィールドに真っすぐ落ちていきながら臨界まで達した光の刃を振った。

 光の刃は炎で形成されたフィールドを切り裂いていき、粉々に打ち砕き四散させた。

 アグニは自分が用意した残酷な舞台が完全に破壊されたことに驚き、すぐに額に青筋を立てるほど怒りを露わにする。

 怒りのあまりに頬が引きつっている。


『こいつ! これをやるためにわざと僕を後ろに下がらせたのか! この……僕を! 自分の思うようにコントロールしたのかっ!! ふざ……けるなっ!!!』


 アグニが憎悪の眼差しを向ける中、白い竜機兵は見る影もなくなった炎のフィールドの地へと下り立つ。

 その近くには、ぎりぎりで原型を留めている二機の装機兵の姿がある。

 着地すると白い竜機兵――<サイフィード>の各排気ダクトから機体内の熱が勢いよく周囲に放出されていった。

 <サイフィード>の機体内部を冷却するため、体外へ勢いよく放出された熱風は周囲に散らばっていた残り火を消し去っていく。

 同時にその熱風は、竜の咆哮のような轟音を出しながらエーテルマントを勢いよくはためかせていた。

 そして純白の装甲と対照的な深紅のデュアルアイは、操者の怒りの感情を表現するように眩い光を放ち、前方にいる赤い装機兵を睨み付けるのであった。

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