第66話 兄と妹
『第一ドグマ』の地上では、竜機兵チームの三機が窮地に陥っていた。
<アクアヴェイル>と<グランディーネ>は周囲を敵に囲まれながらも応戦するが、休む間もなく繰り返される敵の攻撃により少しずつダメージが蓄積していきジリ貧の状況である。
さらに二機から少し離れた場所では、<ウインディア>がアグニ専用の赤い<シュラ>に何とか食らいついていた。
だが機体は既にボロボロで、もう長くは持たないことは火を見るよりも明らかであった。
そんな追い詰められた状況の中、赤い<シュラ>の操者であるアグニの無邪気な笑い声が続いていた。
『本当に大したもんだよ。そんな機体でここまで粘るなんてね。おかげで楽しませてもらった。――でもね、お前の相手をするのも飽きてきたし、もう終わりにしようか』
死刑宣告のように言い捨てると、アグニ機の左腕から発生している炎の剣の出力が上昇していく。
敵の戦闘思考が最終段階に入ったことを悟ったフレイアは覚悟を決める。
(ヤツが止めを刺しに接近してきたらカウンターで術式兵装――リアクターブレードを叩き込む! 勝機を見出すにはそれしかない!)
フレイアは<ウインディア>のエーテルブレードにエーテルを集中させる。すると刀身は風の鞘に包まれ解放の瞬間を待ちわびる。
アグニの<シュラ>が動いた。下肢のエーテルスラスターやエーテルマントの出力を上げて、猛スピードで<ウインディア>目がけて接近する。
<シュラ>は一瞬で間合いに入り、炎の剣で斬りかかる。それをフレイアは術式兵装リアクターブレードで迎え撃った。
ぶつかり合う風と炎の刃。フレイアは炎の刃を切り裂いて、このまま敵の身体を両断しようと試みる。
だが、その一手は失敗に終わってしまう。
<ウインディア>の剣の刀身は炎の刃によって溶断され、同時に機体の左腕が<シュラ>のエーテルファルシオンによって斬り飛ばされた。
<ウインディア>は左の肩関節から先を失い、バランスを崩したところを蹴り飛ばされ、工場の外壁に激突した。
「うああああああああああっ!」
その衝撃はコックピット周りの耐衝撃機能により和らいだものの、それでもフレイアの意識を一時的に混濁させるには十分であった。
『術式兵装に全てを賭けたみたいだけど残念だったね。恨むんなら、お前にその程度の機体しか用意出来なかった連中を恨むんだね。――装機兵の性能が互角だったらもう少しいい勝負が出来たかもしれないけど、そんな『もしも』の話をしても仕方がないよね。じゃあ――死になよ』
未だダメージから回復していないフレイアは<ウインディア>を動かすことが出来ない。
(上手くマナが送れない……ここまでか。申し訳ありません、ティリアリア様。すまない、ハルト。それに――あのバカ兄とご飯を食べに行く約束、守れなかったな。もしかしたら子供の頃ように仲の良い兄妹に戻れたかもしれないのに――残念だな)
アグニは<シュラ>を彼女の目の前まで移動させるとエーテルファルシオンの切っ先を<ウインディア>のコックピットに向ける。
『止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
その時、絶叫と共に一機の装機兵がエーテルブレードを装備してアグニの<シュラ>に突っ込んで来た。
アグニは咄嗟にその一撃をフレイアに向けていた剣で受け止める。
突撃してきた機体――フレイの搭乗する<セスタス>は、全エーテルスラスターを全開にして赤い装機兵をフレイアの目の前から引き剥がした。
『何なんだよ、お前は! せっかくいいところだったのに邪魔をするな!!』
動けない敵に止めを刺すという一番大好きなシチュエーションをぶち壊されたアグニは額に青筋を立てながら、機体の体勢を立て直す。
鍔迫り合いをする<セスタス>と<シュラ>。機体性能差は後者の方が圧倒的であったが、アグニはパワーで押し切ること出来なかった。
『何だと!? 僕の<シュラ>と互角!? こんな見るからに貧相な機体が!?』
<セスタス>は『アルヴィス王国』の次期主力量産機として開発された機体だ。そのため、そこそこの機体性能と量産性が重視されている。
『ドルゼーバ帝国』の高性能機である<シュラ>のマッシブな外見と比べれば貧相に見えてしまうのだ。
人間で言えば、<セスタス>は一般の日本人で<シュラ>は筋骨隆々の欧米人のような体格差がある。
『これ以上、お前らの好きにやられてたまるかよ! ここから出て行けぇぇぇぇぇぇぇ!!』
<ウインディア>のコックピットにはフレイアのよく知る人物の声が聞こえていた。
「この声は、まさかフレイ!? そんな、どうして? 装機兵には乗れなくなったんじゃ!?」
『フレイア、無事みたいだな。見ての通り俺はもう大丈夫だ。そんな事より動けるのなら早く撤退しろ! そんなボロボロの機体じゃ、これ以上戦うのは危険すぎる! ここは俺が何とかするから! いいな!』
フレイがそう言った瞬間、<セスタス>が後方に吹き飛ばされる姿がフレイアの目に映った。
そのまま仰向けに倒れた<セスタス>の前方には、赤い<シュラ>が悠然とした姿で立っている。
『ふーん、そうか。お前は僕が戦っていた操者を逃がしたいんだね? 美しいチームワークじゃないか――でもねぇ、それはダメだよ。だって、そいつは僕の獲物なんだから』
『くそっ!』
フレイは<セスタス>を立ち上がらせて、再び赤い装機兵に向かって剣を構えた。
同様に<シュラ>もエーテルファルシオンを構えながら、左腕にもエーテルを通わせていく。
『そうだ、いい事を思いついた。これからお前たち二人を同時に相手してあげるよ。それで二人まとめて殺してあげる。そうすれば何の問題もないだろう? ――じゃあ、行くよっ!!』
アグニはフレイに向かって真っすぐに突っ込んで行き、右手に装備した剣を横薙ぎに振う。
フレイ機はエーテルブレードでその斬撃を受け止めるが、そのパワーに押し切られる形でフレイア機の近くの建物の壁に叩き付けられた。
『がはっ!』
吹き飛ばした<セスタス>を見てアグニは笑みを浮かべていた。
『どうやらさっきのパワーは一時的な火事場の馬鹿力だったみたいだね。全然大したことないじゃないか』
その視線の先には<セスタス>に近づく<ウインディア>の姿があった。
「フレイッ、大丈夫か!? 生きているか!?」
『――ああ、問題ない。ちゃんと生きてるよ。お前こそ、どうして撤退しなかったんだよ? これじゃ、俺がここまで来た意味がないじゃないか!』
「そんな事はない。お前のおかげで私はこうして生きている。ありがとう」
モニター越しに妹の笑顔を見てフレイは笑う。
(こいつが俺に笑顔を見せてくれたのはガキの頃以来だな。これを見ることが出来ただけでも、ここまで来た価値があった。あと、俺がやるべきことは――!)
フレイは再び<セスタス>を立ち上がらせて、<ウインディア>を守るように敵の前に立ちふさがった。
「なんのつもりだ、フレイ!?」
『俺が時間を稼ぐからお前は今度こそ撤退しろ! 俺がここに来たのはお前を守るためだ。たまには俺にも兄貴らしいことをやらせろ!』
「で、でも!」
二人のやり取りを聞いていたアグニが兄妹の会話に割り込む。
『へぇ~、お前たちは兄妹だったのか。それじゃあ、なおのこと一緒に殺してあげなくちゃ可哀想だよね。特別にこの機体のフルパワーで葬ってあげるよ!!』
アグニは口を三日月状にして歪んだ笑みを浮かべていた。
そして、彼の<シュラ>の左腕から今までにない出力の炎が兄妹の乗る装機兵に向かって放たれるのであった。
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