第65話 フレイ出撃

「二機撃破! 敵はまだたくさんいますわ。パメラ、一度敵と距離を取って! 囲まれますわ!」


『分かってる! けど……敵の動きが速くてうまく立ち回れない!』


 クリスティーナがパメラの方を見ると、<シュラ>がチェーンハンマーをかいくぐって<グランディーネ>に接近戦を仕掛けていた。

 中距離戦で威力を発揮する鎖付きの鉄球では敵の攻撃に対応できないと判断したパメラは、チェーンハンマーを投げ捨てエーテルシールドによる防御と剛腕で対応する。

 何機ものマッシブな機体が片刃の剣で立て続けに<グランディーネ>に斬りつけ、パメラは盾で防御しダメージを最小限に抑えていた。

 だが、零距離戦闘による乱戦では目の前にいる相手に気を取られ過ぎると容易に背後を取られる危険性がある。

 それはパメラも重々承知していたが、多勢に無勢の現状ではやむを得ない。その時、彼女の背後に青い機体が背中を預けるように位置取るのであった。


「これならお互いに背中を敵に見せずにすみますわ」


 クリスティーナが言うとパメラが少し呆れた顔で笑っていた。


『ったく! クリスは接近戦苦手なくせに――サンキュ、助かる!』


 <アクアヴェイル>は左手に装備していたエーテルアローをストレージに戻すと、肩のアークエナジスタルから三又の矛――エーテルトライデントを取り出し構える。


「あなたの背中を守るぐらいにはやってみせますわ!」


 互いに背中を預ける水の竜機兵<アクアヴェイル>と大地の竜機兵<グランディーネ>。

 その二機を取り囲む帝国の装機兵<シュラ>の集団――まだまだ激戦は続くのであった。



 

 一方、フレイアの駆る<ウインディア>とアグニの<シュラ>の戦いは一方的な内容になっていた。

 アグニの搭乗する赤い<シュラ>は右手に片刃の剣――エーテルファルシオンを携えフレイアの<ウインディア>に斬り込んでいく。

 フレイアはその斬撃の一つ一つを丁寧かつ慎重に切り払っていく。まともに向かい合えば最初の鍔迫り合いの時のようにパワーで押し込まれてしまうからである。

 <ウインディア>の出力を最大にして作った敵の一瞬の隙を突いて、その時は何とか脱出することが出来た。

 だが、その際機体に無理をさせたことで負荷が掛かり<ウインディア>はパワーダウンを起こしていた。


「くそっ、ただでさえ性能差があるというのに、この状態では……私の実力で戦えるか?」


 フレイアは<ウインディア>の状態をチェックしながら舌打ちをする。時間経過で修復できるような軽いダメージではないことをモニターに映る情報が伝えている。

 加えて目の前にいる赤い装機兵の操者について考えていた。


「赤い装機兵、それに無邪気に殺戮を行う危険な騎士――ヤツが噂に聞く血塗られた騎士ブラッディナイトアグニ・スルードで間違いないだろう。厄介な相手が現れたものだな」


 赤い<シュラ>の左腕の先端から赤い炎が発せられ、<ウインディア>に向けられる。


『剣の腕前は良いみたいだけど、これならどうかなぁ? さぁ! 燃えちゃいなよーーーーー!!』


 アグニが喜々としながら<シュラ>の左腕から火炎を放つ。

 フレイアは<ウインディア>を走らせて逃げるが、それを追うように火炎が迫って来る。


『そーら! 頑張って逃げないと黒焦げになっちゃうよ!? もっと必死な姿を僕に見せてよ! あははははははははっはははははは!!』


 赤い<シュラ>の操者の笑い声が外部スピーカーで周囲に拡散される。その音声は、この『第一ドグマ』の戦場にいる全ての者に聞こえ、戦慄を与えていた。

 地下にある『第一ドグマ』の作戦室でもその音声を拾っており、室内にアグニの無邪気な笑い声が響いていた。

 その声を聞いている作戦指揮者やスタッフたちは皆青ざめ、必死に敵に食らいつく<ウインディア>を映すモニターを見ていることしか出来なかった。

 



 赤い<シュラ>の音声と映像は地下の工場区にある端末でも再生されていた。

 地上で行われている戦いを見て、錬金技師や整備士たちはそれぞれ手を合わせて祈っている。

 その中で、整備士のユニフォームに身を包んだ赤毛の青年――フレイは食い入るようにモニターを見つめていた。

 そこには巻き散らかされる炎から逃げ惑う<ウインディア>の姿が映されている。 その機体には彼の双子の妹であるフレイアが搭乗しているのだ。


(フレイア――あいつは今必死になって強敵と戦っている。それに、他の連中も自分たちの人数よりも何倍も多い敵と戦っている! それなのに、俺はここで何をしている? ここで見ているだけでいいのか? 騎士になるために、装機兵に乗って戦うために俺は訓練校に入ったんだろ! 最初は家から逃げるため、優秀な妹から逃げるために選んだ道だった。けど、あそこでの出会いが俺を変えてくれたんじゃないのか!?)


 フレイは目を瞑り訓練校で出会った同期の仲間たちの姿を思い浮かべる。

 いつも一緒につるんでバカをしてきた仲間たち、それを見て笑っている周りの仲間たち――そして、いつも装機兵を壊して操者の才能がないと言われ続けながらも最後まで諦めなかった仲間の姿。


 その時、モニターから一際大きな衝撃音が響く。フレイが目を開けると、再び赤い<シュラ>と斬り結ぶ<ウインディア>の姿が映っている。

 その白と緑色で構成された装甲の表面は、所々溶けており敵に苦戦を強いられている事を表している。

 さっきまで火炎放射を続けていた<シュラ>の左腕からは、現在炎で構成された剣が伸びていた。

 フレイアは敵が右手に装備した剣の斬撃を自機の剣で切り払うが、直後に襲い掛かって来る左腕の炎の剣に対しては回避でやり過ごす。

 だが、完全に回避することは出来ず装甲表面は高温の剣先にえぐられ、剣戟の度に傷が増えていった。

 その戦い方を見て、アグニは素直に感心していた。


『いい判断だね。この機体の左腕から出ている炎の剣はちょっとした術式兵装だからね。下手にその剣で受けたりなんかしたら……溶けちゃうかもよ? そうなったら、僕の攻撃をこれまでのように受け流すなんて芸当が出来なくなるからね~!』


 装機兵の剣の刀身は高密度のエーテルで構成されている。これを可能にしているのは、その剣を形作る術式である。

 武器が大きく損傷すれば術式にも影響が及び、再構築が不可能になるのだ。


 モニターに映る危機的状況の<ウインディア>を見た後、フレイはこの区画に佇む一機の装機兵<セスタス>に眼差しを向ける。

 <セスタス>は『アルヴィス王国』の次機主力となる量産型装機兵として開発された機体だ。ここに置いてあるのは、その先行試作型である。

 性能は現在の主力機である<アルガス>よりも全体的に上がっている。とは言っても、一部のエース用に造られた<シュラ>に比肩する性能は持ち合わせてはいない。

 それは製造に加わっていたフレイもよく分かっていた。だが、現状動かせる機体はこれしかない。

 

 フレイは迷うことなく<セスタス>のコックピットに乗り込んだ。操縦桿に手を乗せて自身のマナを送り、動力炉であるエーテル永久機関が稼働を始める。

 コックピットモニターが機体周囲の映像を見せる。そこには<セスタス>にフレイが乗ったことに気が付き、慌てふためく同僚たちの姿があった。

 彼らの姿がかつての訓練校の仲間たちの姿に重なる。思い出されるのは彼らの最後の姿と声、そして敵に倒され死にそうになった自分の記憶。

 フレイの中で当時経験した恐怖がフラッシュバックする。同時に強烈な吐き気を催す。

 彼は片手で口を塞ぎながら、もう片方の手を操縦桿に置いてマナを送り続けた。

 必死の思いで喉元まで上って来ていたものを飲み込み、外部スピーカーで同僚たちに機体から離れるように促す。

 彼らが離れるのを確認したフレイは、機体背部のメインエーテルスラスターからエーテルマントを展開し、機体を装機兵用緊急エレベーターまで移動させた。


「俺は――俺は、もう後悔したくない! 戦える力があるのに、怯えて逃げ惑って、その間に仲間が死ぬような、そんな後悔をしたくない! ――待ってろよフレイア、今兄ちゃんが行くからな!!」


 地上まで直通のエレベーターはフレイの焦りに応えるように、飛ぶように浮上していくのであった。

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