第55話 舞い降りる竜

 空から降りてくる敵機に対し、湖岸で待機していた『アルヴィス王国』所属の装機兵<アルガス>五機は、術式兵装エレメンタルキャノンで攻撃を始めた。

 掌からエーテルを圧縮した光弾が次々と放たれる。


「始まった。でも<アルガス>の火力じゃ、牽制程度にしかならない。<ヴァジュラ>が降下して本格的に動き始めたらひとたまりもないわ。ハルト……お願い、早く来て」


 現状の戦力では敵に対抗できないことを熟知しているティリアリアは、いつも自分と共に戦い続けてくれた青年と彼が駆る白い竜機兵の姿を思い浮かべる。

 彼が近くにいない状況になってみて、今まで自分がどれだけ彼を頼りにし、そして守られてきたのかを痛感する。

 報告では<サイフィード>は『第一ドグマ』を出発して十分も経ってはいない。通常、高速飛空艇でも『第一ドグマ』からここ『リーン』までは三十分はかかる。

 単純計算で<サイフィード>が到着するまでの二十分を、この戦力で凌ぐのは酷というものであった。


 ティリアリアの中で打開策が浮かばないまま、敵装機兵部隊は多少のダメージを受けながらも次々と湖岸に着地した。

 それに伴い、<アルガス>部隊はエレメンタルキャノンで断続的に牽制しながら市街地に後退していく。

 『ドルゼーバ帝国』の装機兵部隊は、遠距離攻撃を回避や防御で対応しながら市街地に進軍していった。

 数時間前まできらびやかであった街は、装機兵の行軍により建物は破壊されていき、現在は見る影もない。

 連続の術式兵装使用の反動で操者からのマナ供給が低下し、パワーダウンした<アルガス>に<ガズ>が襲い掛かった。

 互いに剣や槍といった武器を装備し接近戦が開始される。<アルガス>部隊は作戦通りに、<ガズ>の攻撃を凌ぎながら少しずつ後退し時間稼ぎに徹する。

 だが、計算では<サイフィード>が到着するには、まだまだ時間がかかる。


 花畑のある岬からティリアリアが戦場を確認していると、その前方に二機の<ガズ>が降下した。

 その二機は市街地から離れた場所にわざわざ下り立ったことから、ティリアリアはその標的が自分であると悟った。


「ここに私がいる事に気が付いて、わざわざ二機の装機兵を差し向けたの? いったいどうして? でも、それなら都合がいいわ。こっちに戦力が割かれた分、市街地の敵戦力は低下する。問題は私にどれだけ時間稼ぎが出来るかだけど――」


 装機兵は人間と比較して巨大であり、移動速度も比較にならない。少女の足では到底逃げ切れるものではない。

 それはティリアリア本人もよく理解していた。二ヶ月以上の南方での戦いを経験して、装機兵という兵器の理不尽なまでの強さを思い知らされていた。

 この兵器の前では人間の生身の力など何の役にも立たないのだと。

 ティリアリアの近くに降下した二機の<ガズ>はゆっくりと近づいてくる。

 その余裕のある動きには、ティリアリアがどんなに努力しようとも絶対に逃がしはしないという意思が感じられた。


「例え逃げたとしてもすぐに掴まえられるのなら……私は!」


 ティリアリアはそこから一歩も動かなかった。顔を上げ胸を張り、毅然とした態度で迫りくる二機の巨人を睨み付ける。

 そんな彼女の姿を前にして、彼女の十倍近い巨躯を有する装機兵二機は逆に後ずさりした。

 それでも意を決したように彼女に向かって<ガズ>は手を伸ばす。


 その時、スベリア湖の直上に待機していた二隻の<カローン>が上空に向かってエレメンタルキャノンを発射し始めた。

 何事が起きたのかと地上で戦闘をしていた装機兵や避難誘導を行っていた騎士たち、そしてティリアリアが上空に目を向けると、雲の切れ目から凄まじいスピードで降下してくる白い物体が見えた。

 巨大で雄雄しい両翼を有した白い飛竜、<サイフィード>が『リーン』の戦場に舞い降りたのだ。



 <サイフィード>は翼を畳んで加速し、飛空艇<カローン>の砲撃をかいくぐりながらドラゴンブレスで反撃をする。

 

「そこをどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 <カローン>のエンジン部や艦橋に立て続けに攻撃し、二隻とも炎上しながらスベリア湖に落下していった。これで敵の退路は断った。

 後は街に下りた装機兵部隊を殲滅すればいい。

 飛空艇を撃墜した後、戦場から少し離れた位置に<ガズ>が二機いることに気が付く。あまりに不自然な状況に俺は違和感を抱いた。


「なんだあいつら? どうしてあんな場所に? 岬に誰かいるのか……ってティア!?」


 <ガズ>の前方にある岬に注視すると、そこにはお見合いをしていたはずのティリアリアがいた。

 どうしてティリアリアが避難もせずにあんな所にいるんだ? くそっ、考えるのは後だ! とにかく今は、あの二機の<ガズ>をティリアリアから引き剥がす!

 俺は<サイフィード>を湖面ぎりぎりまで降下させ、岬に向かって全速力で向かって行く。

 飛行する<サイフィード>の風圧で水しぶきが起きる。それを利用し敵の目の前で水しぶきのカーテンを発生させ<サイフィード>の姿を隠す。

 呆気に取られた<ガズ>の隙を突いて、俺は<サイフィード>を人型に戻し体当たりで敵を岬から遠ざけた。

 

「ティア、後ろに下がってろ!」


 ティリアリアは頷いて、花畑の奥の方に走っていく。これだけ離れれば大丈夫なはずだ。

 <サイフィード>の左肩のアークエナジスタルが発光し、そこから顕現したエーテルブレードを装備し構える。

 二機の<ガズ>も体勢を立て直した後、槍を装備し接近してきた。脚が湖に浸かっている状況なので水抵抗で思うように動けないようだ。

 俺は脚部のエーテルスラスターを稼働させ、<サイフィード>は空中に跳び上がる。

 落下速度を合わせたエーテルブレードの斬撃は、防御しようとした<ガズ>の槍を破壊し、そのまま敵機を真っ二つにした。

 湖に倒れ込んだ<ガズ>はその場で爆発し、爆風と水柱を起こした。

 爆発に対し<サイフィード>の背を向けて盾にすることでティリアリアに爆風が及ばないようにする。

 その際モニター越しにティリアリアと目が合い、彼女は真剣な面持ちで俺を見ていた。言葉は交わさなくても、この瞬間彼女の言わんとしている事が分かった。

 その目は「徹底的にやってしまえ」と俺に言っていた。


「了解、ボス!」

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