第54話 聖女として貴族として

「これ、電源が切ってあるわ」


「お見合い中だったから、エチケットとして――」


「全く! 指揮官ならいつでも連絡が通るように電源を付けておきなさい! だから、さっきの騎士が直接出向いたのね。なってないのはあなたの方じゃないの!」


 ティリアリアはエーテル端末の電源を入れて、庭園の奥に向かって歩いて行く。一人取り残される形となったカールは焦り出す。


「そっちは湖を見渡せる花畑があるだけです。その先は岬になっているから危険ですよ!」


「ご忠告ありがとうございます。この先にある花畑には昔行ったことがあるから大丈夫です。それよりもあなたはとっとと逃げてください。これ以上、ここにいられても邪魔になるだけですから」


「あなたは逃げないのですか?」


「当たり前でしょう! 貴族っていうのはね、民からの税収などで生活を支えられているのよ! それはこういう緊急事態が起きた時に、民たちの盾となり彼らを守る義務があればこそ! その義務を放棄した連中なんて貴族でも何でもないわ! ましてや民を見捨てた挙句に、彼らを盾にして逃げるヤツなんて最低のクズよ! 私は、そんな最低の人間になんてなりたくない! 例え、自分自身に直接戦う力が無くても最前線で戦う彼らと最後まで共に歩みます!」


「くっ、うあああああああああああああ!」


 カールはティリアリアを置いて、飛空艇が待機している空港に向かって走って行った。

 その後ろ姿を見送ったティリアリアは、「ふんっ!」と一瞥して長い銀髪をたなびかせて彼と反対方向に向かって歩き出す。

 庭園の木々の道を歩きながらティリアリアはエーテル端末の電源を入れて、司令部と連絡を取った。


「突然の連絡申し訳ありません。私は聖女を務めさせていただいておりますティリアリア・グランバッハです。現在作戦の最高責任者はどなたですか? ちなみにあのメルフ家の三男坊は逃げたので無視して結構!」


『ティ、ティリアリア様ですか? 飛空艇には乗っておられないのですか? どうして――』


 端末から男性の声が聞こえた。その声にティリアリアは聞き覚えがあった。ついさっき聞いたばかりの声だったため、すぐに誰のものなのか分かったのである。


「あなたはさっき敵襲を知らせに来てくれた騎士殿ですね? 私はこの地に留まります。ところで現在の指揮官はどなたかしら?」


『あ、いえ……この『リーン』在中の騎士団の幹部は皆、飛空艇に向かわれたので恐縮ですが私カシム・エルロットが指揮を執っております』


 ティリアリアは、この信じられない現実を前に溜息をついた。そして一呼吸した後に会話を再開する。


「エルロット殿。確かあなたは、ここの装機兵部隊の隊長でしたね?」


『はい、そうです』


「――分かりました。装機兵部隊の直接的な指揮は引き続きあなたが行ってください。作戦指揮は私が執ります」


『ええええええええ!?』


 エーテル端末から驚きの声が響き渡る。そこにはエルロット以外の声も混じっており、この会話を聞いていた他の者たちも驚いたようである。


「一応私は、幼少の頃から兵法を嗜んでいますし、南方の戦いでは指揮を執っていました。あなた方の手助けになれるはずです」


『りょ、了解しました! ティリアリア様、指揮をよろしくお願いします』


 ティリアリアは木々の道を抜けて広い区域に出た。そこには視界を埋め尽くす広大な花畑が広がっており、色とりどりの花が咲き誇っている。

 その先は岬になっており、この位置からは『リーン』の街全域とスベリア湖を見渡すことが出来る。


「今庭園の花畑に到着しました。私はここから指示を出します。街の住民の避難は進んでいますか?」


『はい。全体の七割が避難完了しています』


「避難を急がせてください。それと王都の『第一ドグマ』への救援要請は出ていますか?」


『いえ、救援要請は出ていません。現戦力で戦えと言うのが上の指示であったものですから』


 ティリアリアは『リーン』駐留部隊の騎士団上層部につくづく愛想が尽きた。正確には上層部を支配している貴族たちにだが。


(なるほど、クリスが激怒するわけね。騎士団を支配している貴族たちは、そのほとんどが自分たちの安全や保身を確保するのみで現場の騎士たちの指揮を一切執っていない。これが騎士団の動きが悪い原因か)


「それなら、すぐに『第一ドグマ』に救援要請を入れてください」


『ティリアリア様、今『第一ドグマ』からエーテル通信が入りました。既に竜機兵<サイフィード>がこちらに向かっているということです。五分ほど前に『第一ドグマ』から発進したとのことです』


(ハルトが来てくれる!)


 その時、ティリアリアから見てスベリア湖の向こうの空に二隻の飛空艇の姿が現れた。

 『リーン』駐留部隊の作戦室でも飛空艇の反応を捉えたらしく、回線が混乱し始めティリアリアに敵接近の報告が入る。


「私も肉眼で敵影を捉えました。避難誘導班はぎりぎりまで避難民の誘導をしてください。装機兵部隊はスベリア湖岸付近で待機。敵装機兵が降下してきたら、無理に戦わずに少しずつ後退して」


『ですが、それだと敵に市街地を蹂躙されてしまいます! 我々は装機兵操者として死ぬ覚悟はできています。徹底交戦の指示をください!』


「何もずっと逃げろという訳ではありません。現在ここに<サイフィード>が向かっています。本格的な戦闘は<サイフィード>合流後に行います。それまでは、皆耐えてください。それに、自分の命を粗末に扱ってはなりません。住民だけでなく自分たちの命を守ることも忘れないでください」


『了解しました!』


 ティリアリアが視線を『ドルゼーバ帝国』飛空艇<カローン>二隻に向ける。

 敵飛空艇はスベリア湖の真上で停止し、格納庫から装機兵<ガズ>と<ヴァジュラ>が次々と降下を開始した。

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