第53話 聖女のお見合い

 『アルヴィス王国』北方の地、スベリア湖に面した街『リーン』。貴族の別荘地として利用されているこの土地には彼らを顧客とした高級な店舗が数多くある。

 現在ティリアリアのお見合いの場として用意された『マリアージュ』もまたその例に違わず、貴族御用達の由緒正しき結婚式場である。


「お見合いをするとは聞いていましたけど、まさかこのような有名な結婚式場でするとは思いませんでしたわ」


「かの有名な聖女であらせられるティリアリア・グランバッハ様とお会いするのですから当然です。この後昼食も用意していますので、それまで少し外で散歩でもしませんか? この『マリアージュ』には有名な庭園がありますので、そこに行きましょう。僭越ながら、このカール・メルフがエスコートさせていただきます」


 ティリアリアはメルフ家の三男であるカール・メルフと絶賛お見合い中であった。

 先程顔合わせを済ませ、軽くお茶をした後二人は外の庭園に向かった。


「ティリアリア様はご存知ですか? この庭園にはスベリア湖を見渡せる花畑があるのですが、そこで将来を誓い合った男女は必ず結ばれ幸せな家庭を築けるそうです」


「まあ、そうなのですか? とても素晴らしいお話ですわね」


「ええ、同感です。他にもこんな逸話が――」


(この男、さっきからずーーーーーーっと話してるわね。お喋り好きなのかしら? それに内容もさっきから恋愛関係の伝説とかそんなものばっかり。昼食なんていらないから早く帰りたいわ~!)


「カール様は素敵なお話をたくさん知っていらっしゃるのね。そのお話を今まで何人の女性にしたのかしら?」


 ティリアリアからの探りの一撃に一瞬戸惑うカールではあったが、すぐに元の笑顔を絶やさないイケメンフェイスに戻る。


「パーティーなどで歓談のネタとして時々お話をさせていただいていますので五十名ほどですね」


「まあ! それでお話がとても上手なのですね。私の知り合いにはカール様のように女性を退屈させない努力をしている殿方がいないものですから」


「そうなのですか? 私としては、それは許せないことですね。ご婦人の貴重な時間を頂いているというのに、もてなすことも出来ないとは。確かティリアリア様の近衛騎士には平民出身の男がいましたね。今のは彼のお話でしょう? やはり平民はそういった部分の教育がなっていませんね」


 ティリアリアとカールが「あはは」、「うふふ」とにこやかに笑い合う中、彼女の心情は荒ぶっていた。


(はーーーーーー! やっぱり典型的な貴族の男子ね。女性を飽きさせない自分は偉くて自分以外の男性、特に平民を卑下する根性の持ち主のようね。それに何よ! 会った事もないハルトをバカにして! なんかもうダメ! 顔はイケメンだけど中身が受け付けないわ~! こんなのとこれからご飯食べるの? いったい何の罰ゲームよ!? こうなったら気分が優れないとでも言って帰ろうかしら? ……うん、そうしよう!)


「あの、カールさ――」


 ティリアリアが言いかけた時、騎士団の制服に身を包んだ男性が血相を変えて二人のもとへ走って来た。


「どうした? 今は見合い中だぞ」


「申し訳ありません、カール様。ですが――」


 ティリアリアとの二人だけの空間に入って来た男性騎士に不遜な態度を取るカール。男性騎士は明らかにカールよりも年上であり、ティリアリアも彼には面識があった。

 

(この人は確か、以前慰問中に護衛についてくれた人よね? 騎士になって一年くらいのカールとは違ってベテランの装機兵操者のはず。そんな彼がどうして、こんな貴族のボンボンに頭を下げているの?)


 男性騎士はカールに謝罪をすると彼に要件を話した。

 それは『ドルゼーバ帝国』の飛空艇の編隊が国内に侵入し、そのうち二隻がこの『リーン』に向かっているというものだった。

 その話を聞いたカールもまた血相を変え、男性騎士に指示を出した。


「装機兵部隊は出撃、『リーン』住民は避難区域に避難させろ! それと飛空艇の準備をさせろ!」


「はっ! 了解しました!」


 男性騎士は連絡用のエーテル端末で指示を出しながら、急いで元来た道を戻っていった。疑問だらけだったティリアリアはカールにそれを訊ねる。


「カール様よろしいですか? 先程の騎士殿は、かなりベテランの方のはずですよね? そんな彼に対しカール様は騎士団に入られて一年ほどの新米騎士のはず。カール様から見れば、彼は上官ではないのですか?」


「ああ、そう言えば話していませんでしたね。私はメルフ家の人間ですから、騎士団に入団直後から隊長補佐の任に就いていたのです。現在はこの『リーン』在中の騎士団の指揮を執っています。彼は、私の部下で装機兵部隊の隊長です。彼は平民出身者なのですが、やはりなっていませんね。貴族のご婦人の目の前で、あのような殺伐とした話をして驚かせてしまうとは……さあ、ティリアリア様、飛空艇の所へ急ぎましょう。敵が来る前に早く脱出しなければ」


「カール様、私にはお構いなく彼らの指揮を執ってください。敵が近づいているのなら早急に戦闘準備をしなければならないでしょう?」


 カールが飛空艇を準備させているのは自分の身を案じてのことだと思い、その必要はないとティリアリアは提案するが彼の意図は違っていた。


「飛空艇にはティリアリア様と他の貴族、それに私が乗りますからお気になさらないでください」


 その言葉にティリアリアは衝撃を受けた。


「ちょ、ちょっと待ってください。カール様はここの騎士団の指揮官なのですよね!? 仲間がこれから戦いに身を投じるというのに、あなたは逃げるのですか!?」


「ティリアリア様、私は貴族ですよ? そして装機兵に搭乗して戦うのは貴族を守る平民の務めです。貴族を生かせるために散ることが出来るのなら彼らも本望でしょう。さあ、ティリアリア様急ぎましょう。早く避難しなければ戦いに巻き込まれます」


「――冗談じゃないわよ。逃げたきゃ自分だけ逃げなさいよ!」


「――へ?」


 突然、雰囲気が変わったティリアリアを前にしてカールは凍りつく。先程まで貞淑だった少女は今や怒りの形相で彼を睨んでいた。


「平民は貴族のために死んで当然ですって!? 今までどんな教育を受けてきたのよ!? バカじゃないの!?」


「バ、バカだって!? 失礼じゃないか! それにさっきまでと全然雰囲気も話し方も違うし。――まさか今まで猫を被っていたのか? 詐欺じゃないか!」


「――ふん! 私を詐欺師呼ばわりしたのはあなたで二人目よ。一人目にも言ったけれど、私が聖女だから清楚な性格をしているとかいうのは、そっちの勝手な思い込みだから! 女が全員あなたの都合のいいように動くとは思わないことね」


「くっ!」


 ティリアリアに散々挑発されたカールは、怒りの余りに物静かなイケメンフェイスが歪んでいた。


「あら? もしかして怒ってる? ごめんあさぁーせー! 私、嘘がつけない性質たちなのよ。それより、あなたここの指揮官だったわよね? それなら、指示連絡用のエーテル端末を持っているはずよね? それを渡しなさい!」


 凄むティリアリアの迫力に押されて、カールは渋々と懐からエーテル端末を取り出し、ティリアリアはそれを奪い取った。

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