第52話 二人の主人公

 フレイの身に起きた凄惨な出来事を前にして俺は何も言えない。そんな俺を見かねてフレイは笑っていた。


「おい、俺たち同期の一番の出世頭がそんな顔してるんじゃねーよ。念願かなって装機兵に乗れるようになって、聖騎士の称号も貰うんだろ? 胸を張れよ! そうすればあいつらもきっと喜ぶはずだ」


 あのフレイに逆に励まされてしまった。今、俺の目の前にいるフレイ・ベルジュは俺の知っている原作の彼とはもはや別人だ。

 訓練校時代の劣等生だった俺を知っているからこその励ましに胸が熱くなる。この後、俺はフレイと少しプライベートな話をしていた。


「そう言えばお前、聖女のティリアリア・グランバッハと付き合っているんじゃなかったのか? それなのにどうして彼女は貴族とお見合いをするのかって皆不思議がっていたぞ」


「俺がティアと付き合ってる? 誰がそんなこと言ってるんだ?」


「誰が言い出しっぺかは知らないが、『第一ドグマ』では周知の事実だぜ」


 なんてこった。俺の知らない現実が勝手にひとり歩きしとる。俺はあいつと恋人みたいなことは何一つしてないというのに…………いや、不可抗力とはいえB段階をやってしまった。

 <サイフィード>に初めて乗って戦った時のティリアリアとの密着事件を思い出し少し気恥ずかしい思いをしていると、その俺の顔を見たフレイがにやけている。


「なるほどな。噂もまんざらではないってことか。……で、いいのか? 相手は今頃『リーン』でお見合いしているんだろ? このままにしておくのか?」


「本人は社交辞令としてするだけだって言ってたし、すぐ帰ってくるよ」


 そうは言ってみたものの心配なのは変わらない。<ヴァンフレア>を見て嬉しかったが、どうしてもティリアリアのことが心のどこかで引っかかっている。

 もしも彼女が一緒だったら、もっと純粋にこの一時ひとときを楽しめていただろう。


「なあ、ハルト。お前どうして自分の気持ちに蓋をしているんだ? さっきから心配そうな顔しやがって。それなら、とっとと行って連れ帰って来いよ。本当は嫌なんだろ? 好きな女が他の男と会っているのなんて」


「なっ!?」


 図星だった。身分の事とか色々考えての行動だったが、本音はフレイが言ったことそのままだった。

 

「――フレイ、お前さ俺よりも恋愛経験豊富だよな? それなら相手が自分よりも身分が高くて釣り合わない場合だったらどうする? それでも付き合ったりするのか?」


 俺は今まで自分の心の中に押しとどめていた悩みをフレイに打ち明けた。今のフレイになら誰にも言えなかったこの悩みを話してもいいと思えた。


「それが素直になれない原因か。――俺からしたらなんてことない理由だな」


「いや……だって、下手すれば相手の家を没落させる行為になりかねないし!」


「相手がそう言ったのか? お前と一緒にいたらそうなるから困るって? それ全部お前が勝手に思っていることだろ?」


「あっ――!」


 確かにそうだ。俺が抱いていた不安は全部俺がそうだと思い込んでいたものだ。この件に関してティリアリアには何も聞いていなかった。

 俺は――アホだ。


「ちゃんと聖女と話してこいよ。結論を出すのはそれからでも遅くはないだろ? 最も俺からしたら結果は見え見えだけどな」


「ありがとう。そうしてみるよ、フレイ」


 一週間以上ぐだぐだ悩んでいたことが相談したら一気に解決してしまった。思い込みって怖いな。

 でも、悩んだ時に誰かに相談することが大切だと分かった。今度からは一人で思い込まずにそうするようにしよう。


「ハルト君、大変よ!」


 悩み相談が終了し、ホッとしたのも束の間。シェリンドンさんが血相を変えて俺たちの所にやって来た。

 

「どうしたんですか? 何があったんですか?」


「今連絡が入ったの! 『ドルゼーバ帝国』の飛空艇が数隻、北方の防衛網をかいくぐってこちらに向かっているらしいわ! それに、そのうち二隻が『リーン』方面に向かったという報告も来ているの」


「そんな――! それに『リーン』って、ティアが今お見合いをしている街じゃないですか!」


 なんてこった。こうも突然敵の大部隊が攻めてくるなんて。おまけにこのままではティリアリアが危ない。

 あいつを助けに行きたい。けれど、竜機兵チームの隊長として部隊を率いて戦う義務が俺にはある。私的な理由で勝手な行動は出来ない。


「ハルト、行ってくれ」


 悩む俺にそう言ったのはフレイアだった。


「今、ティリアリア様を助けに行くことが出来るのは、お前の<サイフィード>だけだ。悔しいが私では間に合わない。頼む! ティリアリア様を助けてくれ」


「ハルト君、シオンたちには私から連絡を入れておくわ。フレイアさんの言う通りに現状でティリアリアさんを助けに行くことが出来るのは空を飛べる<サイフィード>が適任よ」


 シェリンドンさんも俺の背中を押してくれる。フレイも頷いて「行ってこい」と言ってくれた。


「皆、ありがとう! 俺行って来る! 敵を倒してティリアリアを連れてすぐに戻るから、その間こっちを頼む!」


「ああ、任せておけ!」


 フレイアの力強い返答もあり、俺は急いで<サイフィード>のもとへ向かった。



「――フレイ、礼を言う」


「ん? どうした突然? 俺は特に何もしていないぞ」


「あいつはここ最近元気が無かったんだ。でも、もう大丈夫のようだ。お前と話をして、何か吹っ切れたみたいだな」


「大したことは言ってねーよ。でも……そうだな、ちゃんと話をするのは大事だって言ってたな。……なぁ、フレイア。今度俺と飯でも食べよう。兄妹水入らずでさ」


「分かった。私も話したいことがたくさんあるし……すっぽかすなよ」


 柔らかい笑みを見せるフレイとフレイアの双子の兄妹。さっきまでぎすぎすしていた二人の空気が変わったことに気が付き、シェリンドンも喜んでいた。



 一方、俺は全速力で<サイフィード>のいるエリアまで走り、急いで愛機に搭乗した。機体を起動させ、素早く起動チェックを済ませる。


「――よし! 異常なし、行くぞ<サイフィード>!」


 白い竜機兵の赤いデュアルアイが発光し、足を一歩前に踏み出す。格納庫内には警報が鳴り響き、既に<サイフィード>周囲の人払いは済んでいる。

 コックピットモニターに『第一ドグマ』のオペレーターの姿が映り、地上へのエレベーターまで誘導してくれた。


『今から装機兵専用エレベーターを起動させます。<サイフィード>は現在の位置から動かないでください』


「オペレーター、地上までの隔壁を全部解放してください。そしたら、本機はそのまま一気に外に出ます」


 一瞬、呆気に取られたオペレーターの女性であったが、すぐに俺の意図に気が付いたらしく「分かりました」と言って、すぐに全隔壁を開けてくれた。


『地上までの全隔壁の解放完了、進路オールグリーン発進できます』


 俺は<サイフィード>を飛竜形態に変形させた。ストレージの機能によるパーツ変更を駆使した、なんちゃって変形だ。

 エレベーターでは動きはゆっくりすぎる。飛竜形態で一気に地上に出た方が早い。


「了解。ハルト・シュガーバイン、竜機兵<サイフィード>行きますっ!」


 翼を大きく羽ばたかせ、尻尾のエーテルスラスターを稼働させ<サイフィード>は勢いよく飛翔した。

 本来ならばエレベーターが通る空洞を猛スピードで白い飛竜が通過していく。コックピットのモニターに映る外の光が近づいてくる。

 その最後の隔壁を通過し<サイフィード>は地上に出て『第一ドグマ』の直上に躍り出た。

 『リーン』までのルートを確認した俺は最短ルートを全速で飛んでいく。


 そのルートだと王都の上空を通過することになるのだが、今は緊急事態なのでそんなことはお構いなしだ。

 移動速度を上昇させるバトルスキル『韋駄天』を使用し、さらに加速し王都上空を飛翔する。

 眼下には広大な都市が広がっていて、そこに住まう人々が小さく映っている。多分いきなり空に現れた飛竜に驚いているだろう。

 今はちょうど昼食の時間帯だ。皆さんの楽しいランチタイムを脅かしてごめんなさいよ。でも、こっちも急いでいるから許してください。

 一回目の『韋駄天』の効果が終了し、俺は立て続けに二回目を発動させて再び<サイフィード>は急加速した。

 既に王都上空を通過し、都市の位置ははるか後方だ。この調子で行けば『リーン』まではそんなにかからないはずだ。


「ティア、待っていてくれ。すぐに行くから」


 その後まもなく白い飛竜は三回目の加速を行い空の彼方へ消えて行った。

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