第51話 再会、フレイ

「どう? ハルト君、喜んでもらえたかしら?」


 シェリンドンさんが、ちょっとドヤ顔で笑っている。

 腰に手を当てて胸を張り、ちょっとえばっている様子が可愛らしい。ついでに胸を張った時に巨乳がぶるんっと揺れたのも眼福だ。

 ありがとうございます!

 

「はい、すごい嬉しいです! 白もいいけど赤色のロボットはやっぱりええわ~! 三倍速く動けるのかな?」


「三倍? いったい何を言っているんだ、ハルト?」


「こっちの話だから気にしないで。そんなことよりもフレイアは興奮しないか? あの全身ブレードだらけの攻撃的な姿! こうやって立っているだけでもこれだけ映えるんだよ!? これで動いたらどうなるのか……早く動いている姿を見たいなぁ」


 脳内で<ヴァンフレア>が火の粉をまき散らしながら、炎を纏った剣で敵を薙ぎ払う姿を想像する。

 

「うへへへへへへへ」


「本当に大丈夫か? さっきから何か気持ち悪いぞお前」


 こりゃダメだ。一人のロボットオタクとして、「赤色」、「炎」、「竜」、「ロボット」の要素が詰まった厨二バリバリの機体を前にして溢れる思いを制御できない。

 感情括約筋が緩みっぱなしで自分でも不気味な笑い声が漏れてしまう。


「ハルト君楽しそうね。<ヴァンフレア>を気に入ってもらえたみたいで良かったわ」


 俺がこんなにも気味悪い笑い方をしているのに、シェリンドンさんは嫌な顔一つせず嬉しそうに笑っている。

 こんなに優しい母親がいるなんてシオンが羨ましい。可能であれば俺とポジションを変えていただきたい。


「そう言えば、シェリンドンさん。この竜機兵のことを我々は知りませんでした。つまり、<ヴァンフレア>は機密事項のはず。私とハルトはここに来て良かったのですか?」


「うーん、本当はちょっとダメかもしれないのだけど、<ヴァンフレア>はほぼ完成してそろそろお披露目する予定だったからいいかなと思って」


 シェリンドンさんが悪戯っぽい笑顔で答えていると<ヴァンフレア>の調整を行っている錬金技師たちが彼女を呼ぶ。


「主任、ヘルプお願いします! ここを確認してもらいたいのですが」


「しゅに~ん! こっちもお願いします!」


 引っ張りだこ状態のシェリンドンさん。さすが『錬金工房ドグマ』のナンンバーツーだ。

 仲間の錬金技師から相当頼りにされている。ちなみに彼女の役職は主任である。


「あらあら、二人ともごめんなさいね。ちょっと行ってくるわね。その間、代わりの人に案内をお願いするからちょっと待っててね」


 そう言うとシェリンドンさんは、彼女の助けを待つ錬金技師たちのもとへ行ってしまった。

 すると彼女と入れ替わる形で一人の男性がこっちに歩いてくるのが見える。錬金技師のユニフォームとは違う作業着を着ていることから<ヴァンフレア>の整備士のようだが、俺はその男性に見覚えがあった。

 俺の隣にいるフレイアもその男性を見て驚いているようだ。そりゃそうだろう、彼は『竜機大戦』の主人公にしてフレイアの実兄フレイ・ベルジュその人なのだから。


 シェリンドンさんから案内役を任されたフレイの登場に驚かされた俺とフレイアだったが、フレイはごく自然に挨拶をしてきた。


「久しぶりだなハルト。それにフレイアも元気そうだな」


 その普通っぷりに俺とフレイアはお互いに目を合わせて驚いてしまう。

 俺の記憶が正しければ、このフレイ・ベルジュという主人公は唯我独尊、傍若無人、自己中心的を地でいく男なのだ。

 そんな男が普通に自分から「元気してた?」みたいな感じで気さくに挨拶してくるなんて展開は予想できなかった。

 フレイアも同様の考えのようで目をぱちくりさせている。


「久しぶり、フレイ。そっちも元気そうでなによりだ」


「いったい、どういう意識の変化だフレイ。何を企んでいる?」


 フレイアさん。家族との再会に対してその反応はないだろうよ。最初は驚いていただけのフレイアだったが、少し冷静になるとフレイに対して敵愾心とも言えるような態度を見せる。

 慌てる俺だったが、フレイは彼女のそんな反応に驚くでもなく自然体で接していた。


「別に何も企んでなんかいねーよ。相変わらずおっかねー妹だな」


 その後フレイアは一人で<ヴァンフレア>の見学をし始めた。俺とフレイはベンチに座って互いの近況を報告し合っていた。


「フレイ、確かお前は王都騎士団に所属しているんだよな? それがここにいるってことは出向でもしてるのか?」


 するとフレイは少し気まずそうな表情になるも、俺の疑問に素直に返してくれる。


「騎士団は辞めた。と言うかほとんどクビみたいなもんだけどな」


「えっ!? クビ!? 何でそうなる!? だってお前、俺たち同期の中で一番優秀だったんだろ?」


「装機兵に乗れなくなった装機兵操者に何の価値がある? つまりはそういうことだ」


「装機兵に乗れなくなったって……いったいどうして……?」


 原作主人公のフレイが装機兵に乗れなくなったり、騎士団を辞めるなんてエピソードは存在しない。

 この転生世界では原作と流れが色々と違ってはいるが、まさか主人公がロボットに乗れなくなる展開は予想の斜め上だ。

 俺はてっきり<ヴァンフレア>の操者として最終調整をしているものとばかり思っていた。

 それに、今目の前にいるフレイは俺が知っている訓練校での彼とはまるで別人だ。  

 自信家の性格は鳴りを潜め、落ち着いているというか達観しているような感じがある。

 そんな俺の考えに気が付いたのか、フレイがその身に起こった出来事を俺に話してくれた。

 それは訓練校同期である俺にとっても辛いものだった。


「ハルト、お前が王都を去り『第六ドグマ』に行ってから間もなく『アルヴィス王国』全土で『ドルゼーバ帝国』による奇襲があったのは覚えてるよな?」


「忘れられるわけがないよ。あの日を境にこの国の平和は崩れ去ったんだから」


 フレイは頷いた。こいつも俺と同意見のようだった。


「訓練校同期の俺とつるんでいた連中は覚えているか?」


「うん。あいつらがどうかしたのか?」


「――あいつらは、帝国の最初の奇襲で死んだ。あいつらがいた砦は真っ先に攻撃を受けて、王都騎士団が救援に行ったんだ。俺も装機兵に乗って現場に行った。俺たちが到着したときには、あいつらはまだかろうじて生きていた。けど、結局俺たちの力は及ばず、あいつらは俺の目の前で死んでいった」


「そんな――」


 フレイにかける言葉がなかった。訓練校時代、フレイとその取り巻き連中は本当に仲が良かった。

 連中にしょっちゅう絡まれていた俺でさえ、それはよく分かっていた。それにあいつらが場を和ませてくれたおかげで、厳しい訓練だらけの生活でも楽しいと思えたのだ。

 もしも、あいつらがいなかったら訓練校を卒業できた同期の人数はもっと減っていただろう。


「そして、その後の戦いで俺自身も機体を破壊されて死にそうな目に遭った。それ以降、俺は装機兵のコックピットに座ることが出来なくなった。そこに留まると、あいつらの断末魔の叫びや死にそうになった時の恐怖が甦ってきてパニックになっちまう。装機兵操者としての俺は死んだようなものだ。それで、騎士団で次第に居場所がなくなって辞めたんだ。そんな時、シェリンドン主任に声を掛けられて装機兵の整備士としてここにいるってわけだ。俺もまさか竜機兵の整備をすることになるとは思わなかったけどさ」


 フレイの独白で彼がここにいる理由。そして、彼が心に負った傷の深さを知った。

 仲の良かった仲間や友人の最後を目の当たりにし、自らも危険な目に遭った以上、トラウマを植え付けられていたとしても不思議ではない。

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