第48話 渦巻く陰謀

「お見合い……ですか? いきなりどうして?」


「うん。聖女である君の影響力は君自身が思っているよりも大きい。そこで、王都騎士団にメルフ伯爵家の三男が所属しているのだけど、彼は民衆の間で人気があってね。彼とお見合いをしてもらいたい。率直に言えば話題作りだ」


「お父様、それはメルフ家の方に対してもティリアリアに対しても失礼ではありませんか? そんな理由でお見合いだなんて!」


 クリスティーナは少しおかんむりだ。一見仲が悪いように見えて、従姉であるティリアリアが心配なようだ。

 感情的な娘に対して父親であるノルド国王は冷静に対応する。


「クリスティーナ、君の気持ちは分かるよ。確かに、今回の見合いの話は当人の感情とは関係のないところから来ている。けれど、今民衆には少しでも明るい話題が必要なんだ。戦争で殺伐とした気持ちを和らげる希望のある話題がね」


「ですが……」


 真剣なノルド国王の回答にぐうの音も出ないクリスティーナ。確かに世間的に有名な聖女と伯爵家出身の騎士の恋愛事情となれば明るいニュースとなるだろう。

 でも、俺はティリアリアが他の男と一緒に仲睦まじくいる姿を想像して苛ついてしまう。

 これってやっぱりそう言うことなんだろうか? 俺はティリアリアのことが……。


「ノルド国王。メルフ伯爵家の方とのお見合いの件、承知致しました」


 自分の感情の整理がつかずグルグル考えている時に、ティリアリアが見合い話を受け入れ俺は突然冷水を頭から掛けられたように驚いた。

 

「ティリアリア様! 良いのですか?」


「フレイア、大丈夫よ。別に本気で結婚しようとかじゃないし。ノルド国王も言っているように、これはあくまで話題作りなんだから。少しお話するだけよ」


 心配するフレイアを安心させるためにティリアリアは落ち着いており笑顔を見せている。


「あっ、今思い出した! 確かメルフ家の三男坊ってかなりイケメンだって噂よ。何年か前に話題になって、ファンクラブがあるとかないとか」


 ここに来て、パメラ先輩が余計な情報を投入した。すると、さっきまで相手に興味が無さそうだったティリアリアの様子に変化が表れる。


「イケメンか~。それなら一度見ておくのもいいかもね」


「ティリアリア様、何だか乗り気になっていませんか?」


「そんなことないわよ、フレイア。ちょっと見分を広めるだけよ」


 やっぱりその気になってるよこの聖女。もしも、相手の性格とかも良くて意気投合したら、このまま結婚まで行ってしまうのではないだろうか?


 お見合いの件をティリアリアは受諾し、国王との謁見は終了した。俺たちは『第一ドグマ』に戻る途中、誰も会話をせず重い空気が広がっていた。

 クリスティーナは少し国王と話があるらしく、後で合流するとのことだった。



 ハルトたちが執務室を去った後、クリスティーナはノルドと二人で話をしていた。 

 ティリアリア自身は見合いの件について受け入れてはいるものの、彼女は納得ができない様子だ。


「お父様、ティリアリアのお見合いの件、あれはお父様の発案ではありませんわね? いったい誰の考えですの?」


「やっぱりクリスティーナの目はごまかせないか。……あれは騎士団や大臣、その裏にいる貴族たちの考えだ。南方で指揮を執り、この国を支えた聖女をメルフ家の支配下に置くことで、世論を味方につけたいようだね。さらにドグマと関連の深いグランバッハ家をも同時に取り込むことになるから、そこが狙いでもある。独立した小国家とも言えるドグマを支配するにはそれが手っ取り早いからね」


「そこまで分かっていながら、ティリアリアとメルフ家子息の見合いを許したのですか? どうして……」


「クリスティーナ、これは実に難しい案件でね。――これから話すことは絶対に他言しないこと。いいね」


 クリスティーナは無言で頷いた。


「騎士団は『錬金工房ドグマ』の技術力を欲している。竜機兵のような強力な力を手にしたいらしい。下手に彼らを抑えつければクーデターを起こしかねない状況だ」


「そんな……! 今はそんなことをしている場合ではないのに!」


「騎士団は貴族主義に塗りつぶされているからね。貴族たちはより強い権力を欲しているのさ」


「そのためにドグマの技術力を自分たちの支配下に置きたいと考えているのですか?」


「その通りだ。だが、そんな貴族の中には『ドルゼーバ帝国』に内通しているものもいるようだ。詳しくは話せないがね。もしもドグマの技術が帝国に流れてしまえば、『アルヴィス王国』は滅亡し、このテラガイアという世界そのものが帝国に支配されるだろう。その先に待っているのは……破滅だ」


 淡々と話すノルド。一方クリスティーナは自身が思っていたよりもはるかに深刻な状況を知ったことで酷く青ざめていた。

 ノルドは絶望感に押し潰されそうなクリスティーナの頭を優しく撫でる。それは子どもの頃からクリスティーナが泣いたり不安を感じたりする時に、よくやっていたことだった。

 

「お父様……」


「クリスティーナ、大丈夫だ。君にはたくさんの仲間がいる。とても強く勇敢な本物の騎士たちだ。彼らと共に歩みなさい。そうすれば必ず良い未来を手繰り寄せることが出来るから」


「はい、わたくしは皆と共に未来に進みますわ」


 先ほどまでクリスティーナの心に重くのしかかっていた絶望感は既になく、彼女の目には未来を見つめる強い意思が宿っていた。

 

「でも、ティリアリアはどうするんですの? このままでは下手をすればグランバッハ家が他の貴族たちの傀儡になりかねませんわ」


「その件に関して私は全く心配していないよ。ティリアリア本人は聖女の活動として見合いの席につくつもりのようだし、何より彼女には既に思い人がいるようだしね」


「えっ、それってもしかして?」


「これ以上言及するのは野暮だからね、この話はここまで! この先は本人たちに任せようじゃないか。……ところでクリスティーナ。君はどうなのかな?」


 ノルドは少し悪戯っぽい笑みを見せながら娘に問う。国王という周囲の人々の機微に敏感な彼だからこそ、クリスティーナにも思う所があったらしい。


「……何のことでしょうか? わたくしには思い当たる節がありませんわ。それでは、要件も済みましたし、わたくしはおいとまさせていただきます」


 クリスティーナはぷいっとノルドに背を向けて執務室の扉に向かって進んで行く。


「頑張るんだよ、クリスティーナ。今度は一緒に食事でもしよう」


「分かりましたわ。お父様もお身体には気を付けて」


 執務室から出てきたクリスティーナの顔は赤くなっていた。

 父親であるノルドに自身の恋愛模様を問われたことで、芽生えたばかりのほのかな思いを自覚したのであった。

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