第46話 母と息子、父と娘

 そんな俺の状況を見かねたのか、マドック爺さんが助け舟を出してくれた。


「シェリー、近すぎるってば! ハルトが困っているじゃろ? お前さんは不用意に相手に近づきすぎじゃ! そんなことをしていたら、勘違いした男が襲ってくるといつも言っているじゃろう?」


「いやですわ技師長。私はもう三十代半ばで子持ちのおばさんですよ。そんな私に興味を持つ男性なんていませんよ。それに、ここの錬金技師の中にも若くて可愛い女性はたくさんいるんですから、興味を持つのならそっちです」


 笑顔でマドック爺さんの忠告を否定するシェリンドンさん。俺と爺さんは顔を見合わせて溜息をついた。

 どうやらこの人は自身のチート級の魅力に気が付いていないようである。

ちなみにシェリンドンさんは、<シルフィード>の操者であるシオンの母親だ。

 旦那さんはシオンが物心つく前に事故で他界してしまった。その亡くなった夫がマドック爺さんの息子なのである。

 つまりマドック爺さんから見て、シェリンドンさんは弟子であると同時に義理の娘にあたるのだ。

 そういう付き合いの長い二人だからこそ、実の親子以上に仲がいいように見える。


「ハルト、そんな所で何をしている? 僕たちは機体を『第一ドグマ』の工場区に移動させ――!」


 タイミングが良いというか悪いというか、彼女の息子であるシオンがやって来た。

 途中まで言いかけて俺の話し相手に気が付くと話を中断し逃げようとするが、いつの間にかまわりこんでいた母親に捕獲された。


「お帰りなさい、シオン! ご飯にする? お風呂にする? それとも――」


「うわぁっ! いつの間に! 離せ! それ以上変なことを言うな!!」


「だぁ~め! 離さないわよ!」


 満ち足りた笑顔でシオンを背中から抱きしめるシェリンドンさん。身長差によりシオンの頭が彼女の胸の谷間にうずまり固定されている。

 正直言って、めちゃくちゃ羨ましい。頭部を覆う感触を想像してゴクッと喉を鳴らしてしまう。

 俺の目の前でわちゃわちゃする二人は親子と言うよりは姉弟にしか見えない。それも美形の。

 こうしてみると、シェリンドンさんは先日女装したシオンそっくりであることに気が付く。

 俺とマドック爺さんがずっと見ていることに気が付いたシオンが怒っていた。


「そこで見ていないで助けてくれ! この女の暴走を何とかしろ!」


「シオン、母親に向かって〝この女〟なんて言うのはダメよ。あと一分、いえ五分はこのままハグします」


 制限時間が五倍に伸び、シオンは絶望した表情になる。その後、シオンが開放されたのは結局十分後のことであった。



 <ロシナンテ>に搭載していた装機兵全機は『第一ドグマ』の工場区に移動させ、現在そこでメンテナンスを受けている。

 特に、今まで戦い尽くめだった<サイフィード>はオーバーホールをすることになった。他の機体と比べても少し古い機体であるため一度しっかり点検をするようだ。

 その作業と並行してマドック爺さんは数人の錬金技師を連れて、<サイフィード>の専用武器の製造に取り掛かった。


 俺達たち竜機兵操者とティリアリア、フレイアは『アルヴィス城』に向かった。今後の竜機兵チームの動きや聖女活動に関して色々と話をするらしい。

 城へは『第一ドグマ』から専用通路を使用したのだが、まさか城の地下への直通ルートがあるとは思わなかった。

 スムーズに城に着いた俺たちは、到着を待っていた大臣に連れられ、国王が待つ執務室に向かった。

 移動中、俺は横にいるティリアリアにふと視線を向けると彼女もまた俺を見ていて視線が絡み合った。

 けれど互いに言葉を掛けることはなく、声を掛けるべきか悩んでいる間に目的地に到着してしまった。

 『アルヴィス城』には、RPGにはお馴染みの広間に玉座があるような謁見の間というものはない。

 国王が普段仕事をしているのは、こじんまりとした部屋に仕事机があるだけの執務室だ。机の上には、国王の許可を待つたくさんの申請書が山積みになっている。

 そんな書類の山の向こうには四十代ぐらいの男性がいた。彼が『アルヴィス王国』の国王、ノルド・フォン・アルヴィスその人だ。

 黄土色に近い金色の髪は短く整えられており清潔感を感じさせ、好印象を覚える。そんな紳士は執務室に入って来た俺たちを気さくな笑顔で迎えてくれた。


「まだ王都に到着したばかりで疲れているのに呼び寄せてすまなかったね。私は『アルヴィス王国』国王ノルド・フォン・アルヴィスだ。君たちに無事に会えたことを心から嬉しく思う」


 紳士な国王は白い歯をキラリと見せながら爽やかな笑顔を見せる。そう言えば、この王様はゲームでは出番があまりなかったにも関わらず、外見中身ともにイケメンで男性キャラの中でも人気があった。

 こうして直に会ってみると、まるで後光が差しているかのように輝いて見える。これがキングの魅力なのか。あやかりたいものだ。

 そんな爽やかなイケメンに物申す者がいた。


「お父様、我々竜機兵チームは『第二ドグマ』での戦いの後で疲労していますわ。要件は手短にお願いしたいのですが」


 国王に塩対応する姫様。どの世界、どの家庭でも父親は娘に邪険に扱われるらしい。ノルド国王の笑顔が若干引きつっているように見える。


「クリスティーナ、何をそんなに怒っているんだい? そんな怖い顔をして美人が台無しじゃないか」


 国王のこの言葉が火に油を注いだようでクリスティーナからますます強力な怒気を感じる。


「そうですわね。良い機会ですから言わせていただきます。今回の件といい、これまでの事といい、王都の騎士団の動きが遅すぎますわ。高速飛空艇を何隻も保有しているはずなのに、彼らが真っ先に戦場に到着して戦ったためしなどありません。いつもわたくしたちが戦って、ある程度優勢になってくると彼らはいつも現れます。今回に至っては、戦闘が終了した直後です。いったいどうなっていますの?」


「そう言われれば、いつもそうだよね。おまけにあいつらっていつも偉そうにしてるし」


 クリスティーナの怒りの訴えにパメラが賛同し、シオンも目を瞑り腕を組みながらうんうん頷いている。

 この三名、相当頭にきているようだ。先の戦闘が終了して間もなく王都騎士団の部隊が現場に到着したので、俺も何となく違和感を覚えたのだが、どうやらこういったことは日常茶飯事だったらしい。


「君たちには本当に申し訳ないと思っている。騎士団の指揮系統は貴族側が占有していて、私もどうこう言える立場ではないんだ」


 ノルド国王の話によれば騎士団を統括しているのは、この国の貴族たちらしい。王族は主に政治関係に従事しており、騎士団に対する強制力はあまりないとのことだ。

 クリスティーナも王族なのでそれは重々承知しているらしく、これ以上父親を責めたてることはしなかった。

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