第45話 第一ドグマの女神
その時、いくつもの工場が連立した風景が眼下に広がっているのに気が付いた。いつの間にか『第一ドグマ』の空域に入っていたらしい。
『第一ドグマ』は『アルヴィス王国』の王都『アルヴィス』の郊外に存在している。その規模は王都並みの広さで、最先端の錬金術が日々研究されている。
その結果生み出された技術の結晶は、日常生活に役立つようなものや装機兵のような兵器関連であったりと様々であり、『アルヴィス王国』が他国に比べて高い生活水準を保ち続けている要因となっている。
『錬金工房ドグマ』最大の規模を誇る『第一ドグマ』のすごいところは、この広大な敷地だけではない。
むしろ、地上に見えているこれら多くの施設は表面的なものでしかなく、重要な部分はその奥――地下に存在する研究施設である。
地下の巨大な空間には主に装機兵や飛空艇などの兵器関連の研究施設や製造のための工場、そして『第一ドグマ』で働く人々が生活する居住区がある。
この地下空間は地上にある王都とも連絡通路が繋がっており、有事の際は王都の民をここに避難させることも出来る。
もはや、ファンタジーと言うよりはSFのような話だ。
飛空艇<ロシナンテ>は、地上にある飛空艇用の港へ入港し着陸した。船体は動かないように地面にある固定具によってロックされた。
それから間もなく、<ロシナンテ>を固定した地面が地下へと下降を開始した。<ロシナンテ>が下りたのは地下へと移動するエレベーターの上であった。
その巨大なエレベーターはゆっくり下降していき、数分後地下にある巨大な空間へと至った。
その様子を俺は窓から眺めていた。
「すごい、地上の建物の規模だけでも他のドグマを超えているのに、さらにこんな地下施設があるなんて……すごすぎる」
この非現実的な光景に興奮してしまうが、その時ティリアリアの悲し気な表情を思い出し、罪悪感にとらわれる。
もし、あの時彼女の問いに正直に答えていたら、この興奮を一緒に分かち合っていたのだろうか?
一瞬そのような考えが脳裏をよぎるが、俺は頭を左右に振ってそんな幻想を吹き飛ばす。
「ったく! 女々しいぞ! これからの戦いは今までよりも厳しくなるはず。しっかりしないといけないってのに情けない!」
俺は自分の気持ちを切り替えるために格納庫へと向かった。異性との親密なやり取りに慣れていないから、こうも気持ちが振り回されるのだ。
本来の俺はただのロボットオタクだ。ここは基本に戻り、竜機兵たちを見ていつもの自分に戻ろう。
そう考えながら俺は格納庫に向かうのだが、心なしか足取りがいつもより重いように感じていた。
飛空艇<ロシナンテ>は地下にある飛空艇用の港へ到着した。
<ロシナンテ>の格納庫の後部ハッチが開放され、そこから同じ服に身を包んだ人たちが乗り込んで来た。
俺はその服装に見覚えがあった。青を基調とした少しゆったりめのデザイン。男性は下はズボンで女性はスカート。それは『錬金工房ドグマ』に所属する錬金技師のユニフォームだ。
大人数の錬金技師たちは、錬金技師長たるマドック爺さんのもとに集まり再会を喜んでいた。
だが、そんな挨拶はすぐさま終了し、彼らの興味は格納庫に佇む白い竜機兵<サイフィード>へと集中した。
この光景に俺は見覚えがあった。以前『第四ドグマ』に身を寄せた際にも、そこの錬金技師たちは機能不全と思われていた<サイフィード>が動いている姿を見て狂喜乱舞していた。
「あの時と同じか……竜機兵のプロトタイプである<サイフィード>が動いているのが珍しいんだろうな」
そう言いつつ、一人でポツンと立ち尽くすマドック爺さんに話しかけると、少し寂しそうな顔をしていた。
「ハルトよ、世知辛い世の中だと思わんか? 奇跡の生還を果たしたというのに……あいつらときたら、わしへの挨拶なんてついでで本当は<サイフィード>を見に来ただけなんじゃ。これって酷くない?」
「……でもさ、爺さん。もし爺さんがあの人たちの立場だったら、久しぶりに帰って来た上司と何故か動いた装機兵……どっちを取る?」
「愚問じゃな。そんなの装機兵の方に決まってるじゃろ!」
「他人のこと言えないじゃん!」
爺さんもそこらへんは自分でもよく分かっていたらしく、これ以上皆に構ってもらうのは諦めたようである。
「お帰りなさい、マドック技師長」
その時、一人の女性がマドック爺さんの所にやって来た。茶色い長い髪はボリュームのある一本の三つ編みにまとめられており、歩くたびに左右に揺れている。
揺れているのはそれだけではない。比較的ゆったりした錬金技師の服の上からでも分かる巨大な双丘もまた、たゆんたゆん揺れておりその存在感をアピールしている。
少し垂れ目で大きな目は、その人物の朗らかな性格を象徴しているかのようだ。
かくして、『錬金工房ドグマ』所属の錬金技師ナンバーツーであるシェリンドン・エメラルドがその姿を現した。
「おお、シェリーか! 今帰ったぞ。わしがいない間、皆をまとめてくれてありがとう。それに<アクアヴェイル>と<グランディーネ>も完成させるとは、さすがわしの弟子じゃな!」
「もう! 調子のいいことを言って! 本当に大変だったんですよ! ドラグエナジスタルとドラゴニックエーテル永久機関の調整に手間取ってしまって……」
そこまで言いかけて、彼女は俺の存在に気が付いて専門的な会話を中断し、挨拶をしてくれた。
「初めまして。私は『錬金工房ドグマ』所属の錬金技師、シェリンドン・エメラルドと申します」
「あ、どうも初めまして。俺はハルト・シュガーバインです。装機兵の操者をやっています」
すると、シェリンドンさんは自身の胸の前で両手の掌をぱちんと合わせて笑顔になった。
「まあ! あなたがハルトさんですか? お噂はかねがね聞いております。南方の戦いでは<サイフィード>を駆って様々な強敵と互角以上に戦っていたと。そもそも、誰にも動かせなかった〝あの子〟を動かせるなんてすごいです! その時のお話を聞かせていただきたいなってずっと思っていたんです!」
シェリンドンさんは目をらんらんと輝かせており、俺の近くまで迫って来た。この至近距離で顔を見て改めて思う。
この人めちゃくちゃ美人だ。その上、三十代半ばとはとても思えない程、若く見える。どう見ても二十代前半の女性にしか見えない。
化粧は薄くしているだけのようで、肌は白くてきめ細やかなのが分かる。この人はもしかして二十歳前後から年を取っていないのではないだろうか?
俺があまりにもまじまじと彼女の顔を見すぎたのか、シェリンドンさんはキョトンとしている。
「あの、どうかしましたか? 先程からこちらをジッと見ているようですが……はっ! もしかして私の顔に何か付いてます? さっきまで装機兵の最終調整をしていたものですから……潤滑油とか付いているかも」
シェリンドンさんは、顔のどこに油が付いているのか俺に指摘して欲しいようで未だに至近距離にいる。
あまりに顔が近いので俺は後ずさりしてしまうのだが、そうすると彼女は前進して距離を縮めてくるため互いの距離は変わらない。
この人あまりにも警戒心が無さすぎじゃありませんかね? 不用意に男に近づいたら危険だってこと分かっていないのではないだろうか?
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