第44話 すれ違う思い

 『第二ドグマ』を出発して数時間後、飛空艇<ロシナンテ>は、王都『アルヴィス』に到着した。


「帰って来たんだ……ここに」


 王都『アルヴィス』にある装機兵操者訓練校の生徒として、俺はここで二年間生活した。

 俺は確かにハルト・シュガーバインとして、この世界で生まれ変わり生きてきた。そして、あの日訓練校の最終試験の日に転生前の記憶が甦った。

 あの時は突然甦った記憶によって、いきなりこの世界に飛ばされたような感覚に陥っていたがそうではなかった。


 俺は生まれて間もなく親に捨てられたらしい。子どもの頃は孤児院で育った。その時から自分でも何故か分からなかったが装機兵が大好きだった。

 初めて装機兵を見た瞬間、俺はその機械仕掛けの巨大な騎士に魅了され、いつか装機兵を自分で動かしてみたいと思うようになっていた。

 装機兵操者訓練校は誰でも入ることができ、その上学費は無料だ。国を守る騎士たる装機兵操者を育成する機関であることから様々なところから資金援助を受けており、このような運営が可能らしい。

 ただし、訓練内容はかなり厳しかった。騎士として必要な礼儀作法や知識を座学で学び、生身で敵と戦うことを想定した戦闘訓練、訓練用装機兵による搭乗訓練を過密なスケジュールで行う。

 その過酷な訓練について行けず、最初の半年で同期の半分以上が訓練校を辞めていった。


 子どもの頃まともな教育を受けていなかった俺は最初座学に苦戦したが、必死で食らいつき次第に順応していくことが出来た。

 身体を動かすのは得意だったので生身による戦闘訓練は一番成績が良かった。だが、皮肉にも一番重要だった装機兵による訓練が全然だめだった。

 装機兵を動かそうとすると毎回必ず機体が煙をふいて故障する。

 マドック爺さんにエーテルコンバーターへの高負荷が原因だと教えてもらうまでは、自分では装機兵を動かすことは出来ないのだと絶望する日々だった。

 それでも訓練校を辞めなかったのは、いつか必ず装機兵に乗ることが出来ると信じていたからだ。


 そういうわけで、王都や訓練校にはあまりいい思い出はない。装機兵をまともに動かせなかった俺は周囲の連中から欠陥品だとバカにされていたから。

 特に『竜機大戦』の主人公であるフレイやその取り巻き連中は何かと理由をつけては俺にちょっかいを出してきた。今思えば非常に腹の立つ話だ。

 そのフレイは竜機兵<ヴァンフレア>の操者であるため、恐らく『第一ドグマ』にいるはずだ。

 正直ヤツのことは嫌いだが、これから一緒に戦っていく以上最低限仲良くやっていかなければならない。


「ハルト大丈夫? 何だかあまり表情が優れないようだけど」


「え? 俺、そんな顔してた?」


「思いっきりしていたわよ。もしかして嫌なことでも思い出してた?」


「……ちょっと訓練校時代のことをね」


 ティリアリアの予想が的確に当たっていたので、俺は内心驚いてしまう。どうも最近彼女は俺の心中を的中させるのが上手いようだ。

 そう言えば『第四ドグマ』を脱出してから、どうも彼女との距離感が掴めなくなっている。

 それに俺は今後竜機兵チームに組み込まれることになるので、彼女の護衛の任務から外されるだろう。

 ティリアリアも今までは『第四ドグマ』の皆を引っ張っていく立場であったが、王都に戻って来たことで、それら戦力は王都周辺の騎士団に吸収される。

 そうなれば彼女も聖女としての活動が再開されるはずだ。多分これまでのように会うことは出来なくなるだろう。


「ティアは王都に戻ったら、聖女活動に戻るんだろ? 俺は『第一ドグマ』の竜機兵チームで働くことになるから、あまり会えなくなるな」


「……そうね」


 今度はティリアリアの表情が優れない。彼女の瞳は、窓の向こう側にある王都の町並みを見ながらも、別の何かを見ているような感じがする。

 彼女は何を考えているのだろうか? そして、俺は彼女とどうしたいのであろうか? 彼女は俺の推しのヒロインだ。

 この転生世界におけるティリアリアはゲームと印象が変わってはいるが、それでも彼女がとても魅力的な女性であることには変わりはない。

 けれど、彼女は貴族それも爵位で言うなら最高峰の公爵家の令嬢であり、現グランバッハ家の当主でもある。

 普通に考えれば優秀かつ身分の高い男性を婿として迎え入れて、家を盛り立てて行かなければならない。

 それが貴族という社会の在り方だ。俺のような根無し草の装機兵乗りとは身分が違いすぎる。

 お互いに愛情があれば身分なんて関係ないと思えるかもしれない。だが、それが通用しないのが貴族社会というやつなのだ。

 仮に俺がティリアリアと付き合うようになり結婚したとして、こんなどこの馬の骨とも知れない平民を受け入れたグランバッハ家は間違いなく白い目で見られ衰退するだろう。

 ティリアリアの先祖や祖父、それに母親が繋いできたグランバッハ家を潰すわけにはいかない。


 俺は前世では彼女がいたためしのない童貞男ではあったが、そこまで鈍感系ではないと思う。多分。

 そんな俺の勘違いでなければ、ティリアリアは少なからず俺に好意を持ってくれていると思う。

 そうでなければ『第四ドグマ』の撤退戦に向かおうとする俺に、『おまじない』と称してキスなどしてくれないだろう。

 もっとも、キスしてくれたのはほっぺただが。


 推しである彼女に対しもちろん俺も好意を持っている。しかし、俺の気持ちを優先して彼女と懇意になってしまえば、彼女の未来は良くない方向に行くのは目に見えている。

 それはあってはならないことだ。彼女を不幸な目にあわせることはしたくない。

 だから、俺は何も言えない。彼女に掛ける言葉が見つからない。沈黙する俺にティリアリアは少し寂しそうな表情を向けている。

 俺はそれを知りながら知らないふりをしている。


「ねえ、ハルト。私がいなくなったら寂しい?」


「どうしたんだよ? 突然そんなこと言って」


「さっきあなたが言ったじゃない。会えなくなるって。だから寂しいんじゃないかって」


「何言ってんだよ。そんな感傷に浸っている余裕なんて俺にはない。これから竜機兵チームの一員としてこき使われる日々が待ってるんだぞ。俺の頭の中はどうやって敵と渡り合って行けばいいかでいっぱいいっぱいだよ」


「そっか……そうだよね。ハルトはこれから竜機兵チームの隊長として頑張らないといけないんだものね……ごめんね。大変な時に変なこと言って」


 そう言い残してティリアリアは部屋に戻っていった。去り際に彼女の目尻で何かが光るのが見えた。


「これでいいんだよ……これで。あとは俺が戦って敵を国内から叩きだせばいいんだ。そうすれば『アルヴィス王国』はいくらか平和になるはずだ。そんな世界なら、あいつも幸せに暮らせるはずだ。ゲームのあんな最悪な結末になんて絶対させるもんか」


 『竜機大戦』の聖女ルートではティリアリアもフレイアも死亡する。ゲームとは異なる流れになっているこの世界では、何が原因となってそのルートの状況になるか分からない。

 だからこそ、そんな事態にならないように可能性の芽は潰しておくに越したことはない。

 その手始めとして、まずは国内で好き勝手やっている『ドルゼーバ帝国』の戦力を殲滅する。今の俺にできることはそれだけだ。

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