第41話 聖女と姫の関係

「そう言えば、あちらにいるハルトさんなのですけれど」


「どうしたの? ハルトが何か粗相をしたのかしら?」


「いいえ、そうではありませんわ。噂では彼、あなた付きの騎士だということですが本当ですか?」


「本当ですわ。南方の戦いで彼はフレイアと一緒に頑張って戦ってくれました。わたくしの自慢の騎士ですわ」


 何だろう。すごく褒められているのだけど不安しか感じない。ここからどういう流れになるのだろうか?


「なるほど……噂は本当でしたのね。と言うことは、既にあなた方は男女の仲で昼夜問わず逢瀬を重ねているというのも本当ですか?」


「えっ? それってどういう――」


「単刀直入に言うと、ヤッているかということですわ」


「ぶふぉっ!」


 俺は驚いて思わずふいてしまった。

 クリスティーナは『アルヴィス王国』の第一王女で常に丁寧な口調と柔らかな物腰を崩さない、姫・オブ・ザ・姫と言ったキャラだった。

 それがいきなり「ヤッてるか?」と中年おっさんの如く尋ねてきたのだ。いや、今時のおじさんたちだって、そんなふうにデリカシーなく他人の性事情を聞いたりはしないだろう。

 俺が前世で務めていた会社でも上司はそんなこと言ってはこなかった。言ったらセクハラだからな。

 だが、この姫様はそれを平然とした顔でやってのけたのだ。ある程度覚悟はしていたが、案の定パンドラの箱から出て来たのは災厄だったようだ。


「ヤッてないわよ! どうしてそんなことになるのよ!?」


「だって、彼は二ヶ月以上もあなたの命令を受けて最前線で戦い続けたのでしょう? でしたら、主として部下を労うのは当たり前のことではありませんの?」


「だからって、そんな、いきなり男女の関係だなんて……」


 ティリアリアは興奮して言葉遣いが素に戻っていた。それに顔も真っ赤になっている。完全にクリスティーナのペースになっているようだ。


「わたくしでしたら、それだけ頑張ってくれた方に可能な限りの誠意を見せますわ」


「誠意?」


「一日ぶっ通しのまぐ○いとか!」


「いきなりそれかよ! クリス、あんたこの国の姫でしょ!? 貞操観念はどこへ行った!?」


 思わずツッコんでしまった。もう限界だった。目の前にいる聖女様とお姫様はゲーム内では、それはそれはとても上品な存在だった。

 ところが、この転生した世界での彼女たちはゲームでのそれとはかけ離れた性格をしている。

 この二人を比較するとティリアリアはまだまともだ。だって、単に言っていることが俗っぽいだけだから。

 だがこの姫はヤバすぎる。話し方は大変上品ではあるが肝心の内容が下ネタで埋め尽くされている。

 

「ハルトさん。わたくし、自分がこの国の王女であるとは一言も言ってはいないはずですが、どうやらあなたはこちらのことをよくご存じのようですわね」


 まずった。動揺のあまり口が滑ってしまった。もしかして、今までのやり取りは俺を試すための演技だったのだろうか。むしろ、そうであってほしい。

 清楚なメインヒロインがド変態だったなんて、ちょっと引いてしまう。


「どうやらハルトさんは既にわたくしに興味津々のようですわね。恐らくわたくしのスリーサイズや性癖、敏感な部分に至るまで彼は熟知しているでしょう」


「してねーよ! そもそも、そんなのどうやって調べるんだよ!? 頭の中全部エロい妄想でいっぱいなのか!? この淫乱プリンセス!」


「くぅん! ……ふふふ! すごいですわ、ハルトさん。わたくし、SかMであるならSの人間なのですけれど、今のあなたの発言にすごく……興奮しましたわ!」


 無敵だ。この姫様は俺が何を言ってもダメージなんて受けない、真性の変態だ。相当心地よかったのか、トロンとした目でこっちを見ている。

 ここで、隣からも視線を感じたので目を向けるとフレイアが変態プリンセスと同じような視線をこっちに向けていた。

 いちいち構うのも面倒なので、ここは敢えてスルーした。そしたら、このドMはさらに興奮していた。

 どうやら、いつの間にか放置プレイもイケる体質になっていたらしい。俺が困惑していると、再びクリスティーナが話し始める。


「ハルトさん。実際問題、あなたの欲望を発散させる用意のあるわたくしと、見て見ぬふりをするティリアリアを比較して、男性としてどちらが魅力的ですか?」


「え? いや……それは……うーん」


 一応考える仕草をしてみるのだが、答えは一瞬で決まっていた。俺だって男だ。こんな巨乳金髪美女が積極的に求めて来たら、理性なんてすぐさま吹っ飛んで俺は狼になってしまうだろう。

 

「……出来るわよ」


 妄想の中で狼と化した俺が淫乱プリンセスに飛びかかろうとしていた時、聞きなれた聖女の声が耳に入ってきた。


「わ、私だって出来るわよそれぐらい! 一日だろうが二日だろうが、ぶっ通しでやれるわよ! 何だったら、今からやりましょうか!? 行くわよ、ハルト!」


「落ち着け、ティア! クリスはお前を挑発しているだけだって! どうして、お前らはそんなに仲が悪いの? どういう関係なんだよ!?」


「私のお母さんは、クリスのお母さんの姉なの」


 ここで、クリスティーナに乱されていた思考を何とか冷静にさせる。母親同士が姉妹ということは、つまり――。


「二人って従姉なの?」


 ティリアリアとクリスティーナは同時に頷き、俺は今日何回目とも分からない驚きを感じていた。この二人が親戚なんて設定は初耳だ。

 しかし、これでこの二人の妙な関係性の正体が分かった。もっとも、分かったからと言って何が変わるわけではないのだが。


「クリスは子供の頃からいつも私にちょっかいを出してきたのよ。私が持っているものに興味を持って欲しがるの。フレイアの時もそう」


「フレイアがどうかしたのか?」


「フレイアが私の侍女になって間もない頃、クリスが遊びに来たの。私が用事で少し離れている間に、真面目一徹だったフレイアがお尻を叩かれて悦ぶ性格になっていたわ」


「フレイアがドMの変態になったのはお前が原因か、クリス!! 何てことしてくれたんだ! もうこいつは取り返しがつかない状態なんだぞ!」


 怒る俺をクリスは手で軽く制し、穏やかな表情のままフレイアに目を向ける。


「わたくしは彼女の中に眠っていた本能を少しだけ刺激しただけです。それに、あの時はここまで自分の本心に正直な娘ではありませんでしたわ。つまり、わたくし以外に彼女の本性を引き出した人物がいるということです」


「いったいどこの誰だ! そんなバカなことをしたのは!」


 俺が憤っていると、何故か皆の視線が俺に集中していた。ついでにフレイア本人も迷いのない瞳で俺を見ている。


「…………俺ですか?」


 皆が同時に頷いた。よくよく思い返せば、南方で戦っている期間、フレイアとは色んな理由で怒鳴り合っていた。

 俺も感情的になって彼女に結構酷いことを言ってしまった。勿論、冷静になった後彼女にはちゃんと謝った。

 もしかして、あの時言った罵詈雑言をご褒美として受け取っていたのか、このドM? だとしたら相当ヤバい。

 一時は目を合わせれば罵り合うまで関係が冷え込んでいた。いや、そう思っていたのは俺だけで、こいつはホクホクしていたのかもしれない。ならば確認しなければならない。


「あのさ、フレイア。以前、俺たち喧嘩ばかりしていた時期あったよな? あの頃、毎日気まずい思いしてたよな? なっ!?」


 もうすがる思いだ。こいつがここまで変になったのは俺のせいではない。頼む、そうであってくれ!


「ああ、そんな頃があったな……あの時は、毎日楽しかったなぁー。朝起きるたびに今日はどういう言葉で私を罵ってくれるのだろうとわくわくしていたものだ」


「そう言えば、一時フレイアがものすごく上機嫌だった頃があったわね。そういう理由だったのね」

 

 はい! アウトォォォォォォォォ!! フレイアがここまでドM開花したのは俺の責任でした! 


「ごめん、フレイア。ここまでお前をポンコツにして……本当にごめん」


「くぅぅぅぅぅ! 謝ると言って油断させながら罵るなんて! キクゥゥゥ!」


 あかん。余計な一言を入れたせいで、さらに変態を悦ばせてしまった。クリスも満足そうな表情をしているし、この先不安しか感じない。


 その後、長めの挨拶を交わした俺たちは一旦解散することになった。その場にはうなだれた俺とパメラだけが残っていた。


「まあ、なんて言うか、ハルトも色々大変だね。クリスに関しては一緒にいるうちに慣れると思うよ。私とシオンもそうだったし。確かにあそこまで生き生きしているクリスを見たのは初めてだったけどさ。とにかく頼もしい仲間ができて嬉しいよ。よろしくね、ハルト」


「うう……ぐす……、パメラせんぱいぃぃぃぃぃ!!」


 俺は唯一原作よりもまともになっていたパメラの存在を心から嬉しく思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る