第33話 フル強化ボーナス
その時、俺の袖を誰かが引っ張っていることに気が付く。それはシオンだった。
「どうしたシオン? 何か用かい?」
「あの……ハルトさん。お願いがあるんですけどいいですか?」
依然として天使モードのシオンが潤んだ瞳で俺に訴えかけてくる。何がお望みなのだろうか?
俺が頷くと、シオンは遠慮がちに話し始める。
「もし、よければなんですけど、<シルフィード>の強化もお願いできないでしょうか? 図々しいことは百も承知なんですけど、最近機体の強化不足を感じていまして」
ふむふむ、なるほどぉ~。それじゃ、まずは<シルフィード>の強化状況を確認させてもらいましょうかね。
「ぶふぉっ! 何じゃこりゃ!?」
<シルフィード>の強化状況は、全項目とも綺麗に三段階まで一律に強化しているというものだった。
ゲームでも途中加入する機体って確かにこんな感じで強化されていたっけか。逆に、よくこんな強化スタイルで今までやってこれたものだ。
「ちなみに、シオンはどのステータスを強化したい?」
「それはやっぱり運動性能です。シルフィードは機動性が取り柄の機体ですから。でも運動性能って、強化にかなりお金がかかるので中々強化できなくて」
「分かった。それじゃ、運動性能を最大の十段階まで上げよう。それとEPも最大にしてと。それから残りの金額で火力と装甲を上げる。これでかなり戦いやすくなるはずだ」
「え? でも、いいんですか? 残りのお金を全額使っちゃって……」
「かまへん、かまへん、まかしときー」
この時の俺は思い切り調子に乗っていた。ゴスロリ天使の喜ぶ顔が嬉しくて、残り全ての金額を<シルフィード>の強化に当ててしまった。
こうして、俺はこの数分の間に貴族になり、一般家庭の富裕層になり、そしていつもの平民に戻っていったのである。
ふと我に返ると、あれだけ温かくなっていた懐がすっかり冷え切っていた。
ただ、<シルフィード>を強化してくれたお礼として、ゴスロリメイド姿のシオンが一緒に写真を撮ってくれた。
俺はメイド喫茶とかで、お金を払って店員のメイドさんと写真を撮る同胞の気持ちが分からなかったのだが、今理解した。
写真に眩しい笑顔で映るゴスロリメイドさんの姿を見て俺は思った。
「尊い……<シルフィード>の強化に使った四十万ゴールドなんて惜しくないぞ! またお金溜まったら<シルフィード>強化して、写真撮ってもらお!」
こうして俺は生まれて初めて誰かに〝貢ぐ〟行為をしたのだが、まさかその相手が男の娘になるとは夢にも思わなかった。
「ところで、ハルト。私の<ウインディア>は今回全く強化されていないのだが、それはどういうことだ?」
今度はフレイアが面白くなさそうな顔でやって来た。怒っているとまではいかないが、ちょっと機嫌が悪い。
「百万ゴールドという大金が入ったのだから、少しぐらい強化してくれてもいいじゃないか! それなのに、お前はさっきからシオンを甘やかして……まさか! お前……そっちの気があるのか!?」
「ねえよ! 俺はノーマルだ! でも、あのゴスロリシオンは性別の垣根を超越した存在だ。少し甘く接してもしょうがない。それに、元はと言えばお前とティアがシオンを女装させたのが発端だ! 恨むのなら自分たちのメイク術を恨みなさいよ!」
「く、くふん! 強気で来れば私が怯むとでも思ったか? あ、甘く見るな!」
「……悦んでるだろ、フレイア? 顔が赤くなってるよ」
フレイアは俺に怒られてドMスイッチがオン。その後は何を言っても、変態は悦び会話がめちゃくちゃになっていった。
翌日、俺は念願のフル強化を果たした<サイフィード>のステータスを、専用の端末で確認していた。
この端末はスマホと同じ位の大きさで、登録してある装機兵のステータス状況を確認できる。
これ一つで複数の機体のステータスを手軽に確認できるので大変便利だ。
<サイフィード>だがフル強化したと言っても、今回HPが+600、装甲が+200上がっただけで大きな変化はない。
それでも強化状況が100%という表示を見ると何とも言えない満足感がある。
そう思いながら、愛機のフル強化したステータスを見てみた。
【サイフィード】
HP7000 EP500 火力4000 装甲4000 運動性能275
属性:無
アビリティ:飛竜形態、ドラグーンモード、HP回復小、EP回復大
武器:エーテルブレード、ワイヤーブレード
術式兵装:コールブランド、バハムート
武器(飛竜形態時):ドラゴンブレス、ワイヤーブレード
術式兵装(飛竜形態時):リンドブルム
これを見た瞬間、俺は何度もこの数値を見返した。おかしい。HPと装甲だけを上げたはずなのに、他のステータスも軒並み上がっている。
おまけにアビリティ欄に注目すると、『HP回復小』、『EP回復大』という見たことのない機能が備わっていた。
「<サイフィード>のステータスが予想以上に上がっている!? それにHP回復小とEP回復大? 何が起きたんだ?」
「ああ、そのことか。今回で<サイフィード>はフル強化されたからの。それに伴いドラゴニック・エーテル永久機関とドラグエナジスタルが進化したんじゃよ。分かりやすく言えばフル強化ボーナスと言ったところじゃな」
「フル強化ボーナスだって!? マジっすか!?」
専用端末で確認すると、確かにあった。
そのボーナスの内容は『HP+1000、EP+100、火力+1000、装甲+1000、運動性能+50、HP回復小(一定時間でHP最大値の一割回復)、EP回復大(一定時間でEP最大値の三割回復)』というものだった。
俺は昨日、強敵相手にどう立ち回ればいいのかをずっと真剣に考えていた。そこでぶち当たる壁が装機兵のエネルギーであるEPの不足だった。
戦闘中マナは回復手段があるのだが、EPに関しては機体を飛空艇に戻す以外に回復手段がない。
強敵相手にEPやマナを大量消費する武装で戦う中、飛空艇に戻っている暇はない。
だから、EPを温存する戦い方が必要になると思っていたのだ。ついさっきまでは。
その問題が今回のフル強化で施された『EP回復大』というアビリティによって一気に解決されてしまった。
おまけに『HP回復小』も追加され、長期戦にも耐えうる力を得た。
ボーナス万歳! ありがとうボーナス! これほど〝ボーナス〟という言葉を嬉しく思ったことはない。
何せ、転生前に務めていた会社はボーナスなんて雀の涙程度にしかもらえなかったからなぁ。
あ、思い出したら涙出てきた。
ゲームでは機体をフル強化しても、このようなボーナス特典なんて無かったのだが、この世界では色々と状況が変わっているみたいだ。
今までは、この変化は敵側に有利に働いていたことが多かったが、今回は俺の方に有利な現象が起きたらしい。
ムチで叩かれまくる状況下で、たまにこういうアメをもらえると非常に嬉しい。
少しだけフレイアの気持ちが分かったような気がし……いや、違うな。
あいつはムチをご褒美と思っているから、俺とは異なる価値観で生活しているのだろう。
「そう言えば、ハルト。もう一つお前さんにいい報告があるぞ」
「まだ何かあるの? 現時点で俺は幸せいっぱいだよ」
「はははは、そうか、そうか。それじゃ、竜機兵専用武器の開発は止めておくかの」
「そこんとこ、詳しく説明お願いします。マドック錬金技師長様!」
マドック爺さんの口から出てきた、竜機兵専用武器という言葉。オタク脳に支配された身としては〝専用〟という単語はとても魅力的なのである。
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