第26話 震える竜

「なっ、こいつ! まさか、このまま俺を地上に叩きつけるつもりか!?」


『そうだとしたらどうする?』


「正気か!? こんなスピードで降下すれば、いくら飛竜形態でも体勢を立て直せない! お前も一緒に地上にぶつかるぞ!」


『お前とその白い竜には無理でも、俺と<ベルゼルファー>であれば、この程度の重力のかせなどいつでも断ち切ることができる』


 このやたらと厨二っぽい言い回しをするヤツは、さらに速度を上げて地上突撃コースを辿っていく。

 みるみる地面が近づいていく、このまま行けば確実にあの世行きだ。


「くっ! ふざけんなよ!! このド畜生がぁぁぁぁぁ!!!」


 マナを最大限<サイフィード>に送り込み、パワーを上昇させる。

 エーテルマントが変化した翼はエーテルの光を発し、尻尾のエーテルスラスターからも大量にエーテルを噴射し減速を試みる。

 すると、<サイフィード>から放たれたエーテルの影響で<ベルゼルファー>が吹き飛ばされ、機体が一気に減速した。


「しめたっ、ヤツが離れた! 止まれぇぇぇぇぇ!!」


 真下の『第四ドグマ』に衝突する寸前で<サイフィード>は緊急浮上し、そのまま人型に変形して『第四ドグマ』にある港の甲板に滑り込んだ。

 甲板とこすれる<サイフィード>の脚部から火花が飛び散る。そのまましばらく滑りながら、甲板の端ギリギリで制止した。


「あっぶねー、もう少しで外に投げ出されるところだった。……ヤツはどこだ!?」


 敵の姿を探すまでもなかった。黒い竜はわざわざ俺の目の前にゆっくりと降下し、<サイフィード>を見下ろしている。

 そして、ヤツの赤いエナジスタルが光ったかと思うと、黒い飛竜は一瞬で人型となり、俺の前方に下り立った。

 その姿はまさに黒騎士という言葉がピッタリ当てはまるものだった。両肩には赤い大型のエナジスタルが淡く輝き、同色のデュアルアイが俺を睨んでいる。


「こいつ……<サイフィード>とそっくりだ。飛竜形態に変形できることと言い、共通点が多すぎる。いったい何者なんだ?」


『どうやら何も聞かされていないらしいな』


 再び男の声がコックピットに響く。その声の調子は明らかに俺を挑発していた。


「それはどういう意味だ?」


『お前が乗っている<サイフィード>と俺の<ベルゼルファー>は同時期に開発された兄弟機だ』


「兄弟機? だから、こんなにそっくりなのか……でも、それだと話がおかしい。竜機兵は『錬金工房ドグマ』でしか造ることは出来ないし<サイフィード>を開発した錬金技師はドグマの人間だ。その兄弟機にどうして『ドルゼーバ帝国』の人間が乗っている?」


『この機体は三年前に我々が奪取した。その件はおおやけにされなかったようだがな。お前が乗っている<サイフィード>は機能不全ということで当時は無視されたようだが、まさか動くとはな。二ヶ月前の奇襲で、そいつが動いているのを見た時には驚いたよ』


「それって……『第六ドグマ』のことか!? あの時、あそこにいたのか!?」


『ああ、施設から脱出する飛空艇とその機体を密林から見ていた。中々見ごたえのあるショーだったよ』


 背筋が凍る感じがした。もしも、こいつがあの時攻撃を仕掛けてきていたら俺は、いや俺たちは確実にやられていただろう。


「どうして、あの時攻撃をしてこなかった? そいつなら飛竜形態になって<ロシナンテ>を襲うことも出来たはずだ!」


『まともに抵抗も出来ない相手など俺の眼中にはない。それに、<サイフィード>と戦うのならもう少し時間をおきたかったという理由もある』


「何だと?」


『卵から孵ったばかりのヒナを相手にするなど、何の面白みもない。だから、その機体が成長し<ベルゼルファー>と戦えるレベルになるまで待っていた』


 こいつはまるで野菜の名前に似た、戦闘好きの異星人のようなことを言っていた。怒ったら髪が金髪になったりしないだろうな?

 すると、そんな俺の考えが届いたのかモニターに声の主の姿が映る。それはツッコミどころ満載の内容だった。

 

 まず、目を引いたのは目の周囲を覆う仮面を着けていることだった。全体的な顔立ちは非常に整っており、髪は短く整えられた金髪。

 とてつもないイケメンオーラを発している。それに既に金髪なのでスーパーな状態に変化しても判別は不可能だった。

 もしかしたら既にスーパー化しているのかもしれないが、何だか考えるのも面倒くさくなったので、このネタは終わりにしよう。

 そうなると、俺はこの疑問を相手にぶつけずにはいられない。

 こういうことを尋ねるのはご法度なのかもしれないが、この好奇心を無視してこの先戦うことは無理。


「どうして、そんな仮面を着けているんですか?」


 思わず敬語になってしまった。相手が答えにくそうなことを訊く時はこれが正解なのだが、戦場で敵に敬語で話すのってどうなのだろう?


『……俺の名はアイン。帝国に作り出された強化兵士だ。この名もコードネームにすぎん。俺たちのような存在は装機兵と同じ兵器でしかない。この仮面はその証だ』


「……ありがとうございました。あと、俺の名前はハルト・シュガーバインといいます」


 このアインという男は律儀に答えてくれた。思わず俺も自分の名前を言ってしまった。以前であったら、互いに名刺交換をしていそうな状況だ。

 しかし、このアインさん。バリバリの厨二病キャラだった。仮面を着けている外見から、もしかしたらと思ってはいたけど、中身の完成度も素晴らしい。

 思わずにやけてしまいそうになるが、俺は大人、ここは戦場、命のやり取り真っ最中なのだ。

 ふざけている場合ではない!

 でも、居酒屋とかで知り合っていたら、きっと楽しい会話ができただろうなぁ~。  

 残念!


『――だが、どうやら時間の無駄だったようだな』


 急に会話が本題に戻った。確か<サイフィード>と戦うのに二ヶ月も待ってたんだっけ? この変人。


「どういう意味だよ? 最初の頃と比べて<サイフィード>は強くなった! 俺も戦闘経験を積んだ! それが時間の無駄だって?」


『戦闘力云々の話ではない。それ以前の問題だ』


 「なんのこっちゃ?」と思いながら<サイフィード>を立たせようとするが、そこで異変に気が付く。

 

「何だ? 動きが重い。それに……怯えているのか、<サイフィード>!?」


 <サイフィード>の様子が明らかにおかしい。いつもなら俺のイメージ通りにすんなり動くのに、今は動きがガチガチで移動することすらままならない。


『それが答えだ。その竜は怯えている。この<ベルゼルファー>を目の前にしてな。そんな臆病者を倒したところで何の面白みもないが、<ベルゼルファー>はそいつの存在自体が許せないらしい。悪いがこのまま死んでもらう』


「ちょ、ちょっと待った! 動け、<サイフィード>!! このままじゃやられるぞ!!」


 俺の必死の叫びと操作にも白騎士の相棒は応えない。依然として、動きは固まったままだ。これではアインの言う通りに、無抵抗で殺されるだけだ。


『ハルト……と言ったな。お前は中々面白い。このまま殺すのは惜しい。俺たちの標的はあくまで、その臆病な白い竜だ。お前は脱出しろ。そして、別の機体に乗り換えて俺と戦え!』


 この絶望的な状況で、突然俺の生存ルートが提示される。だが、その選択肢を選べば<サイフィード>は破壊されてしまう。


「随分と魅力的な話だな。つまり、お前らの目的は<サイフィード>のみなんだな?」


『そうだ』


「<サイフィード>から脱出した俺の命は助けてくれるんだな?」


『そうだ』


「だが断る!」


『何だと!?』


「お優しいアインさんには悪いけどな、俺はこいつのマスターなんだよ! 震えて動けない相棒を見捨てて自分だけ逃げるなんて、そんなこと俺は絶対ヤダね!!」


『ふっ、ますます気に入ったぞ、ハルト・シュガーバイン! 実に残念だ、こんな形で終わってしまうとはな。その臆病な竜でなければ素晴らしい戦いが出来たかもしれない』


「さっきから、臆病、臆病って言ってるけどな! 怖いことを怖いと思って何が悪い! 命のやり取りをしてるんだ! 怖くて当たり前だろうが!! むしろ、そんな状況で何の恐怖もなく淡々と命を奪える方がどうかしてる!!」


『それが戦争だ。個人の感情など何の意味も持たない』


「……そうなんだろうな。でもさ、俺の相棒は違うんだよ。今まで何度も戦って何度も敵を倒してきた。それでも、その度に一瞬こいつは震えるんだよ。命を奪ってしまった事実に、相手の未来を奪ってしまった事実に震えてるんだ! 優しいヤツなんだよ。……だから、俺はこいつと一緒にこの先も戦っていきたい! 命の尊さと重さを知っているヤツだからこそ! 仲間の命を守るために、俺は<サイフィード>と共に戦うんだ!!」


『……言いたいことはそれだけか? せめて苦しまないように一瞬で終わらせてやる!』


 その時だった。<サイフィード>の全身が輝き、同時に胸部のドラグエナジスタル、両肩と両腕のアークエナジスタルが共鳴するように発光し始めた。

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