第25話 白い竜と黒い竜

「何だか懐かしい。あの時もこんな感じで私を<ロシナンテ>に送り届けてくれたわね」


「そうだった。たった二ヶ月前のことなのに何年も前のような感じがするよ。あの時よりは操縦上手くなったろ?」


「そうね、最初からすごく強いと思っていたけれど、今ではフレイアと同じようにとても頼りにしているわ。だから、必ず生きて帰って来て」


「うん、約束する。先に皆と一緒に安全域まで退避してくれ。俺も時間稼ぎをしたらさっさと逃げて合流するからさ」


 ティリアリアを<サイフィード>の掌に乗せる。そして、ゆっくり手を下ろそうとした時に、突然彼女が再びコックピットに入ってきた。


「どうしたんだ、ティア。急に飛び出したら、あぶな――」


「んっ」


 ティリアリアはコックピットに入ると間髪入れずに俺の頬に口づけをした。いきなりのことだったので俺は驚いて動けなかった。

 数秒ほどして正気に戻る。


「え? 今のは?」


「無事に帰って来られるおまじない。聖女直々のキスなんだから効果抜群よ」


 そう言いながら笑顔でティリアリアは<サイフィード>の掌の上に戻った。俺はちょっと戸惑いながらも彼女をゆっくり下ろしていく。

 その間、彼女の顔が今までにないくらい赤く染まっていたことに俺は気が付かなかった。


 ティリアリアを<サイフィード>から降ろした後、<ロシナンテ>は浮上を開始し他の飛空艇二隻と共に『第四ドグマ』を出発した。

 フレイアが搭乗する<ウインディア>は<ロシナンテ>の護衛として一緒に退避してもらった。

 万が一<ロシナンテ>が敵の待ち伏せにあった時、彼女がいてくれれば安心だ。

 かくして静まり返った『第四ドグマ』には、俺と<サイフィード>だけが残った。

 モニター正面には空を悠然と飛行する巨大な要塞の姿があり、そこから何隻もの飛空艇が発進している。

 恐らくあの一隻一隻の中には、装機兵が何体も積まれているのだろう。

 普通に考えたらすぐさま逃げ出すところだが、そしたら<ロシナンテ>が危険にさらされる。

 今回、俺がやるべきことは拠点防衛ではなく時間稼ぎ。敵飛空艇の撃墜もしくは進行速度を遅らせることだ。


「さて……と、行くか<サイフィード>。今回は飛空艇を落としていけばいい。空を飛べず足の遅い装機兵は完全無視! 考え方によっちゃあ、今までで一番戦いやすい!」


 飛竜形態になった<サイフィード>は、一気に空高く舞い上がり『ドルゼーバ帝国』の飛空艇<カローン>の編隊と相対した。

 こうしてちゃんと数をカウントすると、八隻の飛空艇の姿が確認できる。

 搭載している装機兵の最大数は四十八機が想定されるが、今回無理に装機兵と戦う必要はないので、やるべきことは全ての飛空艇の撃墜だ。

 早速、飛空艇<カローン>が<サイフィード>を狙ってエレメンタルキャノンを撃ちまくってきた。

 けれど、はっきり言って飛空艇は弱い。飛竜形態の<サイフィード>の火力と機動力なら十分対応できる。


【飛空艇カローン】

HP20000 EP200 火力1300 装甲1300 運動性能75

属性:風

術式兵装:エレメンタルキャノン(風)


「<カローン>のHPは二万か。けど、火力は低い上に装甲が薄い! 落とせる!」


 エレメンタルキャノンの弾幕を躱しながら、<サイフィード>のブレスを発射する。運動性に大きな差がある分、こっちの攻撃は確実にヒットする。

 ブレスは一撃の攻撃力が低いのが難点だが、それでも装甲の薄い<カローン>には十分な威力を発揮した。

 攻撃を集中し一隻ずつ確実に落とす作戦でいく。早速、一番前を飛行していた飛空艇を撃墜、爆発炎上しながら地上へと落下していった。


「よしっ! まずは一隻目! 次っ!!」


 自分で言うのも何だが、この空中戦は<サイフィード>の独壇場だった。

 敵飛空艇はまともな対応も出来ないまま次々と落とされていき、中から装機兵が脱出するが空を飛べないため、地上へ落下のコースを辿る。

 この高度であれば、上手くエーテルスラスターを使うことで無事に地上へ降下できるかもしれない。

 だが、空に投げ出された恐怖で最初から全開にしてしまうとすぐに限界を迎えて無防備に落ちて行くだけだろう。

 そう思った矢先、ほとんどの装機兵は最初にエーテルスラスターを限界まで使って、早々に自然落下を開始した。


「以前俺も同じ目に遭ったから、見てて気分がいいものじゃないな。けど、悪く思うなよ。恨むんなら空中戦に送り出したヤツを恨め」


 後味の悪さを噛みしめながらも、飛空艇への攻撃の手は緩めない。数が残り半分となったところで、装機兵<ガズ>が飛空艇から飛び出し、こっちに襲いかかってきた。

 優しい人間なら、この場で<ガズ>と戦い撃破してやるのだろうが……すまん! 俺はそんなお人好しではない!


「ごめん! そして、さよならー!」


 俺はさらに高度を上げて、<ガズ>の攻撃が届かない所まで一旦逃げる。

 すると、どうだろう。空を飛べない装機兵はエーテルスラスターを一気に使い果たし、そのまま地上に落下していくではないか。

 こんな空高くからスラスターの補助なしで落ちるのだから、確実に大破するだろう。

 少し考えれば分かることだが、やけくそになった敵は冷静さを欠き同じように空中に飛び出しては、自滅への道を辿って行く。


「くそっ! なんて後味の悪い戦いだ! とっとと終わらせるぞ!!」


 <サイフィード>のアークエナジスタルからワイヤーブレードを出し、右の三本爪で把持して飛空艇に突撃する。

 エレメンタルキャノンを回避し、蛇腹状の刃を伸ばして艦橋に直撃を与える。接近するのは少々危険が伴うがこっちの方が威力は高い。

 残る飛空艇は二隻。現時点で既に<ロシナンテ>を追撃する戦力はないのだろうが、ここまで来たら徹底的にやる。

 敵への情けは後々復讐という形でこの身にふりかかる。いや、それならまだいい方だ。

 俺が見逃した敵が再び現れて仲間を手に掛けた、なんてことになったら目も当てられない。

 悪魔と罵られようが、敵は確実に潰す。それが俺の戦い方だ。

 一隻に攻撃を集中。ブレスでダメージを与えつつ接近し、最後はワイヤーブレードの中距離斬撃で破壊する。


「残り一隻!」


 最後の飛空艇に攻撃を加えようとした時、コックピットに警報音が鳴り響く。同時に、<サイフィード>から恐怖のような感情が流れてくるのが分かった。


「何だ? どうした<サイフィード>!? お前、何に怯えているんだ!?」


 <サイフィード>が強い反応を示す方向に注意を向けると、そこに黒い飛竜の姿があった。


「何だ、あれは!? 黒い……竜? <サイフィード>の飛竜形態とそっくりだ」


 すると、黒い竜からこっちに向けて光弾が発射された。


「撃ってきた!? くそっ!」


 ぎりぎりで光弾を躱し、次の攻撃に備えて黒竜に注意を向ける。すると、ヤツはさらに高度を取って頭上から再び光弾を連射する。


「これは<サイフィード>のブレスと同じ攻撃? 何なんだこいつは!?」


 戸惑いながらも敵のブレスを回避し、『鑑定』スキルで敵の正体を探る。


【ベルゼルファー】

HP???? EP400 火力2000 装甲2200 運動性能200

属性:闇

武器:エーテルブレード、エーテルアロンダイト

術式兵装:ギルティブレイク、ウロボロス、ヨルムンガンド

武器(飛竜形態時):ドラゴンブレス

術式兵装(飛竜形態時):ドラゴンブレス・パワー


「<ベルゼルファー>!? それに飛竜形態って!?」


 戸惑う俺の隙を突いて黒い竜が接近する。敵は翼と尻尾のエーテルスラスターを巧みに操り<サイフィード>の頭上に躍り出た。


「しまった! 上を取られたっ!」


『遅いな』


 コックピットに見知らぬ男の声が響く。それは黒い竜<ベルゼルファー>の操者の声だった。

 その直後、敵は両腕の三本爪で<サイフィード>の背部を掴み、そのまま地上目がけて急降下し始めた。

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