第24話 聖女の近衛騎士
説明は長くなったが、そういう理由で『第四ドグマ』からの夜逃げは順調に進み、あともう少ししたら夜明けになる。
夜が明ければ先に脱出した数隻の飛空艇は安全圏に入るので、そのタイミングで
『第四ドグマ』の飛空艇用の港には<ロシナンテ>と他二隻の飛空艇、そして<サイフィード>と<ウインディア>が残っている。
俺は<サイフィード>のコックピットのモニターに敵の反応はないか警戒していた。
<ウインディア>に乗るフレイアも同じように周囲を警戒している。
その時、コックピットに生体反応接近の警報が鳴る。一瞬驚いたが、それがティリアリアであることを確認してホッとした。
彼女が<サイフィード>の正面に来てコックピットを開けろと言っているのでどうしたのだろうと思いながら開けてみる。
「どうしたんだよ、ティア! いつ敵が攻めてきてもおかしくないんだぞ! 早く<ロシナンテ>に戻りなよ!」
「これを渡したら、すぐに戻るから早く上げて!」
そう言って、ティリアリアは<サイフィード>の掌にちょこんと飛び乗った。本当に自由奔放と言うか天真爛漫というか逞しい聖女様だ。
俺はティリアリアの指示通りにゆっくり<サイフィード>の手をコックピットまで近づける。
「はい、これ」
ティリアリアは持っていたかごを俺に見せながらコックピットに入ってきた。
かごの中にはサンドイッチやぶどうジュースが所せましと詰まっており、それを見た瞬間に俺の腹が鳴った。
「ふふふ、やっぱりお腹空いていたみたいね。もう何時間もここで見張りをしているから、そろそろお腹が空くんじゃないかと思って作ってきたの。フレイアにはついさっき同じ物を渡してきたから気にせず食べちゃって大丈夫よ」
そう言いながら、ティリアリアはぶどうジュースの入った瓶の蓋を取って俺に勧めてくる。
自分用の飲み物も持って来たらしく、二本分のぶどうジュースの芳醇な香りがコックピットを満たして、より食欲を刺激する。
「ありがとう、それじゃいただきます。んぐっ、んぐっ……ぷはぁ~、美味い! 染みるわぁ~!」
冗談抜きで超絶にぶどうジュースは美味かった。キンキンに冷やされた水分が、渇きを覚えていた喉に適度な甘さと共に一気に染みわたっていく。
そこからは間髪入れずにサンドイッチを口に押し込み、次から次へと食べていった。その様子をティリアリアが微笑みながら見ている。
「ん? んぐっ! んんぐっ!?」
連続でサンドイッチを頬張っていたので、お約束通りに喉に詰まらせてしまった。あまりにテンプレな展開に恥ずかしい気持ちがあったが、恥ずかしがっていたら命の危険があるので必死に飲み物を探す。
だが、無情にもそこには空になった瓶が佇んでいる。
「んんんむぐっ!?」
絶望した。食べ物がまだたくさんあるのに、先に飲み物を飲み切った己の浅はかさに絶望した!
「もう、何やってるのよ! はい、これ飲んで!」
「んぐっ!? んぐっ、んくっ……ぷっはぁ~! 死ぬかと思った。ありがとう、ティア。助かったよ」
ティリアリアがくれたぶどうジュースのおかげで、俺は命を取り留めた。こんな危険な目に遭ったのは<フレスベルグ>の〝天空逆ハンマー投げの刑〟以来だ。
「まだ飲み物があったのか。必死に探しても見つからなかったんだけど」
「それは、私が飲んでいたジュース。まだ残っていたから……」
うん? 待てよ? このぶどうジュースをティリアリアが飲んでいたということは……それはつまりあれってことですか?
「それって、間接……」
「そういうことを一々口に出さないの! 恥ずかしいでしょ、もう!!」
目の前にいる銀髪美少女の顔が赤くなる。何だろう? この甘酸っぱい雰囲気は。
以前の人生では恥ずかしながら女性とあまり接点がなかったので、リアルでこんなイベントは人生初だ。
ギャルゲーではこんな感じのイベントはたくさんあったけど、画面越しと実際では全くの別物だ。
ティリアリアはちょっと怒ったり、照れ隠しをしたりするときは頬を膨らませる癖がある。
今も顔を赤らめながら頬を少し膨らませて非難の目を向けているが、それが照れ隠しによるものだということは、この二ヶ月間の付き合いで分かるようになった。
解放状態とは言え、コックピットという密室でこの雰囲気は危険だ。
それに、<サイフィード>のコックピットでは初陣の最後の最後で俺は彼女に粗相をしてしまった経験がある。
この甘酸っぱい雰囲気の中で、当時の記憶がフラッシュバックする。
お互いに口数が少なくなり、顔を上げてみるとティリアリアはコックピットシートの方を赤い顔で見ていた。
そこは、まさに俺が彼女の胸を触ってしまった現場である。
「えっと……ティア、今どこを見て……」
「え、いえ、だって私ここであなたに……あっ!」
ここまで言って、ハッとしたティリアリアは急に口をつぐんだ。だが、その最初の言葉だけで、彼女が俺と同じことを考えていたことは明白だった。
あれから二ヶ月の間に俺たちの関係は変わった。
彼女が聖女として『第四ドグマ』の戦力立て直しに奮闘し実質的指導者になる中、最前線で戦う俺はいつの間にか聖女の近衛騎士扱いになっていた。
それは一緒に戦っているフレイアが聖女の侍女であったこと、俺の戦いは常に聖女を守るという環境であったことが理由らしい。
気がついたら周囲がそのように思っており、ある日ティリアリア本人からもその役職に就かないかと言われ、俺は二つ返事で了承した。
給料は中々よく、職場には聖女と侍女の美女二名がいるので断る理由はなかったし、劣等騎士として辺境送りになった身としては信じられない位の好待遇だった。
そう言うわけで、現在目の前で顔を赤くしている聖女様は俺の護衛対象であり上司的立場にある。
聖女付きの近衛騎士と言っても普段は<サイフィード>に乗ってパトロール、敵が来たら戦闘、という生活をしていたので、あまりティリアリアとは会えていない。
こうしてちゃんと会話をしたのも数日ぶりだった。だから、好感度を上げる機会はなかったのだが、今のこの雰囲気は決して悪いものではないはずだ。
「あのさ、ティア……」
「な、なに? ハルト……」
ゆっくりとだが、確実に互いの距離が近づいていく。俺の顔とティリアリアの顔が、あと数センチで接触する。
その時コックピットのアラートが鳴り響いた。俺は反射的にシートに移動しモニターで確認すると、遥か向こうの空に朝日を背にして巨大な構造物の姿が映る。
そのシルエットだけでそれが何なのか俺には分かった。
「来たか……飛空要塞。フレイア、敵が来た!」
『ああ、こちらも確認した! ティリアリア様はそこにいるのか?』
「ああ、今からティアを<ロシナンテ>に届ける。戻ったら、飛竜形態で攻撃を仕掛ける。フレイアは<ロシナンテ>の護衛に回ってくれ」
『分かった』
この二ヶ月、一緒に戦ってきたフレイアとは互いに聖女付きの護衛という立場にもなり、相棒と呼べる間柄になっていた。
今では互いに信頼して背中を預け合える戦友だ。多くの戦いを経験して彼女はレベルアップして強さに磨きをかけている。
装機兵<ウインディア>も強化が進んでいて、大概の敵は相手にならない。
【ウインディア】
HP4600 EP350 火力2800 装甲2500 運動性能210
属性:風
武器:エーテルブレード、エーテルランス
術式兵装:リアクターブレード、エレメンタルキャノン(風)
【フレイア・ベルジュ】
年齢:18歳 性別:女
Lv:27
近接攻撃:232 遠距離攻撃:178 防御:190 反応:223
技術:215 マナ:245
【バトルスキル】
勤勉 抹殺 蹂躙
【パッシブスキル】
免許皆伝 インファイター(Lv4) 鍔迫り合い エース
「ティア、今から<ロシナンテ>に送り届けるからこっちに」
残りの食事をかごにしまって、初陣の時のように彼女と密着する形になりながら、俺は<ロシナンテ>の格納庫に<サイフィード>を移動させた。
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