第17話 ワンパク聖女とドM侍女

「ティリアリア様っ!」


 ティリアリアの名前を呼ぶ女性の声。俺たちがその方向に目を向けると息を切らした赤い髪の女性が立っていた。

 ついでに言うと真っ赤な瞳で俺を睨んでいる。はいっ! 来ました、来ましたよー! 常にアンガーガール、フレイアさんの登場です!

 そこで俺は長椅子から立ち上がり、いつでも逃げられるよう試みる。

 その椅子から立ち上がるという一瞬の動作の間に、フレイアはあっという間に距離を詰めて俺とティリアリアの間に割って入る。

 速い! 速すぎる! ○万石饅頭まんじゅう! このネタを分かる人がいるかどうか怪しいところだが、この先俺が生存ルートに行けるかどうかの方が怪しいもんだ。

 目の前には凶暴な肉食獣のような女が、今にも俺のタマを取るような勢いで睨んでいるのだ。

 コエーよ。まだ動物園で見たライオンの方が優しい眼差しで俺を見ていたよ。


「貴様……ティリアリア様に何をしようとしていた?」


「何もしようとしてないよ。ただ話をしていただけだ!」


「な……! ナニ……だと!? ふざけるな! そんなことをしようとしていたのか!?」


 え? ちょ、待って! 何でこの人怒ってるの? 俺は何もしてないって言っただけ……ん? ナニ?


「おい! ちょっと待て! まさかお前、俺が言った〝何〟を下ネタ方向の意味で捉えたんじゃないだろうな!?」


「え?」


 言葉には出さなかったが、そのキョトンとした表情一発で俺は理解した。この赤髪女の顔には「え? 違うの?」という言葉が貼り付いていたのだ。


「とても真面目そうな顔して、とんだドスケベ女だな! 普通、今の会話でそっち方向に考えるか? そうなるってことは、お前普段からそういうことばっかり考えてるだろう!?」


「ひゃん!?」


「へ? 『ひゃん』?」


 普段男勝りなフレイアの口から、甲高い声が漏れた。その声にはどこか悦びを含んでいるような感じがした。

 目の前の肉食獣を見ると、さっきまでの百獣の王も真っ青の勢いはどこへ行ったのやら、上気し目を潤ませしおらしくなっている。

 何てこった。こいつはあれだ。ドMだ。普段強気でいるために、そんな性癖を持っているとは気づかなかったが、今分かった。ドMだ。大事なところだから二回言った。


「まさか、聖女お付きの侍女がドMだったとはな。聖女はワンパクな性格だし、いったいどうなってるんだよ!?」


 俺が「ドM」と言うと、フレイアは両手で自身を抱いて身を震わせている。見るからに恐怖や怒りによるものとは全く別の理由でそうなっているようだ。

 どうやらこの方、相当な筋金入りらしい。


「わ、私は屈しないぞ! お前のような卑劣な男に、屈してたまるものか!!」


 言葉と行動が噛み合っていない。現に抵抗の意を示しつつ、微妙に身をくねらせている。とんだ変態だ。ここで俺はティリアリアに視線を移す。

 

「どうかしたの?」


「どうかした……って、このフレイアの様子を見て君は何とも思わないのかね?」


「いつも通りだけど」


 ティリアリアはフレイアがドMだと知っていたらしい。ワンパク聖女とドMボディガードのコンビ……ゲームで見た二人とはかけ離れた姿に乾いた笑いがこみ上げてくる。

 もしも初対面時にこの光景を目の当たりにしていたら、俺は驚きのあまりに寝込んでいたかもしれない。

 それが笑って済むのだから慣れとは恐ろしい。


「……それじゃ、俺はそろそろ寝るよ」


「なっ! 私をお前の部屋に連れ込もうというのか!?」


「ティアといい、お前といい、どうして〝部屋〟という単語が出ると連れ込まれることを前提に考えるんだよ。まさか、お前らお持ち帰り希望者なのか?」


「「そ、そんなことない! バッカじゃないの!?」」


 息の合った反論をする二人。こいつらはどうやら似た者同士のようだ。どっと疲れた俺はこの先の不安を感じながら、二人に「お休み」と言ってその場を後にした。

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