第16話 乙女心は計測不能

 その夜、俺は<サイフィード>に乗って『第四ドグマ』周囲の索敵を行っていた。これは機体の操縦に慣れるための訓練も兼ねている。

 エーテルスラスターを使用して、急加速や急停止をしたり跳んだり跳ねたりする。装機兵での戦闘ではエーテルスラスターを如何に上手に使えるかが重要だ。

 初戦闘の時のように勢い余って障害物に激突したら、隙だらけになってたたみかけられてしまう。


 王都からの増援が望めない以上、敵が攻めてきたら<サイフィード>が戦いの要になる。だからこそ、マドック爺さんたちは急いでコイツの調整をしてくれたんだ。

 はっきり言ってめちゃくちゃプレッシャーがかかっている。胃がきりきりする。

 先日のようにたくさんの敵に単独で突っ込んで行くのも怖いし、自分が死ぬかもしれない状況に立たされるのも当然怖い。

 そして何よりも俺がポカをやって皆が死んでしまったらと考えると、それが何よりも怖い。


 アニメや特撮、ゲームの中で世界を守るため孤独に戦うヒーローたちは、こんな胃に悪いプレッシャーを普段から抱えていたのだろうか? 

 こんなんじゃ、世界を守る前に自分が身体壊すわ! 本物のヒーローたちのメンタルは鋼でできているのだろうか? 

 俺はそんな大それた者じゃない。ついこないだまで、ゲームをたしなむただの一般人だったんだ。

 果たして、こんな豆腐メンタルでこの先やっていけるのか?

 

 見回りから戻り、<サイフィード>を所定の位置に戻してコックピットから降りると、そこに見知った人物がいた。


「おかえりなさい。こんな時間に見回りなんて大変ね。喉乾いたでしょ? これあげるわ」


「ありがとう、それじゃお言葉に甘えて」


 そこにはティリアリアがいた。飲料水が入ったボトルを俺に手渡して、近くに置いてあった長椅子に座る。

 まだ、一人座れるスペースがあり、彼女はそこをぽんぽん叩いて俺に隣に座るように促す。


「おじゃまします」


「どうぞ」


 ティリアリアとこうして話すのは、彼女を<サイフィード>のコックピットから降ろして以来だった。

 散々セクハラを働いてしまったため、彼女に訴えられるのではないかとヒヤヒヤしていたが、この数日そんな動きはなく経過していた。

 

「何だか表情が優れないようだけど大丈夫? どこか調子悪い?」


「いや、身体は健康そのものだよ。ありがとう」


「身体は……か。それじゃ、心の方が参っちゃってるのね」


 正直驚いた。この十七歳の少女は俺の心の機微に一瞬で感づいたらしい。俺が同い年の頃は、ゲーム攻略のことで頭が一杯だったというのに。……あ、それは今もか!

 何はともあれ、周囲から聖女と慕われるだけのことはある。彼女を聖女たらしめているのは高いマナでも予知能力なんかでもなく、このように人の内面を見る力なのだろう。


「少しだけ……ほんの少しだけ参っちゃってるかも」


「ハルトが嫌でなければ私に話してみて」


 ティリアリアは曇りのないまっすぐな眼差しで俺を見ている。彼女の瞳に俺の姿が映っているのが見えた。

 すると、俺は見回りの時に感じたプレッシャーを自然と彼女に話していた。彼女は、時々頷き最後まで話を一切遮ることなく聞いてくれた。


「そっか……ハルトって意外と真面目だったのね。驚いたわ」


「最終的に出てきた言葉がそれか」


「気負いすぎなのよ。誰もあなた一人に全てを背負わせようなんて思っていないわよ。実際、製造途中だった新型の装機兵を今急いで仕上げているところよ。その機体にはフレイアが乗る予定なの。フレイアは強いわよ~。生身でも強いし、装機兵の操縦でも負けたところなんて見たことないわ」


 正直その話を聞いて、俺の胃は少し元気になった。ティリアリアの侍女のフレイア・ベルジュは、ゲーム内でも屈指の実力を誇る操者だった。

 基本的に、彼女はティリアリアと行動を共にしているのでゲーム内での出番は少ない。それでも鮮烈な印象をプレイヤーに与える強さを彼女は持っていた。

 もしも、フレイアが主人公機である<ヴァンフレア>の操者になっていたら、間違いなくゲーム中で最強の一角になっていただろう。

 彼女のステータスやスキルは、それだけ<ヴァンフレア>と高いレベルで噛み合っていたのだ。

 そんな、フレイアが俺と一緒に戦ってくれるらしい。嬉しくて涙が出そうなのだが、少し引っかかる部分もあるので聞いてみる。


「でも、フレイアってティリアリアのボディガードだろ? 護衛対象ほったらかしにして前線で戦うの?」


「簡単な話よ。私はしばらくこの『第四ドグマ』や飛空艇<ロシナンテ>でお世話になるから、フレイアは私を含めた味方を守るために戦う決意をしたの」


 フレイア、カッコエエ! 少し、いやかなり怒りっぽいが、クールビューティーなボディガードは鋼のメンタルを持っているようだ。実にあやかりたいものだ。

 フレイア参戦の報を聞いてニコニコする俺の顔を見ながら、隣の聖女様が頬を少し膨らませて面白くなさそうな顔をしている。


「ずいぶんと嬉しそうね。ハルトって、フレイアみたいな娘がタイプなのね? 確かにフレイアは私から見ても綺麗だし、スタイルも出てるところは出てて、しまるとこはしまってるし、いいわよね~」


「いったいどうしたんだよ? フレイアのこと褒めながら何で怒ってんの?」


「べっつに~、怒ってませんとも! どこかの誰かがどさくさに紛れて、私を変な呼び方で呼んだり、胸を触りまくったことについて、全く怒っていませんとも! それなのに、数日間、そんな私をほったらかしにしておいて、別の女の子のことを考えてニヤついている男になんてイラついていませんとも!!」


 聖女様は激おこだった。そして、この時の彼女の言動で俺はあることに気が付く。『第六ドグマ』での戦闘中、切羽詰まっていた俺はティリアリアを、つい〝ティア〟と呼んでしまったのだ。

 ゲーム内でティリアリアは一度もティアと呼ばれたことはない。その呼び名はプレイヤーたちが攻略掲示板などで勝手に呼び始めた愛称だ。

 呼びやすいし、響きも可愛いしで俺たちの間ですっかり定着していた。最初は、初対面の女性に馴れ馴れしいと思って言わないように気を付けていたのだが、習慣とは恐ろしい。

 無意識にティリアリアを、自分の彼女のごとく勝手な愛称で呼んだ挙句に胸を揉みまくったのだ。

 彼女が怒るのも無理はない。


「本当にすみませんでした。今後一切、変な呼び名で呼ばないし、身体にも一切触れません。半径一メートル以内に絶対近づかないので訴訟は勘弁してください!」


 そしたら、ティリアリアはますます不機嫌になっていく。頬はますます膨らみ、いつ爆発してもおかしくない。

 どうしてこうなった? 俺の言い回しに不自然なところはなかったはずだ。中学生の頃、一時期恋愛ゲームにはまっていた影響で、正しい選択肢を選ぶスキルは身に付いている。

 怒っている人には真摯な態度で謝罪する。これがベストな選択なはず。これが通用しないのなら……お手上げだ。

 俺の知らない選択肢が存在するというのか?


「私は別に『ティア』って呼ばれたこと怒ってないし、むしろ自分でもいいかもってちょっと気に入ってるし。私が怒ってるのは、そんなんじゃなくて、あの後全然会いに来てくれなかったことで……」


「えっ? 何だって!?」


 最初の方は何とか聞こえたが、ティリアリアの声はしりすぼみになっていき最後の方は全く聞こえなかった。


「もういい! この朴念仁ぼくねんじん! とにかく、今後私のことはティアって呼んでいいから! 半径一メートル以内に入ってもいいの! でも、いきなり胸を触るのは禁止!」


「は、はぁ……!? えっ? ティアって呼んでいいの?」


「そう、いいの! それと敬語も禁止! 私の前でフレイアをべた褒めするのも禁止!」


 「フレイアを褒めまくったのは、あなたの方じゃないですか」という言葉が喉元までこんにちはしていたが、俺はそれをぐっと飲み込んだ。

 言ったら百パー怒られる。そうなれば聖女の膨らんだ頬は次には爆発するだろう。

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