第10話 竜の魂の在処
「もうこんな時間か、そろそろ寝ないと。部屋までお連れしますよ」
「え? あなたの部屋に行くの? まさかそこで私を……」
「違う! ティリアリアさんの部屋まで送るって言ってんの!」
俺がコンテナの端に手をかけて立ち上がろうとした時、彼女が俺の袖を引っ張った。その時の彼女の表情はさっきまでとは打って変わって真剣な様子だ。
「ちょっと待って。ハルトさん、あなた私のペンダントが欲しいのでしょう?」
ティリアリアは、赤い宝石の付いている首飾りを取り出し俺に見せてくれた。それは掌に収まるサイズで、淡い光を放っている。
「……綺麗だ。これがドラグエナジスタル……」
「あなたが気を失った後、マドックさんが教えてくれたの。この白い装機兵を動かすために、これが必要だって」
「でも、これは――」
その時、突然巨大な揺れが俺たちを襲う。俺たちが腰を下ろしているコンテナも激しく揺れ、俺たちはその場から投げ出された。
声を上げる暇もなかった。俺は咄嗟にティリアリアを抱き寄せて、空中で体勢を立て直し無事に地面に着地した。
しかし、揺れは続いている。それどころかどんどん強くなっているようにも思える。
それに気のせいだろうか? 何かがぶつかるような大きな音も少しずつ強くなっているようだ。
「あ……あの……」
俺の胸のあたりから、
その夢の空間と俺の顔の距離は十数センチ程度、桃源郷は割と近くにあったらしい。
「ごめん! おっこちるところだったから、つい」
「い、いえ……ありがとう。おかげで助かったわ」
あわててティリアリアと離れた時、「ズドォォォォオオオオオオオオオオン!!」という衝撃音が響き渡る。同時に、倉庫も激しく揺れる。
とても嫌な予感がする。目の前にいるティリアリアも様子がおかしい。
「……来る……たくさんの巨大な騎士がここにやって来る……」
虚ろな目で、ティリアリアは予言めいたことを言った。そう言えば、彼女には先見と呼ばれる一種の予知能力があったはずだ。
その力で今ここを襲っている事態を把握しようとしているのかもしれない。
俺はこの場から出ようと倉庫の出入り口の扉を開けようとするがびくともしない。再び大きな衝撃音が響くと、天井からパラパラ破片が落ちてくる。
「くそっ! 開かない! もしかしてさっきの衝撃で扉が歪んだのか!?」
扉はびくともしなかった。足で蹴ろうが体当たりをしようが微動だにしない。さらに状況は悪化する。倉庫に火の手が回ってきたのだ。
火はすごい勢いで広がっていき、倉庫内の温度はみるみる上がっていく。おまけに密封された空間では、酸素が少なくなっているのか息苦しさも感じる。
このままでは二人とも助からない。それに、断続的に続く衝撃音やさっきのティリアリアの予見から考えれば、現在この『第六ドグマ』は装機兵の攻撃を受けている可能性が高い。
運よくこの倉庫から脱出できたとしても扉の向こう側は火の手が回っているだろうし、もしかしたらここを襲っている装機兵が待ち構えている可能性も否定できない。
俺とティリアリアが生き延びる手段は一つのみだ。俺は、目の前に佇む白い竜騎士を見上げる。
「ハルトさん、これを」
ティリアリアは、ドラグエナジスタルを俺に手渡した。赤い宝石は炎に照らされ、ゆらゆら輝いている。
「でもこれは君のお母さんの形見じゃないか」
「いいんです。元々これは私のお爺様がマドックさんから一時的に預かっていたものです。この<サイフィード>が何者かに悪用されないように、適合者が現れるまで持っていて欲しいと。それを母が預かり、私に受け継がれました。いつか、この白き竜を正しく導く人物に返すために。そして、それが今なのだと私は確信しました」
今、俺の目の前で語るティリアリアは、まさにゲーム内に見た〝聖女〟そのものだった。強い意思を持った目と揺るぎのない言葉が俺の心に響く。
「……分かった。ドラグエナジスタル、確かに受け取りました」
「はい。ハルト・シュガーバイン、竜の魂をあなたに託します」
俺はペンダントからドラグエナジスタルを外し、<サイフィード>に近づく。すると、胸部装甲の一部が開き、何かをはめ込む窪みのある装置が姿を現した。
俺は、迷うことなく窪みにドラグエナジスタルをはめ込む。すると、装置が作動し赤い宝石は固定され、胸部装甲は再び閉じて元の状態になった。
すると、胸部装甲から赤い輝きが溢れ、同時に<サイフィード>の両肩に設置されている緑色のアークエナジスタルも輝き始める。
それはまるで、この白い巨人に再び命が戻ったことを知らせるサインのようだった。それを見届けた俺は自分でも驚くほど冷静だ。
先日試験用の装機兵に乗り込む時は、あんなに騒いだり興奮したのに今は妙に落ち着いている。
俺が<サイフィード>の胸部ハッチに近づくと、勝手にハッチが解放し内部にあるコックピットシートが姿を見せる。
「俺に乗れって言っているのか?」
俺はシートに身体を預ける。すると妙にしっくりフィットする感じがした。身体もそうだが、自分の魂というか精神が抵抗なく収まる……そんな感じだ。
「ティリアリアさん、こっちへ」
「は、はい。失礼します」
俺に続いて、ティリアリアがコックピットに入る。装機兵のコックピットは基本一人乗りなので、はっきり言って狭い。
朝の通勤ラッシュ時の山手線の電車内とまではいかないが、この空間に二人の人間が収まるにはかなり密着しなければならない。
ティリアリアは俺に前方から抱き付くような姿勢でいる。俺の胸にめちゃめちゃ柔らかいものが当たっており、普段なら男としてすんごい興奮してしまうところだが、今の俺はまるで賢者タイムの如く冷静だ。
「きゃっ! う……ん……せま……い」
胸部ハッチが閉まった影響でティリアリアがより俺と密着する。その時の彼女の色気のある声と鼻腔をくすぐる甘い香りに俺は反応してしまう。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚……五感のうちの四つまでもが刺激され、俺の賢者タイムは終わりを告げ不覚にも下半身のアレが俺の意思とは関係なく起き出した。
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい! 落ち着け、言うことを聞け!
「あれ? 何これ? 何か固いものが当たって……それに大きくなっているような……まさか、これって……!」
「…………ごめんなさい」
俺の下半身の状況に気が付いた聖女様の顔が真っ赤になっていく。かといって今、ハッチを開いて外に出ることはできない。
現在<サイフィード>の周囲は絶賛火の手が回っており、こんなところに生身で放り出されたら命はない。
これではまるで俺が満員電車の中で痴漢を働いているようじゃないか! 違うぞ、俺は痴漢じゃない! それっぽいゲームをやったことはあるけど、現実社会では真っ当に生きてきた……はず!
「状況が状況だし、しょうがないわ。でも変なことしたらただじゃおかないわよ」
ティリアリアがジト目で俺を見上げる。これに対しゾクゾクする快感を覚えた俺は変態なのだろうか?
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