第9話 ハルトとティリアリア

 本格的な仕事は明日からなので今日はゆっくり休めと隊長さんに言われ、俺は一旦部屋に戻ってみたものの、全然寝付けなかった。

 気を失っていたとはいえ、数時間たっぷり睡眠を取ったので眠れないのも無理はない。

 それに、この『第六ドグマ』に来てからというものの、竜機兵<サイフィード>や聖女ティリアリアに立て続けに会って興奮しっぱなしだったので、今になって意識が覚醒してしまったのかもしれない。

 この時になって、俺はティリアリアにドラグエナジスタルの件を全く話していないことに気が付いた。


「……はぁー、どうすんだよ。次にどんな顔して会えばいいんだよ? それに彼女のドラグエナジスタルって母親の形見……なんだよな?」


 色々と考えてしまい余計眠れなくなった俺は、無意識に工場区に向かっていた。昼間の喧騒は鳴りを潜め、夜間は夜勤担当の最低限の人数で作業をしているようだ。

 俺は、彼らと挨拶を交わした後、工場区のさらに奥に歩いて行った。今日俺がここに来たばかりの時にマドック爺さんが俺を連れて行ってくれた場所だ。

 俺は奥にある倉庫の照明をつけて、再び純白の竜機兵と対面した。現在この機体の魂は、あのなんちゃって聖女様のおっきなおっぱいの谷間の中だ。

 

「……うらやましい……って違う! 断じて違うぞぉぉぉ! あれはまやかし! あれはまぼろしっ!」


 ため息をつきながら俺は<サイフィード>の正面に置いてあるコンテナに座って足をぶらぶらさせながらボケっとしていた。


「俺は一体この世界で何をすればいいんだろう?」


 その時、倉庫の出入り口に気配を感じてすぐさま振り向くと、そこにはネグリジェのような寝間着姿にカーディガンを羽織った聖女様が立っていた。


「今晩は」


「え……あ、今晩は」


 驚いたことにティリアリアは普通に俺に挨拶をしてきた。昼間、俺は彼女に散々酷いことを言ってしまったにも関わらず、だ。

 ゲームの中に見た彼女に俺の勝手な理想像を重ね、実際にはそれと違っていたからという理由で、俺は彼女に「うそだ」とか「だましたな」とか言ったのだ。

 彼女からしてみれば初対面の男にそんなことを言われたのだから堪ったものではなかっただろう。

 常識的に考えれば、そんな危険人物には近づこうとはしないはず。もしも、俺が彼女であったなら、ダッシュで逃げるだろう。


「そっちに行ってもいい?」


 さらに驚いたことに彼女は逃げるでもなく、こっちに来たいと言うではないか。もしかして、俺に止めを刺しに来たのか? そうでもなければ、そんなことは言わないだろう。

 いいだろう、何を企んでいるかは知らないが乗ってやる!


「どうぞ、どうぞ。でも、高さがあるから気を付けないと……」


「よっ! ほっ! えい! っと」


 俺の心配を他所に、彼女はあんなにひらひらした動きにくそうな服装で器用にぴょんぴょん跳ねながら、俺の近くまで登って来てコンテナに座って足をぶらつかせた。

 跳んでいる時の姿は服装も相まって、まるで天女を彷彿とさせる。


「すごい身体能力だね」


「あら、聖女と言ったって跳んだり跳ねたりできるのよ? むしろ私はこうやって身体を動かしているのが好きなの。だから、ここに休息に来たのよ。ここなら、人の目を気にせず外で思い切り走ったり、川に素足を入れて涼んだりしても問題ないでしょ?」


 ティリアリアは屈託のない笑顔を俺に向ける。あ……これはヤバい……何というか、清楚とはまた違ったベクトルでめちゃくちゃ可愛いぞこの娘。

 ゲームの中の彼女は、いつも微笑んでいて表情にあまり変化が無かったけど、今隣にいる彼女はコロコロ表情が変わって物凄く新鮮な感じがする。


「あの……昼間はごめんなさい。いきなり引っぱたいちゃって」


「あー……あれは俺が悪かったんだよ。初対面の人にあんな酷いことを言っちゃったんだから……だから、俺の方こそごめん」


「でも、手を出したのは私だし、そのせいで気絶させちゃうし。首大丈夫? 一瞬、身体の真後ろまで首が回っていたので、殺っちゃったかと思って」


 マジか! よく生きていたな俺。


「本当に大丈夫。別に痛くも何ともないので」


「でも……」


 こんなやり取りをすること約十ターン。俺たちは顔を見合わせて笑い出した。どっちが悪いのどうのこうのなんて、とっくにどうでもよくなっていた。

 すると、彼女は神妙な面持ちで俺に尋ねてきた。


「あの、ハルトさん。あなたとは今日が初対面よね? でもあなたは、私のことを知っている……のよね?」


「詳しくは知らないよ。聖女様を知らない人はこの国にはいないでしょ?」


「でも、あの時『俺のティリアリア』って言ったわよ」


「そんなこと言ったっけ? 覚えてないな~」


 我ながら白を切るのが下手くそだった。マドック爺さんならば、もっと上手に違和感なくやり過ごせたに違いない。

 俺にできるのはこの三流の大根役者級の演技のみだ。


「あの時から思っていたの。あなたは私に清楚とかお淑やかとかスタイルがものすごくいいって言っていたけれど、それって私が演じてきた私そのものだって」


 「胸がでかい」とは言ったが、「スタイルがものすごくいい」なんて言っただろうか? この人自分に都合よく解釈していませんか?


「だから……きっとあなたは私が想像する以上に、私のことを見ていたのよね? 公式の場の私を」


「そう……かな?」


 ティリアリアは歯を少し見せながら、ふふっと笑う。その屈託のない笑顔は彼女にぴったりで俺は見蕩れてしまった。

 清楚とは違う、天真爛漫な彼女は美しいというよりもとても可愛かったのだ。

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