第8話 推しの聖女の中身が予想と違っていた件

「おおー、すまんのう二人とも。チャイムを鳴らしたんじゃが、反応がなくての。中で何か危険なことでも起きていないかと心配して入らせてもらったんじゃよ」


 マドック爺さんは見事な言い訳をする。内容も違和感がないし、ちゃんと筋が通っている。見事なアドリブだ。この爺さんは役者としても食べていけるかもしれない。


「本当ですか? 先日のお触りの件もありますし、少し疑わしいのですが?」


「ひ、ひどいのう。こんな年寄りを疑うなんて、世知辛い世の中じゃ」


 前科一犯の爺さんの言い分はあまり信用されなかったらしい。赤毛の女性はジト目でマドック爺さんを見ており、爺さんはタジタジだ。

 すると、今度は俺の方に視線を向ける。品定めをするように赤い瞳で俺をジッと見ている。

 最初は怒りの表情で分からなかったが、この赤毛の女性も相当の美人であることに気が付く。


「な、何でしょうか? 俺は怪しい者じゃないですが」


「この世の中に自分は怪しい人間だと言う人はいないでしょう? マドック技師長と行動を共にしている時点で怪しさ満点です」


 罪を犯した爺さんの信頼は既に地に落ちていた。ついでに俺も道連れにされたのではたまったもんじゃない。

 

「ちょ、ま、待ってください。俺は止めたんですよ! 勝手に部屋に入っちゃ駄目だって! 俺は無実です!」


「わしを見捨てるのか! この薄情もん!」


「どんな言い訳をしようと、女性しかいないこの部屋に侵入したことには変わりありません。同罪です」


 仲間割れを起こした俺たちを、赤毛の女性は冷たい目で見ながら言い放った。彼女の言っていることは至極真っ当でありぐうの音も出ない。


「ふふふっ! あはははははははははははは!!」


 その時、部屋中に笑い声が響き渡る。まさに大爆笑といった感じだ。高校生の頃、教室で女子たちがこんな感じで大笑いしていたのを思い出す。

 若かりし頃を少し思い出しながら、この笑い声の主を探す。というか、最初から犯人は分かっていたのだが、俺の脳味噌がそれは絶対にありえないと事実を認めようとしなかっただけだ。

 この部屋で言い合いをしていた俺たち三人以外の人物。この大きな大きな笑い声の主はティリアリア・グランバッハその人であった。

 今も俺の目の前でひぃひぃ言いながら目に涙を溜めて爆笑している。あっ! 今テーブルをバンバン叩きながら笑い転げている。


「ティリアリア様、笑いすぎです。それに人前なのですからお淑やかにお願いします」


「だって~、あなたたちの会話面白すぎるんだもの! 今日一で面白かったわ」


 女性二人の会話を分析すると、どうやらこの銀髪の少女は、現在大笑いしているこの状態が素らしい。

 つまりだ……ゲームで見せていたあの清楚でお淑やかな姿は……幻想だったってことですか!? 演じていたってこと!? ティリアリアさん、あなた女優だったの!?


「うそだ……うそだ……こんなの……こんなの……うそに決まってる!! 俺のティリアリアは……こんな……女子高に通っている女子高生みたいにゲラゲラ笑ったりしない!! 笑う時には、もっと、こう、歯を見せないように、ニコってはにかんだように笑うはずだ!! こんな、おっさんみたいに笑いながらテーブルをバンバンしない!! 一体誰なんだお前は!? 正体を見せろ!! 本物のティリアリア・グランバッハをどこに隠した!! このヤロウ!!」


 いやね、分かっているんですよホントはね。多分、このおっさんみたいに笑っているのが本当の彼女なんでしょうよ。

 でもね、そう簡単に認められるわけないじゃないですか。だってさ、ずっと清楚でお淑やかで上品なボンキュッボンな聖女様だと信じていたんですよ。

 俺の理想を軽くオーバーキルする、理想以上の女性キャラだったんですよ。それが蓋を開けたら、女子高の生徒だったなんて…………簡単に認められるわけねえだろうがーーーー!!


「何なの、この人? 俺のティリアリアって……一体いつ私があなたのものになったの? バカなの? 死ぬの!?」


 女優業で聖女様をやっている女子高生はネットスラングに詳しかった。本当に何なんだこいつは!?

 現在進行形で、俺の中の清楚な聖女様像はガラガラ音を立てながら崩れている。完全崩壊までそう長くはかからないだろう。

 バイバイ、俺の理想を超えた聖女様。こんにちは、笑いながらテーブルをバンバン叩くオヤジ様。


「ティリアリア様、この男は危険です! お下がりください。マドック技師長、彼は一体何者なのですか? とても正気には見えないのですが」


「え? あー、いや、わしも今びっくりしているんじゃが……ハルト、大丈夫か?」


 マドック爺さんが俺を心配してくれているようだが、今お爺さんの気遣いに感謝している余裕は俺には一ミリもなかった。

 今、俺の中にあるのは、これまで俺をだまし続けてきた、なんちゃって聖女への憎しみだけだ。

 可愛さ余って憎さ百倍……このことわざを考え付いた人も今の俺のように憎しみの炎で身を焦がすような思いをしたのだろうか?


「ハルト……さん? あなた本当に頭大丈夫ですか?」


 今度は元凶であるティリアリアが声をかけてきた。その可愛らしい澄んだ声で俺の頭の中身を心配しているようだが、大丈夫なわけがないだろ! この詐欺師が!!


「よくも……よくも……俺をだましたなぁ! 今の今までよくもだましたぁぁぁぁ!! この、でかい胸だけが取り柄のおっぱい聖女がぁああああああ!!」


「誰がおっぱい聖女よ!? この変態風情がぁあああああああ!!」


「あべしっ!!」


 俺のシャウトに対し、間髪入れずに聖女様の怒りの平手打ちが俺の頬を綺麗に打ち抜く。

 その一撃で俺は情けないことに気を失い、意識を取り戻したのは日が暮れ夕飯時になった頃だった。

 俺の状態を心配したマドック爺さんが、医務室で目を覚ました俺の所にやってきて、俺を『第六ドグマ』装機兵部隊のメンバーに紹介してくれた。

 彼らと食堂で夕飯を食べながら、俺が聖女様の平手打ちを食らって意識を失った件は、既に『第六ドグマ』中に知れ渡っているという残酷な事実を知らされた。

 ああ、おうちに帰りたい。

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