第7話 聖女ティリアリア
「こいつのドラグエナジスタルは、三年前にわしの友人であるグランバッハに預けたんじゃ。ペンダントにして娘さんが持っていたんじゃが、彼女は二年前に亡くなっての。今は彼女の娘のティリアリア嬢ちゃんが持っておる。母親の形見としてな」
「え? ティリアリアって……まさか、ティリアリア・グランバッハ? うそ? マジで!?」
「うそじゃない! さっきからそう言っておるじゃろ!? 何を興奮しておるんじゃ、大丈夫?」
まさかの人物の登場に俺は興奮した。ここに来てから興奮しっぱなしなので血圧がえらいことになっているかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
目を一層輝かせて詰め寄る俺に、高名な錬金技師のお爺さんは少し怯えていた。ごめんね爺さん。でもね仕方がないよ、だってティリアリアは俺の推しなんだよ!
ティリアリア・グランバッハ。『アルヴィス王国』の貴族であるグランバッハ家の令嬢だ。
多大なマナを秘めていて、ある程度未来を予見したりできることから、その美しい外見も相まって〝聖女〟と崇められている。
年齢は十七歳。同年代の娘よりも少し大人びた整った顔立ち、大きな目と澄んだ青い瞳、キラキラ輝くプラチナブロンドの長い髪、そんでもって止めと言わんばかりに作中出てくる女性陣の中でもトップクラスのスタイルを誇る。
初めて見た時には、その美しさと巨乳に目を奪われ数分間画面を凝視してしまったほどだ。それくらい、俺の好みどストレートだったのである。
さらに内面にも死角はない。ストーリーでは物腰が柔らかく、清廉潔白、最初から最後まで清楚な淑女だった。
ここも俺のツボにはまった。外見・内面ともに俺にとって百点満点だったのだ。
ここまで褒めまくった彼女だが、ゲーム内での彼女の立ち位置はメインヒロインどころかサブヒロインですらない。
劇中では時々姿を現せる程度で、彼女の聖女としての活動はテキスト内で説明されるだけで本人は登場せずというのは基本の扱いだ。
そんな脇役の彼女が、一際輝くルートがある。一般的には〝聖女ルート〟と言われるものなのだが、内容はバッドエンドだ。
ティリアリアの高いマナに目をつけた敵組織が、彼女を自分達の勢力の代表に仕立て上げ、聖女の力を持って世界を統一しようとする。
これに異を唱えた竜機兵チームやその仲間たちが彼女を止めるために戦うというものだ。
聖女ルートの最終回、ティリアリアはゲーム内でも最強クラスの装機兵にマナの供給要員として機体に組み込まれ、竜機兵チームの前に立ちはだかる。
戦闘中に彼女から語られるのは、「自分に世界の憎しみを集中させ、最後に竜機兵に討たれることで憎しみを浄化する」というものだった。
バッドエンドとはいえ、推しである彼女の出番が大幅に増えるルートなので俺はこのルートが好きだ。
唯一納得がいかないのは、それまでほとんど会話すらしなかった主人公フレイに対し、ティリアリアがいつの間にか恋心を抱いていて、止めをこいつに求めるという最期のシーンだけだ。
この場面を感動的にするためにこのような無茶な流れにしたのではないかと俺は思っている。
そんな聖女ティリアリアが、<サイフィード>のドラグエナジスタルを持っているというのには驚いたが、そうなると正直どうしようもなくなる。
彼女はゲーム内では聖女として『アルヴィス王国』の色んな施設などに慰問に行っており、同じ場所に留まっていることは少ない。
彼女に出会える機会は少ないだろう。お手上げだ。
「ティリアリアさんがドラグエナジスタルを持っているんじゃ、しょうがないですよね。<サイフィード>の件は諦めたほうが良さそうですね」
「いや……まあ……そうなんだけどね」
爺さんは妙に歯切れの悪い反応をしている。何かもったいぶっているというか話しづらそうな感じだ。
「実は今、この『第六ドグマ』に来ているんじゃよ。最近ずっと忙しかったから、周囲に何もないここに休みに来たんじゃ、おととい」
「なん……だと……!?」
その後、俺ハルト・シュガーバインとマドック爺さんは、聖女ティリアリア・グランバッハのいる客室に向かっていた。
装機兵の研究、開発、製造を行っている、やかましい工場区画とは異なり、この客室の区画は静かで雰囲気も落ち着いている。
白い壁の通路が続いていて、時々綺麗な絵が飾られている。とても同じ建物とは思えない。
「どうじゃ、この絵。良く描けておるじゃろ。以前わしが描いてみたんじゃが、筆のノリが良くての。一日で仕上げたんじゃ」
まさかの爺さん作だった。絵の良し悪しは俺には分からないが、普通によく描けていると思う。
少なくとも俺が描いたら、丸と三角の物体が並んでいるものができるだけだろう。マドック爺さんは錬金技師としても超一流なのに、芸術面も秀でているなんてチートもいいところだ。
「ハルト、着いたぞ。ここがティリアリア嬢ちゃんが泊まっている客室じゃ。護衛の怖い嬢ちゃんもいるから粗相のないようにするんじゃよ。間違ってもお尻を触ろうとしちゃあいかん! 腕をひねり上げられた挙句に冷たい視線で見られる。そういった状況が苦でなければやっても構わんが……」
「そう言えば、若い娘のお尻を触るのが好きだよね、マドック爺さん。その口調だと、既にやらかしたんだね。スケベも大概にしないとひどい目に遭わされるよ」
俺とマドック爺さんは既に打ち解けていた。お互いにロボット好きというのもあるが、女性の好みも近く、ここまで来る間ずっとそんな話をしていたのだ。
マドック爺さんが部屋のチャイムボタンを押すが、しばらく待っても誰も出てこない。
「あれ? おかしいのう。ここに来ることは予め連絡しておいたんじゃが、留守かの?」
「そっか、じゃあ残念だけど出直して――」
俺が言いかけた時、爺さんはドアのボタンをいくつか押しており、間もなくドアが開いた。
爺さんは小さい声で「わしはここの責任者だから開錠のパスコードを持っているんじゃ」と得意そうに語っていた。
「爺さん、まずいって! 職権乱用だよ。それにばれたらヤバいんじゃないの?」
「甘いのう、ハルト。そういうのは、ばれなきゃいいんじゃよ」
自分に都合のよい解釈を並べながら爺さんはずんずん進んでいく。俺は、その後を恐る恐る忍び足で付いていく。
部屋の中は思ったよりも広く、俺のアパートの部屋の数倍はある。これが金持ちの力か。それにこの部屋、何だかとてもいい香りがする。
気を抜いていた俺に爺さんが静かにするように注意する。前方に誰かいるらしい。加えて女性の声が聞こえてきた。
「だ~か~ら~! 私はあそこには行きたくないって言っているでしょう! フレイア、私の話聞いてる!?」
「ちゃんと聞いてますよ。ですが、次の慰問先であるマルセン公爵は『アルヴィス王国』の中でも影響力のある方です。『ドグマ』にも多額の寄付を頂いていますし、我々の聖女活動にも資金を出していただいています。そこの招待なのですから、無下に断るわけにはいかないでしょう?」
「だって……あの男、私と会うと必ず上から下まで舐めまわすように見るのよ! 私が八歳の頃からよ!? 気持ち悪くてしょうがないわ! なので、今回はマルセン公爵の件はなしで!!」
「ですから無理です!! 聖女としての立場だけでなくグランバッハ家の代表として行く義務もあるんですから!!」
女性二人が大声で言い合いをしていた。一人は赤毛のロングヘア―で炎のような赤い瞳を持った女性だ。
どこかで見たことがあるような気がするが、もう一方の女性を見た瞬間に赤毛の女性のことが頭の中から吹っ飛んでしまった。
プラチナブロンドの髪に、少しゆったり目の服の上からでもはっきりと分かる抜群のプロポーション。
「すごい……本物のティリアリアだ……」
「!! 誰だ!!」
思わずぽつりとこぼした俺の声に赤髪の女性が反応した。鋭い眼光がこっちに向けられる。
女性のこんな怖い顔、生まれて初めて見たよ。俺はまるで蛇に睨まれた蛙のようにその場から動けなくなってしまう。
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