放送室でリンクする時⑩




―――今日一日のことって、一体何だったんだろう。


燐久と会い、時間が巻き戻ったり記憶を失ったり。 燐久の話すところからすれば瑛士を助けるために行われていたことだった。


―――瑛士くんの代わりに私が・・・?


少しずつ離れていく瑛士の顔が歪む。 今まで教室などでは決して見ることのできなかった表情。 必死に手を伸ばそうとしているが、既に宙へと投げ出された身体は決して手が届くことはない。


「千恵!!」


それでもその大きな叫びをゆっくりと流れる時間の中で確かに聞いた。 その瞬間だった。


「・・・ッ!?」 


空間がグニャリと揺れ視界がブラックアウトした。 すると何故か千恵は放送室で窓から外を見下ろしていたのだ。


―――え・・・?


今度は遠ざかっていくのが自分ではなく瑛士になっている。 先程と同じ時間の感覚の中で、ゆっくりと瑛士が落ちていくように思えた。 よく分からないがまるで自分と瑛士の位置が入れ替わったようだ。


「・・・瑛士くんッ!?」


室内から悲鳴が聞こえた。 他の先生も呼びに行こうと放送室を飛び出す生徒もいた。


「燐久先生! 燐久先生、時間を戻すの!?」

「・・・」

「早くしないと瑛士くんが!!」


燐久は何も言わなかった。 その瞬間外から鈍い音が聞こえた。


「ッ・・・! 瑛士、くん・・・」


視線を外へ向けることはもうできない。 その鈍い音が何かということくらいすぐに分かったからだ。 時間を戻さない限り瑛士は助からないだろう。


「燐久先生、どうして・・・」


燐久は目を開いたまま俯いている。 千恵は知る由のないところであるが、燐久ロボットは本来の自分から受け取ったデータを参照していた。 それは過去、瑛士と弟である燐久が交わした言葉だ。


『実は俺、好きな人がいるんだ。 同じクラスの女子なんだけどさ』

『そうなんだ』

『いつか彼女を幸せにしたい。 絶対に泣かせないし辛い目にも遭わせない。 自分を犠牲にしてでも守るって決めているんだ』

『でももしそれで兄さんが死んだらどうするんだよ?』

『それはそれで本望かな。 彼女のために死ねるのなら本望だ』


未来の燐久からしてみれば遠い過去の言葉だが、ロボットである燐久からしてみたらあまり関係がない。 必要な情報を瞬時に引き出すことができるのだ。


「・・・千恵さんだったのか。 兄さんの好きな人は」

「・・・え?」 


兄の死があれで本望だというのなら兄を助けては駄目だと思った。 もし兄を助ければ千恵が死んでしまうことになる。 歴史はどちらか一方の生しか受け入れることはないのだと燐久は理解していた。 

だから燐久は時間を巻き戻すことをしなかったのだ。


「よく、分からないんですけど・・・。 落ちたのは私のはずなのに、一体どうして?」

「今のは緊急措置が受けいれられてしまったんだよ」

「緊急措置?」

「もう僕には特別な力を使うことはできない」

「どういうことですか?」

「位置を入れ替えるのは最終手段だったんだ。 もし兄さんを助ける手がかりを何も見つけられなかったら、僕と兄さんを入れ替えようとしていた。 

 どんなことがあってもロボットの僕が身代わりになるつもりだったんだ。 ・・・だけど誤って、それを兄さんが使ってしまった」 


マイクのスイッチが入ったのは窓へ駆けた時に瑛士が押してしまったのかもしれない。


「瑛士くんの声が未来の先生に届いたということですか?」

「そう」

「位置を入れ替える時の言葉って・・・」

「チェンジだよ」

「ッ・・・」

「“千恵”という名前を“チェンジ”の合図だと間違えて認識してしまったんだろう。 一度しか使えない非常用の言葉だから、頭の文字だけで判断してしまったんだ。 

 タイミングがズレたらお仕舞だからね」

「・・・」

「未来の僕は兄さんと自分の声の区別がつかず、そのまま処理を行ってしまった。 ・・・本来はロボットの僕と兄さんが入れ替わる予定だったんだ」

「ロボットなら壊れるだけで済むからですか?」

「あぁ」

「だけど今回は、私と瑛士くんが入れ替わってしまったから・・・」

「大丈夫。 千恵さんのせいではないから」


燐久はそうフォローしてくれた。 だがその説明だけでは何となく腑に落ちないところもあった。


「あれ、でもそれっておかしくないですか? 瑛士くんのチェンジが発動したとしても、燐久先生と位置が変わらないとおかしいんじゃ」

「いや、全くおかしくないよ。 僕も兄さんも落ちていく千恵さんを見ていたんだ。 未来の僕に細かなことは分からない。 

 チェンジの発動は使用した本人と僕が見ていた相手になるよう設定されていたから」

「なるほど・・・」


千恵が助かったのは二人が自分を見ていてくれたからだ。 だがその代りに瑛士が犠牲になってしまった。 人の命を犠牲に助かるのは心が苦しくて仕方がない。 できれば巻き戻しをしてほしいところだ。


「あの・・・。 特別な力はもう使えないっていうのは?」

「緊急措置には僕が持つ全ての力を消費してしまう。 文字通り緊急措置で最後の手段として用意していたんだよ。 どのみち最終的には僕は廃棄される予定だったから」

「そうなんですか・・・」


この後瑛士は病院へと運ばれたが死亡したことが確認された。



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