放送室でリンクする時④
「一体、何・・・?」
何かは分からないが、何かがおかしいのだ。 そしてその答えを導くのはやはり目の前の燐久にあった。
「外を見てごらん」
「外・・・?」
外を見て仰天することになる。 鳥が宙に羽ばたきもせずに浮いている。 いや、鳥だけではない。 落ちる葉もその場に筆で描かれたかのように止まっている。
人も生き物も、何もかもが静止画のように固まっていた。
「え!? どうしてみんな止まっているの!?」
「・・・」
「燐久先生が何かしたんですか?」
「折角だから校内を歩きながら話そうか」
そう言われ燐久と一緒に放送室を出た。 自発的にものを動かすことはできるらしい。
―――うわ、静か・・・。
―――ここまで静かな学校なんて初めてだ。
廊下は静まり返っていて行き交っているはずの生徒が静止している。 とても奇妙な光景だった。
「一体どういうこと・・・? 燐久先生は何者なんですか?」
少し悩むと燐久は諦めた素振りを見せ話し出した。
「そうだね。 特別に千恵さんだけに教えてあげるよ」
「私だけ?」
“特別”という言葉にドキリとする。 だが今はドキドキしている状況ではなかった。
―――駄目駄目!
―――今の状況は現実では有り得ないことが起きているんだから・・・!
同時に自分の好きになった相手もどこか特別な存在であるということが嬉しかった。 だが燐久の次の言葉には流石に困惑せざるを得ない。
「実は僕、未来から来たんだ」
「・・・未来?」
「そう。 信じる?」
大好きな燐久の言うことのため、そのまま信じてしまいそうになっていた。
「・・・どうして未来から来たんですか?」
「兄さんを救うために来たんだよ」
「お兄さんを・・・?」
「僕の兄さんは今日、放送室で亡くなるんだ。 それを防ぎに来た」
「ッ・・・」
千恵に兄弟はいないが、例えば両親が危険な目に遭うと分かっていてそれを何とかできるとするならば、何とかしたいと思うだろう。 それは人ならば当たり前の感覚。
しかし映画などでよくある設定を見ていると不安も残る。
「でもお兄さんを生かしたら、未来が変わってしまうんじゃ・・・」
「それでもいい。 兄さんのためになるのなら」
燐久の憂う表情は共感を誘うものだ。 だがその話を全て信じるのなら分からないことが色々と出てくる。
「・・・どうして私にそれを話してくれたんですか? そんな大切なこと」
「それがマナーだと思ったから」
「マナーってどういう・・・」
「君は普通なら気付かないことに気付いていた。 僕からしてみれば気付かれてはいけなかったんだ。 もちろん千恵さんが悪いわけではない。
寧ろ、君のことに感心しているからこそ全てを話して聞かせたんだ」
燐久の言っていることがあまりよく分からなかった。
―――気付かないことに気付いていた?
―――服装や髪形の変化に気付いたこと?
だがそれが何を意味するのか分からないし、燐久のことを観察している自分からしてみれば大した話でもないのだ。
「申し訳ないけど、君の記憶を今から初期化させてもらうよ」
「初期化!?」
話していると校内を一周歩き終えたようで、再び放送室へと戻ってきていた。
「初期化・・・。 初期化って何ですか?」
「あぁ、初期化といっても生まれたばかりの状態になるわけではない。 そもそもそんなに遡及することはできないからね」
聞きたいことそういうことではない。
「どうして私は初期化されるんですか?」
「僕の秘密を知っちゃったからだよ」
『そもそも人間の記憶を初期化なんてできるんですか?』 という聞きたい言葉を飲み込んだ。
今現在の時間が止まっている様を見てみれば、現代の科学では起こり得ないようなことも容易くやってしまうだろうことは予想がつく。
寧ろ時間を止めることに比べたら記憶を奪うくらい、なんてことのない気がしてしまうのだ。
「今より未来、科学が発達した世界で色々なことが可能になる。 安心していいよ。 痛みとかは全くないから」
「・・・」
確かに未来では化学が発達していると想像できる。 だが未知なる力が身に降りかかるとなればそれは怖いものだ。
「初期化には少し時間がかかる。 このままだと授業が始まってしまうから、一時的に時間を止めさせてもらった」
千恵は放送室を後退る。 燐久にこのような思いを抱いたのは初めてだった。
「君のような存在がいると厄介なんだ。 僕が時間を操っていることがバレると、色々と問題があってね。 さっき言ったように未来も変わってしまうし」
燐久は放送のスイッチを入れた。
「僕の記憶と状態はそのままで時間を戻しているから、少しの違和感に君が気付く。 それだと駄目なんだよ。 僕はこっそりと兄さんを生かさないといけないんだ」
苦笑するように燐久は言った。 それに千恵は首を横に振る。
「私、初期化されたくない・・・」
「僕のために初期化されてよ」
「でも・・・」
燐久はグッと距離を縮めてきた。
「だって君、僕のことが好きなんでしょ?」
「ッ・・・」
『Initialize』
燐久はマイクに向かってそう言った。
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