放送室でリンクする時③
高校に入り千恵は放送委員会に入った。 放送委員会は放課後から朝にかけて、仕入れた情報を朝放送するという役目があるため朝が早い。
朝が苦手な千恵であるが、原稿の調整とリハーサルがあるため通学路を急ぐ。
―――一秒でも早く学校へ行かなきゃ!
学校から家が近いわけでもなく、こんな彼女が放送委員会に入ったのには明確な理由があった。 歩いてゆっくりと登校だなんて勿体なさ過ぎて、走って登校する。
運動も得意なわけではないが、それも頑張ることができる理由があった。
―――私をこんなにも変えてしまうなんて、本当に凄いよ!
―――燐久先生は!
学校へ着くと教室にすら寄らずに放送室へ直行した。 朝練がある生徒と先生くらいしか学校にいないため静かだった。
「燐久先生! おはようございます!」
「あぁ、千恵さん。 おはよう」
燐久の優しい笑顔はそれだけで全速力で走った疲れを吹き飛ばしてしまう程だ。 だがそこで千恵は燐久の雰囲気がいつもと違うことに気付いた。
「・・・あれ? 燐久先生?」
「うん?」
「中に着るセーターの色、変えました?」
「え?」
「柄も少し変わっているような・・・」
そう言ってセーターを指差す。 燐久は学校に来る服装を基本的に定めている。 それに気付いたのは燐久を好きな千恵であれば当然のことだった。
「・・・いや、変えていないけど」
「でもいつも藍色だったのが紺色に変わっていますよね?」
燐久は引きつった表情を見せる。
「・・・気のせいじゃないかな?」
「そうですかね・・・」
千恵は首を捻る。 するともう一つの異変に気付いた。
「あ、燐久先生。 今日は腕時計を左手に付けているんですね」
先生は咄嗟に腕時計を右手で隠す。
「・・・いつもよく見ているんだね」
「・・・ッ! あ、えっと、悪い意味じゃなくて! その・・・」
誤魔化すようにCDの束に手を伸ばす。 朝に流す曲を必死に探し始めた。
―――いつもよく見ているんだねって、心臓に悪い・・・。
―――私の気持ちに気付いちゃったかな?
―――どうしよう。
―――燐久先生にだけは負担をかけたくなかったんだけど・・・。
燐久の訝しむような視線は精神衛生上あまりよくない。 千恵に必要なのは早急な話題の転換だった。
「燐久先生はどうしてそんなに念入りに放送室をチェックしているんですか?」
「そりゃあもちろん、大切な生徒に何かあっては駄目だからね」
「放送室で何かあるって何があるんでしょう?」
「別に放送室に限っているわけではないよ。 学校のいたるところには危険が潜んでいるものなんだ」
「それにしては念入りにチェックをするのは放送室だけですよね?」
「放送室は機材も多いし狭いからね」
―――そういう問題なのかな・・・?
チラリと燐久を盗み見る。 するとまたもや変化に気付いた。
「・・・あれ? 燐久先生、前髪の分け目を変えました?」
尋ねると燐久は小さく息を吐いた。
「・・・千恵さん」
「はい?」
燐久は冷静さを装いながら言った。
「どうしてそんなに僕の違いに気付くの?」
「ッ、それは・・・!」
顔が徐々に赤くなっていく。 好きだから燐久をずっと見ていた。 もう気持ちを気付かれているのかもしれない。 それでも踏み込んではいけない一線があるということくらいは千恵にも分かる。
確かに想いを伝えたい気持ちはあるがそれは今ではない。 漠然とした予定でしかないが、その時は学校を卒業する時だと思っていた。
「・・・まぁ、ここまで来たらもう仕方がないよね」
「?」
返事に戸惑っていると燐久は小さな声でそう言った。 燐久は急にマイクに近付いていく。
「・・・燐久先生? どうかしたんですか?」
尋ねると燐久は寂しそうな目をしてこちらを見てきた。
「・・・燐久先生?」
「千恵さん、ごめんね」
「え?」
何故謝られたのか分からなかった。 燐久は放送のスイッチをONにした。 訳も分からず燐久の行動をぼんやりと見つめていると燐久はそのままマイクに向かって言葉を放つ。
『Stop』
「ストップ・・・?」
一体彼が何をしたのか、何をしようとしているのか全く分からず困惑した。 それでも恐怖より好奇心が勝ったのは千恵が燐久を好きだからに他ならない。
だが燐久の言葉を境に、身を置く環境がどこかおかしくなったような気がしていた。
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