第15話 情報を聞き出すのよ

 鳥の囀りが夜明けを告げた。


 カウンターに並ぶ紅茶とミルクに――紅茶はスカーレット、ミルクはミーシャに提供されたものだ――スカーレットは視線を落とす。ぬるくなったグラスは、ほとんど手つかずで放置されていた。


 隣に座るミーシャは船を漕いでいる。この数時間、何度もガクッと首を折っては、目を瞬かせるを繰り返している。


(ゆっくり横になれるのは、もう少し先になりそうね)


 スカーレットは上半身を左に回すと、床を見下ろした。机と机の隙間に棺桶が置かれている。倉庫から持ち帰った、瀕死の男たちが眠る棺桶だ。


 あれからシェルジンに戻った三人は、夜更けにギルドの戸を叩いた。もちろんギルドは営業時間外で閉まっていたが、ガウンを着たヴィルは寝ぼけまなこを擦りながら三人を出迎えた。事情を説明し、ギルドを間借りさせてもらって、今に至る。


 数時間前の記憶を遡るスカーレットを、静かな声が遮った。


「終わったよ」


 店の奥からアシュレイが顔を出す。後ろからヴィルが続いて扉を潜った。

 夢の世界に片足入っていたミーシャは、扉の開閉音に肩を跳ねさせて、首を左右に振る。


「手荒なことしてないでしょうね」

「手荒も何も、彼から自白してくれたよ」


 スカーレットの隣に腰かけたアシュレイは、水を注いだグラスを手に取ると、一気にあおった。


「目の前で仲間が次々と魔物に襲われて堪えたんだろうな。早く騎士団に引き渡してくれ。安全なところへ匿ってくれって。物置でブルブル震えてるさ」


 ヴィルが簡潔に男の様子を話す。

 席を外していた二人は、男が目覚めるのを待ち構えていた。男から情報を聞き出すためだ。意識を取り戻した彼は、『手荒なこと』をする前に自らが知っている全ての情報を告白したようだ。


 平和的で穏便な取り調べを希望していたスカーレットは、物置が拷問室にならなかったことに、胸を撫で下ろした。


 ヴィルは床の棺桶に視線を据え、懺悔の内容を続ける。


「こいつらはシェルジンとニューカムの間を縄張りにするゴロツキの一派らしい。普段は薬草と麻薬の取引をしてるそうだ」


 ニューカム――シェルジンの次の町だ。ちょうど彼らの縄張りは、あの倉庫の周辺らしい。

 含みのある言い方に、スカーレットは引っ掛かりを覚えた。


「――普段は?」

「昨日は騎士団の小娘俺たちが乗り込んでくるって情報が与えられて、捕らえるよう指示があったとさ。報酬は薬草の倍額」

「つまり、ミーシャはまんまと敵の罠にハマったってことね」


 ミーシャはテーブルに張り付いて呻き声をあげた。


「優しいおじさんだと思ったのにぃ~」

「そう悲観することもないよ。少しだけ情報は聞き出せたから」


 胸元から小瓶を取り出したアシュレイは、ライトに反射してキラキラ光るそれを机上に置く。


「これは?」

「男が持っていた麻薬。ミーシャが言ってただろ、薬草の代わりに『鎮痛用の麻薬』が出回ってるって。こっそり一本くすねたんだと」

「なるほどね」


 薔薇の紋様が彫られたガラスの小瓶を持ち上げると、血のように赤い液体が中で揺れる。

 スカーレットの想像する葉っぱとは違い、色が派手な飲み薬ポーションにしか見えない。


「原材料は薬草らしい」

「それって矛盾してない?」


 薬草が不足したから、鎮痛用の麻薬が出回るのはわかる。だが、鎮痛用の麻薬が薬草を元に作られているのであれば、話は別だ。


 まるで――麻薬を作るために――薬草が不足しているみたいじゃないか。


無法者たち彼らの取引内容は、薬草を売って、麻薬を買う。スカーレットの言う通り、矛盾だらけだよ」


 シェルジンで薬草を狩り、商人に高く売りつける。すると商人は麻薬を持ってくる。薬草と同じ値段で買い取った麻薬を、高額で住民に売りつける。あくどい商売で、ゴロツキたちには利益を得ていた。


「彼らだけじゃない。この近辺のならず者たちは、この商売で生計を立てているらしい。しかも、被害はシェルジン以外の町にも伝播してると来た。急いで近隣のギルドに連絡を取って、対策を立てなきゃいかん」

「サイテーね」


 スカーレットは吐き捨てた。根っからの正義感が『野放しにできない』と告げている。

 商売に手を染める商人や無法者たちだけではない。を作っている大元も許せない。


 怒りに震えるスカーレットの隣で、ミーシャは挙手した。


「ねえねえ。一個質問してもいい? 麻薬作ってる人、利益なくない?」


 ミーシャの疑問はもっともだ。薬草と麻薬の売買価格が同じということは、大元に利益は入らない。

 金銭目的でないのなら、何のために麻薬の製造をしているのか。


「黒幕の正体はわかったの?」

「末端が重要な情報を知ってるわけないじゃないか」

「そんなとこだろうと思ったわ」


 確かに『少しだけの情報』だが、むしろこれだけ聞き出せたのは上々の結果と言える。

 少なくとも薬草不足の原因が、小さなガラス瓶だとわかっただけでも僥倖だった。


「彼らの身柄は騎士団に引き渡すことにするよ」


 明後日には騎士団がシェルジンへやってくるだろう。面倒な手続きはヴィルに任せることにした。


「ミーシャはどうするの?」


 こうなった以上、騎士団所属のミーシャは団員と合流して、判断を仰ぐのが定石だろう。ミーシャに定石が通じれば――だが。


「このまま引き返すわけにはいかないっしょ!」


 スカーレットの問いに、ミーシャはファイティングポーズをとって答える。


「あんたなら、そう言うと思ったわ」


 呆れたように嘆息したスカーレットだが、表情は心なしか嬉しそうだ。

 なんだかんだ言って、竹馬の友がいるのは心強いのだ。アシュレイに正体を明かされてから、ぽっかりと空いていた空洞が埋まる心地がした。


「俺は寝るぞ。開店時間まで五時間もない」


 大きなあくびを零したヴィルにギルドを締め出された三人は、夜明けの群青を見上げる。誰からともなく、宿に向かって足を踏み出した。

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