第13話 侵入者を倒すのよ
立ち上がろうとした二つの頭を、アシュレイは掴んだ。そのまま腕を押し倒す。
無理矢理曲げられた首の関節がゴキリと鈍い音を鳴らす。ミーシャにいたっては地面に額を強打し、床でのたうち回っていた。
「ちょっとぉ! 何してんのよ」
スカーレットが叫ぶと同時に、頭上の窓が派手な音を立てて割れた。降ってきた破片をアシュレイは風のハンマーで薙ぎ払う。
「……なっ……なにこれ」
窓から侵入した塊を見て、スカーレットは絶句した。
言葉では表せない歪な形状のそれは、漆黒の塊だった。踊るように舞ったそれは、材木の壁を挟んで向かい合う男を囲んだ。――否、包んだと表現するのが正しいか。
「ひっ、ひいいいぃぃぃ!!!」
断末魔が轟く。塊は『何か』の集合体――小さなひとつひとつが集まって形を形成していた。
男を覆ったそれは柔軟な動きで、人の形を形成する。
「コウモリ……?」
誰かが『何か』の正体を呟いた。
男を取り巻くコウモリたちが離れる。カーテンが開くように姿を見せた男は、膝を折った。
干からびた肉体は、指先までシワにまみれていた。老人ではなく、ミイラのそれだ。水分という水分が抜かれた干物という形容がぴったりの死体は、軽い音を立てて床に転倒した。
コウモリの群れが次の標的を包み込むと、倉庫は阿鼻叫喚の巷と化す。
「アシュレイのお友達?」
スカーレットは敢えて言葉を濁した。
「いいや。だが、魔族の眷属でもない限り統率は取れないよ」
暗にコウモリは魔物の一種だと、アシュレイは答えた。スカーレットは次々と襲われる無法者を目で追う。
「悪党とはいえ、見殺しにするわけにはいかないよねっ」
背負った大剣を抜いたミーシャは飛び出す。スカーレットも続いた。
剣を振り回す二人だが、大振りな剣技は小さなコウモリには相性が悪い。包まれた人間を切り付けないように攻撃するのは、ほぼ不可能と言える。
「ひっ、助けてくれぇ」
「ちょこまか――っと!」
そこかしこからあがる叫び声に、二人は駆け回るがキリがない。
魔法のコントロールに難があるスカーレット、魔法適正のないミーシャ。二人に出来る強引な戦法は、剣を振り回すことだけだ。
まるで曲芸師だ――二人の見世物を鑑賞していたアシュレイは呟いた。
「これじゃ埒が明かないな」
風の刃が走りコウモリを切り裂く。アシュレイの精密なコントロールは、コウモリをバラバラに切り裂いた。コウモリだったモノは形を失うと、黒い灰になり霧散する。
――矢庭に訪れた静寂。誰もが声を失った。
床には血を抜かれた死体と棺桶が転がっている。
「あんた――」
コウモリに殺された死体はミイラ化している。では、棺桶になっている死体の死因は――考えるまでもなかった。
アシュレイの胸倉を掴んだスカーレットは、答えに気づいていた。
「どうして殺したの!?」
――アシュレイは敢えて助けなかった。
料理の緻密な作業ですらいとも簡単にできるアシュレイならば、人間を傷つけずコウモリのみを攻撃することも可能なはずだ。現にコウモリの群れにつっこんだスカーレットは、傷一つなく生還している。
「彼らはスカーレットの敵だろう」
感情のこもらない一言に、スカーレットは一歩退く。
「仕方がないよ。私たちだって、囲まれた人を傷つけずに対処するのは難しかったじゃん」
割って入ったミーシャは、偶発的に人を殺してしまった思っている。アシュレイの正体を知らなければ、そう思うに決まっていた。
ほんの十分前まで和やかな会話をしていた相手が非道徳的な行為――意図的な殺人――を顔色変えずに行ったなんて、倫理の範疇を逸脱している。
「ほら、ちゃんと生存者がいるよ!」
ミーシャが抱えあげたのは、ミイラにも棺桶にもなっていない男だった。意識はないが、肩は上下している。
「息あるよ。気絶してて囲まれなかったのかな」
偶然生き残ったはずがない。
アシュレイは何の意図もなく生存者を残すはずがない。
(情報を聞き出すためってところかしら――)
ミーシャが取引の情報を聞いた『おじさん』。
まるで『スカーレットたちが潜んでいる』と知っているかのように、倉庫の捜索を始めた男たち。
『仕組まれたようなタイミング』で現れたコウモリの群れ。
――裏で糸を引いている『何者か』がいることは確かだ。
結論づけたスカーレットは身を翻すと、ミイラになった男たちを担ぎ上げる。
「何をしているんだ?」
不思議そうにアシュレイは首を傾げた。
「助けるに決まってるでしょ」
振り向くことなくスカーレットは答える。
闇取引に手を貸すような無法者であっても救える命は救いたい。
「蘇生できるなら教会につれて行かなきゃ」
「無駄だよ。彼らは血を吸われてる。魔物が生き血を抜き切った――つまりは精気を全て奪われた以上、どんな光魔法も通用しない。神の加護すら無意味だ」
アシュレイの言葉に偽りはないだろう。蘇生できる人間は棺桶に入る。棺桶に入らなかった彼らが蘇生する方法は万に一つもない。
だが、もう救えない命だとしても――
「弔うくらいはしてあげたい」
暗澹たる気持ちでスカーレットはミイラの山を見つめた。
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